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 世間で注目されている事案でも、仕事の対象になってしまうと。かえって関心を持てなくなる……って経験ことはないかい?

 というのも、タイツォータ事務所(第一)の勤務となる前から。ノヴァル関連のニュースは、なるべく目にしないようにしよう……という習慣が身に付いてしまっていたのだ。


 当時、「意図せざる加速」のニュースといえば、ノヴァルに対してネガティブなことばかり。それで大きなニュースが出たら、代理人様アトーニーの居るところで話題にするべきか? 話題にするとしても、どういう風に言うべきか? 非常に悩ましいものがあって。

 正直、面倒だな……と思って、「そもそもニュースとか見ないタイプ」で通すことにしたのだ。


 そうしたら、本当に見たり読んだり一切しなくなってしまったのだが——丁度その。まさに僕がこの仕事を始めた頃に、連邦議会からの要請で。国家交通安全局NTSAキャブラの設計内容調査を、あのNUSA宇宙開発局へ依頼していたそうで。その後は、各報道も落ち着きを取り戻していたらしい。

 とはいえ。それから一年ほど経って、出てきたNUSAの結果報告が「ノヴァル・キャブラのスロットル電子制御システムに欠陥はない。」との結論だったので、さすがに僕の目にも入ってきて……「これは話題にしなければ」と思ったのだ。



 もう。その頃には、タイツォータ氏がノヴァルの代理人をつとめる「ブックホルド対ノヴァル事件」が。西海岸の多区域マルディ訴訟送りにのは確実となっていて。ノヴァルが対応を本格化するために、D&D事務所ダイク&ドレイク・ロー・ファームへ出張所を作るように要請していたので。僕は、ノヴァルやタイツォータだけでなく、D&Dとも一緒になって開設準備に奔走していた。

 ロージーやジェンに初めて会ったのも、その会議でのことで。確か……ボスやビルは参加していなかったけど、ノヴァルからはトグラ氏とファーレル氏が入っていた。

 僕や、タイツォータ側の面々は別として、D&Dもノヴァルも——この会議に参加する人々は、ここが地元ではなかったので。州都のホテルに詰めてもらって三日連続でやったのだが。確かその二日目の夜あたりで、NUSAの報告についてニュースがあったのだ。


「NUSAは、昨年から政府の依頼でノヴァル・キャブラの欠陥調査を行っていました。それで、『スロットル電子制御システムに欠陥は見つからない』という結論だったわけですが、……さん、如何でしょうか。」

「世界で初めて火星への無人探査を成功させたNUSAは、コンピュータによる機体制御のパイオニアといえます。事実、そのとき無人探査機のために開発されたソフトウェア技術は、自動車にも使われるようになり――」


 こういった感じで。ほぼ全面的にノヴァル側に有利な結論だったので、やったな!と喜ぶと同時に、と気づいて。急に不安になってきた。


「昨晩のニュース、NUSAの報告をご覧になりました? 欠陥はなかったということで。」


 と、僕から話題にすると、当然ながら……全員が。「もう知っている」という感じの反応で、一番若手のロージーが相づちを打ってくれた。


「ええ、私たちもロビーで見ていましたよ。」

「もちろん、よかったことなのでしょうが。皆さんと一緒にまとめようとしていたことが、もう要らなくなるというのも複雑でして。」

「は……?」


 室温が5℃くらい、急降下した感じで。

 やばい。何か変なこと言っちゃったらしい。


「ええと、決定的なことじゃないんですか? NUSAの調査というのは……」

「そのNUSAの報告書は、もう……半年も前に出たものです。」

「えっ?」


 ロージーの目が。「何となく視線を向けてます」という以上の、明瞭に「貴方の言動をチェックします」という感じになってきて、歪めたり細めたりしてるわけでもないのに不思議だなと……思ってる間に、追い打ちがきた。


「昨晩のニュースは、ドライバーの操作ミスで起きる事故を交通安全局が啓蒙している……という話がメインで、NUSA報告はとして取り上げられたのです。」


 ――うわぁ、僕の無関心にもほどというものが。


「で、NUSA報告ですが。なるほど被告側私たちの主張を裏付けるものだったので、裁判所に提出する証拠エグジビットの一つとして利用しました……という程度のことで。それだけでなりはしませんよ?」


 と、畳みかけてくるロージーは、目のこともあってちょっと怖い感じだったけど。会議室の雰囲気は意外にも……というか寧ろ、「知らない者」に対して好意的だった。


「うん、そうだね。ユーグランディーナさんの言う通りで、これで直ちに訴えが却下される……わけじゃなかったんだ。でも、そう思っちゃうのが普通だよねえ?」

 と、フォローしてくれるトグラさん。


「そうなんですか、てっきり……。」


「何か怖い目にあって、訴訟を起こそうとしていた人には効果があったと思うわ。」

 と、ジェン。


「実際、当社ブランド・イメージの回復に貢献しているよね。ディーラーさんの商談でも、NUSAの話題で持ちきりだと。」

 と、ファーレル氏。


「君の立場だと、この種の訴訟についてそんなようなことでも不思議ではないから……気にすることないよ。」

 と、タイツォータ氏。


「無理に『勉強』しようとしなくていいぜ?」

 再度、トグラさん。


 ……あれ? 何か。僕の無理解へ真面目に答えたロージーだけが、「素人さん」を恫喝?してる構図になってきましたよ。これはこれでなのでは。まずい。ロージーの冷静な目が、かえって怖い。


「でも、半年も気づかなかったというのは、ちょっとびっくりね。」

 ……!!

「いやいや、ほんとうに大呆けを晒してしまって……これからは新聞の一面ぐらい目を通すようにします。ということで。」


 ああありがとう、キャナリーさん!という感じで、ジェンのフォローにすがる僕……だったけど。ロージーの目は、とっくに元の状態(?)に戻ってて、何か気にしている様子は全然なくって(ガクリ)。

 むしろ、ロージーとしては。当時、公表されたNUSA報告のあちこちに、ノヴァル側にとって不利な記述がされている箇所が残ってしまっている……というので、検証をしていた事情があるそうで。そこで僕がNUSA報告のことを持ち出して、思わず警戒したのだそうだ。


 話を戻すと。そんなこんなの三日間での大枠が決まったのだが、この件を含め(汗)関係者の人となりを知ることができたのは幸いであった。

 ロージーは(若いとはいえ)かなり経験を積んだローヤーであるように思った……のだが、一年ほど後のある機会に、ジェンから。


「え? ロージーって、まだ……弁護士に成り立てだったんですか?」

「あれ。知らなかった? まあ、弁護士になる前も、法律事務所ロー・ファームで働いていたそうだけど。うちD&Dで、じゃないけどね。」

「!……ということは。」

「彼女がうちに来て、すぐだったのよ……あの合宿。」

「え―――――……そんな、騙されたぁ。」

「ふふ、まあ堂々としたものだったわね……今もだけど。」


 そう。ロージーは、ずっとそんな感じで。

 彼女の「別の面」を覗けたのは、二回だけ。

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