20

 ノヴァルの訟務スタッフや、D&Dの弁護士たちが――ここへ毎日来ていたその頃は。僕も、正直なところ……少し「曜日」の感覚が麻痺していたのだが。

 去年の手帳によると「シェヴラで缶詰ヒアリング」を受けたのは、土曜のことだったらしい。


 で、その翌日にBBLバルブラウさんを見かけなかったのは。週明けの公判に備えて休息をとっておられたのか、あるいは「第一」や貸し会議室のほうで続けておられたのか。

 あのとき…D&D本部ヘッドクォーターの人たちが使ってたラップトップPCは、僕の管理下にはなかったから。ファーレル主任のほうで、データ通信環境ともども用意したのだろう…と想像している。あのラップトップなら、どこへ移動しても(ファーレル主任がついてきて)仕事を続けられた筈で。

 そういうのは。どこかへ置き忘れたりされる可能性があるので、僕ならちょっと断りたい運用ではある……。


 まあ、とにかく。


 あの土曜、出張所のほうはもう主任におまかせして(!)一切心配せずにシェヴラで籠もってらっしゃい……という状況だったのが、今思い返しても異様である。


「この分野は素人on the streetですよ……?僕は。」

「ん。それでいい、それで。」


 こういうことだと、BBLさんは本当に素っ気なくて。まったく話を続けられなかったな……。


「じゃあ、これは終わりだ。」

「えっ」

「回収する。ちょっと待ってくれ。」


『目的地を入力せよ』と表示されたままのナビゲーション画面の前から、BBLさんは素早く。今まで見せていた二枚の図面……「ペダル制御機能のブロック・ダイアグラム」と「システム機能フロー図」を取り上げて、元のクリアフォルダーへと仕舞い込んでしまった。

 そのとき、ちらっと「NUSA宇宙開発局」という文字が見えたような……いや、「NTSA交通安全局」だったかも。


「次は、これだ。」

「!?」


 BBLさんが取り出したA4の書面をみて、思わずビクッとした。それは……「本来なら出張所あそこものでは?」という気がしたからで。


(始めてみる図面なのに。紙質でそう思ったのだろうか……あれ、待てよ?これ――)


「これ、もしかして手書き……というか、ロー……さんの字じゃありませんか?」 

「そうかな、そうかも。」


 よく見ると、BBLさんの親指の陰に「弁護士秘匿特権プリビレッジ対象:O州登録タイツォータ」というスタンプが押してあった。


――ああ、なんだ。

 ロージーならノヴァルとの打合せにもしょっちゅう出ているから、そこでヒアリングして書いたのかもしれないし、そうであれば「外」にあっても特に不自然ではない。おかしくない。大丈夫だったら、大丈夫。

――と、いくら自分に言い聞かせても。どうしようもなく違和感が膨らんで。喉の奥から「」て、出たがって仕方なくて困った。


 それにしても、CADかからのプリント・アウトに見えるほどキッチリしてる……。ちょっと妙なのは、タイトルがないこと位だろうか。


「そう、タイトルがないが……これも最初の図面の一部分を、もっと細かくしたものと思ってもらって構わない。」

「わかりました。どこの部分ですか?」

「ブレーキペダルで動作するフェイルセーフの部分だ。」


 こんどの図は手書きなのだが。左側から来た入力が、右へと進むなかで計算処理され、右端にあるスロットル・ボディへ出力されるという流れ……左から右への流れは、確かにだった。

 違うのは、左端にあるのがブレーキ・ペダルである、ということで。そこに二つスイッチがあって、それぞれから右へと伸びた矢印が、モニターCPUへと入っていく。そして、さらに右のメインCPUへと伸びる矢印は、一本になっていた。


「あれ? アクセルとは少し違うんですね。」

「うむ。」


 メインCPUから出た後は、「H-ブリッジ」を通って、「スロットル・ボディ・アッセンブリー」へ行くところは最初の図面と同じようだった。


――ん? 何ですと?


「驚きました。スロットルが、ブレーキペダルと繋がっていたとは……。」

「……。」

「ブレーキを踏むと、スロットルを絞る制御をするのですか?」

「☆!?」

「あ、違うんですね。」

「そういうのも、ありはするが……。」


 D&Dきっての精鋭代理人は微妙にて、それでむしろリラックス(?)したようだ。


「これは、ではない……とすると。この『スイッチ』のところは、ONとOFF――しか、無いんでしょうか。アクセルと違って、踏み込む量はどうでもいい?」

「その通り。ちょっとでも踏めば『ON』になる。」

「なるほど……」


 なるほど、とは言ったものの。ONとOFFだけで、スロットルをするのだろう? 話がよく分からない。


「こっちでON-OFFがあると、メインCPU側でそれがわかる。」

「はい。……?」

「『クルーズ・コントロール』って、わかるか?」


 図面左端の「ブレーキペダル」の下のほうにある「クルーズ・コントロール・スイッチ」を、BBLさんの人差し指が示していた。

 そこから伸びる矢印も、同じように右に走り、モニターCPUからメインCPUへと突き刺さっていた。


「セットした速度に維持してくれる機能ですよね? スイッチを押してONにするだけで勝手にやってくれる……と。」

「その通り。で、解除するにはどうする?」

「何か、手動で操作すればいいと聞きました。」


 ビルに。


「そう、ブレーキを踏んでもいいわけだ。」

「あー……なるほど。」


 クルーズ・コントロールで、ということは。自動車の速度が下がったときに、自動でスロットルを開く制御がされている筈で。

 それでブレーキを踏むと、そのスロットル制御がキャンセルされる、ということかな。この図の言わんとするのは………あれっ?


「どうした。」


 珍しく(?)メインCPUから、モニターCPUへと矢印があるのだ。そして、そのモニターCPUのなかでは……メインCPUから左へ戻ってきた矢印と、ブレーキスイッチから右へやってきて枝分かれで上に伸びる矢印とが。ところに四角形があって、中に「エコー・チェック」と書いてある。

 そして、そこから伸びた矢印は。モニターCPUを脱出したのち、メインCPUをて。「H-ブリッジ」へと突き刺さっていた。


 その流れを追う、僕の指を見て。


「そう、そこだ。」


 たぶん、僕のに間違いはない。

――が、念のため聞いてみた。


「この四角は……双方から来た『値』を比較しているのですか?」

「ブレーキはON/OFFしかないから、どちらの『状態』なのか……を比較している。」

「でも、なのでは?」

「その通り、だ。」


 BBLさんの言い方から、「その通り」場合があることを理解した。

 メインCPUの動作がなっていると、左から来る矢印に促されても。ブレーキの「状態」が更新されないこと……が、ありうるのだ。


「『同じ』でないときに、モニターCPU側からスロットルを絞れるのですね?」

「ブレーキ・エコー・チェック。」

「は……?」


 頷くリアクションの替わりに、専門用語(?)が飛び出してきて、面食らう僕に。

 さらに、言葉が降って来た。


ECTS電制スロットルの、フェイルセーフだ。」

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