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 あのとき。

 『タイツォータ第一』で起こった彼や是やアレコレの顛末……を、僕がまとめた報告が、ノヴァルの法務リーガルへ渡っていたとなると。三年ほど前に、『第二ここ』の立ち上げを含めて、ノヴァルの訴訟体制が再構築されていった「流れ」は――僕の想像していた通りかもしれない。


 すなわち、こういうことである。

 まず、得体のしれないから「意図しない加速事件In re: NOVARU Unintended Acceleration case」関連文書の買い取り要求が来たとき、ノヴァルでは。D&D等の法律顧問リーガル・アドバイザーや、その協力先である各州のロー・ファームとのやりとりを、通常の電子メールと、webベースの旧ファイル管理サービス『NFRS』で行っていた。

 電子メールでは直接ファイル等の添付は行われず、NFRSにアップロードした文書をアドレスで指定して。ノヴァルの技術者の見解や、ノヴァルの法務からの問い合わせや、弁護士からの法的アドバイスやらが……メールの文章で飛び交っていたのだ。

 こうしたやりとりには「秘匿特権プリビレッジ」という権利があり、裁判所の文書提出命令ディスカバリ・オーダーを免れることができるのだが。勿論、悪意のハッカー達に通用するようなものではない。


 自分用の皿に盛っておいた中華饅頭だって、注意してなければこの通り……

 ……あれっ?

 後、もう1個あった筈では?


「はむふむ、ITそっち方面では優秀なんでふね……IT方面では。」

……ジェン!!


「いいのかい?…半分もらっておいて何だけど。彼、驚いてるようだけど。」

……タイツォータさん!驚きますよ。


「いいんです。どうせ、たくさん買い込んでるんだから。」

……ロージーぃい。


『5フレームも隙あれば、何されても仕方ないね!』

……ニックまで!(頭の中で)



 ……——————まあ、とにかく。

 とにかく、当時のファイル共有サーバNFRSは。外部からは分りやすい攻撃対象であったことは間違いない。

 ノヴァルでの上司にあたるリーガル・システム技師から聞けた範囲では、NFRSそのものへの攻撃が色々とあったものの、一度も「成功」したことがなかったようだ。そのNFRSと……弁護士たちのパソコンとの間で飛び交うデータは、通信ごと。全てが暗号化されていたことも確実で。

 そうなると、どこかのロー・ファームで――PCパソコンが何らかの攻撃を浴びて乗っ取られ、どこぞへと勝手に送信されている可能性が高いことになる。被告ノヴァルにとって、エンジン電子制御のプログラム内容など……訴訟で扱う情報の機密レベルが上がっていくことが避けられない状況では。少なくとも、ロー・ファーム側のIT環境をしなければいけないのは確実であった。


 キャブラ・キャレッタ等の車種で起きた「意図せざる加速」の訴訟は、ステイツ50州ので起こされていたので、各州の代理人事務所をひとつひとつ「何とか」していくのは――幾ら『世界最強』のノヴァルといえ『不可能』であっただろう。

 しかし幸いにして、それらの訴訟の殆どは……西海岸C州の連邦裁判所に集められる多区域訴訟Multi District Litigation、通称「MDマルディ訴訟」になることが決まっていた。

 実際に公判が開かれるのは、C州の裁判所のほかは2・3州となる見通しだったので、そこだけに専用の拠点を設けて、ガチガチに守りを固め、弁護士たちを赴かせればよい――これがノヴァル側の法務とリーガル技師で、熟慮の末に決定した方針であった。


 なるほど……僕の報告書を呼んでいたのなら、ロー・ファーム側ではPC類の利用ルールなどに守られないことを、彼らは確信しただろう。

 たとえ専用拠点を新設しても、そこをノヴァル側のネットワークに参加させることはしたくない……法務システム技師のリチャード・ディクスン・ファーレル主任は、当時そう漏らしていた。

 一方で、僕がタイツォータ事務所「第一」で行ったような制限なら。専用の新設拠点で、適切な仕様の機器を揃え、信頼できるIT技師を張り付ければ、確実に行えるだろう……念には念を入れて、訴訟支援システムも全く新しいものを立ち上げよう……これらの新しい環境はインターネットに接続されるので、攻撃者からそれと悟られないようにも入れよう……——といったセキュリティ・ポリシーが。ノヴァルの法務部隊によって組み上げられて、この「第二」のIT環境も――その一部になっている。


 例えば。ここの複合機All-in-Oneは、ボスと僕の承認操作がないとプリントアウトなどが出来ない。そして、皆で使用しているPCの本体は、実は地下室のラックへと纏められており、二重に施錠されている……USBメモリやデータ通信機などの「便利なデバイス」を接続されないようにしてあるのだ。さらに、こういった環境の詳細は僕とファーレル技師しか知らず、ジェンやロージーなどの弁護士達には教えることも禁じられている。

 こうしたことから。弁護士達がここに居るときは、僕も必ず居なければいけない。少なくとも、早朝に来て、昼休憩も居て、深夜に帰る必要がある。半年ほど前…本当に忙しかったときは、土日も泊まり込んでいた。


 ここのPCからは、指定した先にしか接続が許されない。電子メールすら、訴訟支援クラウドNLSCに入って使うのである。スマートフォンやノートパソコンなども持ち込めないから、ずーっとここに居ると「外」のことに本当に疎くなっていく。

 僕は結構…慣れてしまうほうなので、自分に言い聞かせる必要があった。


 IT技術者としては。

 常に「外」の動向をチェックして勉強するようにしていないと、ここを閉めた後で。になるぞ……と。


 それで、ここでは。書籍類の持ち込みが、電子タグを附ける(=持ち出し不可とする)ことで認められており、空き時間にはそれで勉強をしてもよいことになっていた。これは弁護士ローヤーさんたちも同じである。

 実際、皆さんローヤーが裁判所の書面や証拠文書とにらめっこしたりしてる間、僕のほうはweb技術関連の専門書を読んだりしていたのだ。


 しかし、この半年ほど。

 僕が持ち込む専門書は…あの「C言語」や「組込エンベッドシステム」関連のものに変化している。もともと僕が仕事をしていない領域ジャンルで、これからも仕事にするつもりはないのに……だ。


 そう、これらは……自動車のエンジンなどの、に関わるものなのだ。

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