20
ノヴァルの訟務スタッフや、D&Dの弁護士たちが――ここへ毎日つめかけて来ていたその頃は。僕も、正直なところ……少し「曜日」の感覚が麻痺していたのだが。
去年の手帳によると「シェヴラで缶詰ヒアリング」を受けたのは、土曜のことだったらしい。
で、その翌日に
あのとき…
そういうのは。どこかへ置き忘れたりされる可能性があるので、僕ならちょっと断りたい運用ではある……。
まあ、とにかく。
あの土曜、出張所のほうはもう主任におまかせして(!)一切心配せずにシェヴラで籠もってらっしゃい……という状況だったのが、今思い返しても異様である。
「この分野は
「ん。それでいい、それで。」
こういうことだと、BBLさんは本当に素っ気なくて。まったく話を続けられなかったな……。
「じゃあ、これは終わりだ。」
「えっ」
「回収する。ちょっと待ってくれ。」
『目的地を入力せよ』と表示されたままのナビゲーション画面の前から、BBLさんは素早く。今まで見せていた二枚の図面……「ペダル制御機能のブロック・ダイアグラム」と「システム機能フロー図」を取り上げて、元のクリアフォルダーへと仕舞い込んでしまった。
そのとき、ちらっと「
「次は、これだ。」
「!?」
BBLさんが取り出したA4の書面をみて、思わずビクッとした。それは……「本来なら
(始めてみる図面なのに。紙質でそう思ったのだろうか……あれ、待てよ?これ――)
「これ、もしかして手書き……というか、ロー……ユーグランディーナさんの字じゃありませんか?」
「そうかな、そうかも。」
よく見ると、BBLさんのごつい親指の陰に「
――ああ、なんだ。
ロージーならノヴァルとの打合せにもしょっちゅう出ているから、そこでヒアリングして書いたのかもしれないし、そうであれば「外」にあっても特に不自然ではない。おかしくない。大丈夫だったら、大丈夫。
――と、いくら自分に言い聞かせても。どうしようもなく違和感が膨らんで。喉の奥から「文書の持ち出しは禁止ですッ!」て、出たがって仕方なくて困った。
それにしても、CADか何かからのプリント・アウトに見えるほどキッチリしてる……。ちょっと妙なのは、タイトルがないこと位だろうか。
「そう、タイトルがないが……これも最初の図面の一部分を、もっと細かくしたものと思ってもらって構わない。」
「わかりました。どこの部分ですか?」
「ブレーキペダルで動作するフェイルセーフの部分だ。」
こんどの図は手書きなのだが。左側から来た入力が、右へと進むなかで計算処理され、右端にあるスロットル・ボディへ出力されるという流れ……左から右への流れは、確かに同じだった。
違うのは、左端にあるのがブレーキ・ペダルである、ということで。そこに二つスイッチがあって、それぞれから右へと伸びた矢印が、モニターCPUへと入っていく。そして、さらに右のメインCPUへと伸びる矢印は、一本になっていた。
「あれ? アクセルとは少し違うんですね。」
「うむ。」
メインCPUから出た後は、「H-ブリッジ」を通って、「スロットル・ボディ・アッセンブリー」へ行くところは最初の図面と同じようだった。
――ん? 何ですと?
「驚きました。スロットルが、ブレーキペダルと繋がっていたとは……。」
「……。」
「ブレーキを踏むと、スロットルを絞る制御をするのですか?」
「☆!?」
「あ、違うんですね。」
「そういうのも、ありはするが……。」
D&Dきっての精鋭代理人は微妙にずっこけて、それでむしろリラックス(?)したようだ。
「これは、そうではない……とすると。この『スイッチ』のところは、ONとOFF――しか、無いんでしょうか。アクセルと違って、踏み込む量はどうでもいい?」
「その通り。ちょっとでも踏めば『ON』になる。」
「なるほど……」
なるほど、とは言ったものの。ONとOFFだけで、スロットルをどう制御するのだろう? 話がよく分からない。
「こっちでON-OFFがあると、メインCPU側でそれがわかる。」
「はい。……?」
「『クルーズ・コントロール』って、わかるか?」
図面左端の「ブレーキペダル」の下のほうにある「クルーズ・コントロール・スイッチ」を、BBLさんの人差し指が示していた。
そこから伸びる矢印も、同じように右に走り、モニターCPUからメインCPUへと突き刺さっていた。
「セットした速度に維持してくれる機能ですよね? スイッチを押してONにするだけで勝手にやってくれる……と。」
「その通り。で、解除するにはどうする?」
「何か、手動で操作すればいいと聞きました。」
ビルに。
「そう、ブレーキを踏んでもいいわけだ。」
「あー……なるほど。」
クルーズ・コントロールで速度を維持できる、ということは。自動車の速度が下がったときに、自動でスロットルを開く制御がされている筈で。
それでブレーキを踏むと、そのスロットル制御がキャンセルされる、ということかな。この図の言わんとするのは………あれっ?
「どうした。」
珍しく(?)メインCPUから左へ、モニターCPUへと戻っている矢印があるのだ。そして、そのモニターCPUのなかでは……メインCPUから左へ戻ってきた矢印と、ブレーキスイッチから右へやってきて枝分かれで上に伸びる矢印とが。ぶつかり合うところに四角形があって、中に「エコー・チェック」と書いてある。
そして、そこから上に伸びた矢印は。モニターCPUを脱出したのち、メインCPUを飛び越して。「H-ブリッジ」へと突き刺さっていた。
その流れを追う、僕の指を見て。
「そう、そこだ。」
たぶん、僕の読みに間違いはない。
――が、念のため聞いてみた。
「この四角は……双方から来た『値』を比較しているのですか?」
「ブレーキはON/OFFしかないから、どちらの『状態』なのか……を比較している。」
「でも、同じ筈なのでは?」
「その通り、その通りだ。」
BBLさんの言い方から、「その通り」でない場合があることを理解した。
メインCPUの動作がおかしくなっていると、左から来る矢印に促されても。ブレーキの「状態」が更新されないこと……が、ありうるのだ。
「『同じ』でないときに、モニターCPU側からスロットルを絞れるのですね?」
「ブレーキ・エコー・チェック。」
「は……?」
頷くリアクションの替わりに、専門用語(?)が飛び出してきて、面食らう僕に。
さらに、重々しい言葉が降って来た。
「
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