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 僕の故郷では、弁護士ローヤーすらトラックに乗る。

 ……というか、トラックでないと余所者に見えてしまう程に、スタンダードなのだ。

 だから僕も、父が運転するトラックピックアップの後席で。『将来、車に乗るようになったら……やっぱりなんだろう』と……ごく自然に想っていた。


 ところが。

 河沿いの実家から北へ離れて、ハイスクールのドミトリーに入ってみると。そこで「車」といえば即ち8人乗りのミニバンのことで、本当に必要のあるときだけ借り出す程度の存在であった。

 うちの寮は、校舎と同じ敷地だったので。通学に車は必要ないし、買い物は自転車でモールに行けばいいし、荷台に積めない大物なら配達してもらえばよかったから。


「それでもさ、将来自分で稼げるようになったら、もっといい車に乗りたい……と、思うものなのじゃないかな?」


 と、言われたのは……出張所ここを立ち上げたばかりのころ。元・整備工場のガレージに、僕が通勤用の車両をとめていると聞いたビルが。「そこは専門家証人エキスパート・ウィットネスの先生方にとってあるから……」と小言を繰り出しつつ、内心では「雨や盗難を気にするほど趣味度の高い車なのか?」と期待してたのを、ほんと無惨に裏切ってしまったので。

 落胆のあまり(?)絶句してしまったビルに、僕がその愛車……モーター・アシスト付きので良い、と思っている理由を説明する羽目になったのだ。


「でも、親父さんは良いトラックに乗ってたんだよね?」

 

 たしかに、父のも悪いトラックではなかったと思うのだが、当時身を寄せていたクァンテーロ家の叔父達や、父から相談を受けていたラーソン弁護士のほうが。もっと豪華なトラックに乗っていた覚えがある。


 父はクァンテーロの末っ子で、同業のマットロウ家に婿入りしたのだが、同家の老夫婦とその一人娘(僕の母だ)、そして住居や養魚設備の類を……あの大竜巻トルネードが、ほんとうに吹き飛ばしてしまい、残された父は。幼少の僕を連れてクァンテーロ家に間借りして、そちらの養殖業の手伝いもしながら、マットロウ側の養殖池の再生をしていた。

 一方、ラーソンさんはマットロウ家が普段から相談していた弁護士で、大竜巻のあとは父の代理人となって、クァンテーロ家との様々な交渉ごとで、大変お世話になっている……と聞いていた。


 僕が学校側に「軟禁」されて、ファラがまずラーソンさんに連絡をとったのは、こうした事情を彼女が知っていたからで。それで父の死のことを知って、僕の帰郷のお膳立てをしてくれたのだ。

 ラーソンさんから聞いたところでは。僕が軟禁される少し前に、故郷を襲った大嵐が。池の見回りに出ていた父を増水した河に引きずり込み、命を奪ったのだという。


 遺体そのものは、今に至っても発見できていない。

 しかし、彼女が連絡を入れた直前に、10kmほど下流側で発見された衣類の状況から。父は「既に死亡している」と判断された。


 学校側から解放されて帰郷した僕は、ラーソンさんの私邸で寝泊まりすることとなり、例の豪華なトラックに乗って移動していたが、正直過ぎて、当時のことはよく覚えていない。

 はっきりしていたのは。クァンテーロ側は僕を歓迎しておらず、マットロウ側の財産をラーソン弁護士が管理して、将来僕が相続するのは認めるが、住居も事業拠点も提供しないぞ……ということだった。

 結局、マットロウ側の養殖池とナマズ達は、クァンテーロ家へと売却される結果になった。父の遺品はラーソン氏の立ち会いで引き上げたが、若干残っていた僕の持ち物は。一部を除き処分してもらった。


 そうして。二週間ほどで学校へ戻ってみると、乱射事件のことはまだ尾を引いていたけれど。少なくとも僕をしようとする動きは無くなっていて、助かった。

 けれども僕は、もうシステムなどをいじったりするのはこりごりだから、例のweb掲示板の運営も引退したいな……とニックに打ち明けて、ちょっとトラブったりして。それで結局、ニックとも疎遠になっていったのだった。


 数年後。僕が「α協会」の個人事業主αコントラクタになったとき。ラーソンさんは後見人を退いて、正式に遺産相続の手続きをしてくれたのだが。それまでの僕の学費や生活費までも差し引かれてみると、何か事業が起こせるというレベルではなかった。

 まあ、車ぐらい買っても良かったのかもしれないが、その頃の僕にはもう。「自分の車」のある生活など、まったく頭に無い状態で。


 今の足である自転車は、シェアハウスから引っ越していく老夫婦から譲って頂いた。前後に伸びたダークメタリックのアルミ合金フレーム……に。大径の車輪、安定感のあるスタンド、丁寧な細工が施された前後の泥除け、簡単に荷物を挟める専用バンドと赤色灯付きの荷台、前後にスプリングを仕込んだ大型サドル、前輪に内蔵された発電器で照らす明るいライト、後輪に内蔵された力強いモーター、結構持ちの良いバッテリー、グリップの根元を捻れば8段階に変速する駆動機構、レバーを握れば些かの不安もなしに減速できるディスク・ブレーキ等々——相当立派なものに見えたし、実際こんなに良い自転車を持つのは初めてだったので、「車がほしい」とは全く思わなかった。


 ……などと正直に説明したら、ビルの表情が。

 どんどんに、へと脱色されていくので。世俗の「罪」の告白を聞いてるときの神父さまも、こんな顔になってるんだろうか……と暫く観察していたら。ふっ……と戻ってきて、


「僕も自転車に乗るようにすれば、そういうのもわかるのかな。」


 と、寂しそうに言うのだった。


 この、ビルが「聖職者っぽい顔になっていく」パターンには。その後何度も遭遇したので、一体どういう気持ちになっているのか、本人に聞いてみたことがある。

 

「何を考えているかって? そうだね……世界中から『いい車が欲しい』人々がいなくなっちゃうとどうなるか。自動車メーカーだけじゃなく、サプライヤーも素材屋も商社も鉱山も。みんなみ~んな仕事が減って、経済の規模がとんでもなく縮小して……道路や発電施設を維持できなくなって。食糧を海外から運んでこれず、低温貯蔵もできず、し合う状況になって、それで人類は滅亡するけど。さらに数十万年を経て新たな人類が誕生、再び工業がよちよち歩きを始めて、でもまだ自動車の素晴らしさに気づいていない、そういう新人類が目の前に居る。そう考えれば良いのかな……と。」


 何か、黙示録のようなものが。

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