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(それで、どうしたんだったか……)
毎日、午後三時ごろに伺って
それが、いつからか「週に一日」の通いでも良くなったのは……何でだったかな? タイツォータで保守管理を受託していたケッパー・ロジックと直にやりとりしてもよくなって、それで
と、記憶の中に浸りきれずにいた僕に、当のタイツォータ氏が話しかけてきた。
「そうだ、マッ……レイ君ね、覚えてるかな。あの、うちの
「ベイツさんですか。」
ブルーノ・リター・ベイツ氏の、十文字に切れ目を入れたバター……っぽい四角い顔とともに、いろいろな記憶が蘇ってきたぞ。
「そう、彼がね。何とかスペシャリスト・クラスSって、あるでしょう……その。IT関係の資格で。」
——全然違ってたけど、氏の言いたいことは分った。
で、まさか?
「いや~とったんだよ、彼……ついこの間。話そうと思ってずっと忘れてたんだ。」
「えっ!……それは、おめでとうございます。ということは、今も
「そう、実はあの後もすぐ復帰させたんだよ。そうしたら、もう人が変わったように……IT方面の勉強を始めてね。」
「あれ。確か、色々と兼務されてましたよね?あの方。」
「うん。今でも沢山兼務させてるけど、どの職務でもITの比重が高くなってきたからね。たぶん、本人も『これじゃまずい』と思ったんだろう。」
正直おどろいた。あのベイツ氏が……IT関連の資格をとろうとか、ITの勉強をするようには全くみえなかったので。
おかげで、どんどん思い出してきたぞ。
「いや、君にも本当に苦労させたね……。いきなり最初に
「あ、確かに。そんなことも……。」
「というかだよ、コンピュータ・ネットワークを区切り直すということが、当時の彼には分らなかったんだよね……だから。君たちが提案しても、自分ではブランドルさんに説明できそうもない、だから賛同しない――って、そういうことだったんだよね。最初は。」
そうそう、アルと予想してた通り…ネットワークを区切りなおす提案はベイツ氏の反対で却下となったので、当初は仕方なく。同事務所の「ノヴァル訴訟対応チーム」専用PCから送られてくるwebページ呼び出し信号のうち、許可のある特定の行先のものだけUTMへと送るようにして、それ以外の呼び出しは全て「却下」するという。それ専用の機器を設置することで「お茶を濁し」ていたのだ。
こんな仕掛けだと、PC側の設定を変えることで、簡単に「迂回」されてしまう。そのために毎日
ただ、さすがに。そうして通うからには、所内の情報インフラに関する相談も受けていたので。所員の皆さんは、「ケッパー・ロジックの保守が切れた」と受け取って――
『もう、あのお鬚を見れないか……と思うと、何だか寂しいねぇ。』
『髭なら僕にもあります、ほら。』
『あはは、ちょっぴりだな!』
―—僕が違いますと言うのも筋違いなので、放っておいたわけだが。
そのように「通い」始めてから、二週間ほど経ったある日に。特定の時間帯(=僕がやって来ないであろう時間帯)のアクセスが「大幅に」減少しているのを検知したのだ。それは、一台や二台とは思えないほどで。「フィルターを迂回してインターネットへアクセスするPCも幾らかは出るだろうから、それを特定して報告すればよい」という……僕の仕事の「前提」を越えていて。
当然、みなさんで迂回を始めた可能性を疑い、その報告のために
「いや、あのときのログイン記録……だっけ。問題の通信記録を削除したユーザ名が、一文字だけ君のアカウントと違うの。今でも思い出すと、顔が真っ赤になっちゃうよ。本当にお恥ずかしい。」
「タイツォータさん、その件はもう十分ですので。」
いつの間にか、ジェンとロージーがこっちに聞き耳を立てているようだ。聞かれてまずい話ではないし、ベイツ氏をかばう気もないが……。
「でも、あのときは驚いたね。君がたった一人で……『皆様から信頼を頂くに至りませんでした。お役に立てず誠に申し訳ございません』って、契約解除を提案しに来たとき。『私だけでなく、アルファリーダのコンサル契約も解除頂いてかまいません』って言うの、大勝負だったんじゃない? 確か、違約金条項もあったしね。」
「いやー、それは……」
アルファリーダにとって初めての顧客でこうした事件が起こっても、何が起きたか説明して(お客様の悪意ですよ!と)信用してもらうことは難しく。独立事業者に過ぎない僕は、誰かに介入してもらうわけにもいかない。かといって放置すれば、虚偽の報告をせざる得なくなる。「撤退する」と申し出れば、アルファリーダの仕事に瑕疵があったように見え、タイツォータさんも不信を持ち、導入機器のリースも解除され、ネットワーク環境も元に戻せるだろう――と、ベイツ氏は読んでいたはずだ。
彼の誤算は……僕が「直ちに」動いたこともあるが、ベイツ氏自身に小細工の痕跡を消すスキルがなく。ケッパーの保守契約が切れておらず、ブランドルさんの管理権限も維持されており、タイツォータさんが直ぐに相談できる状況だったこと……だ。
そうした状況や契約の中身を考慮して、その「博打」を打つと決めた時。アルも驚いてたな——「お前からそのアイデアが出るとは」とか何とか。
「確かその直前に、プリンタのことで許可がどうの、とかベイツ君に言われてたじゃない。だから、泣きつかれるかな? とは思ってたんだけど。まさか、機器の再検証レポートからはじまって、一部解除の合意書、引き継ぎマニュアルまで、キッチリ用意してくるとは……」
「え、何でそんなハッキリ覚えてらっしゃる?」
「で、こっちでそのマニュアルとか、ブランドルさんに見てもらうじゃない。そしたら、すぐピンと来たらしくて。保守のアカウントで調べて、見せてくれる訳よ。ベイツ君のやらかしたことを……」
「あー、そうだったんですね。」
ジェンとロージーのほう、ちらっと見たら。もう完全にロックオンされてる……。
「すぐ、ベイツ君を呼んでね。『α協会には、ケッパー社ともっと密に組んでもらうことにしたよ』って。彼も、私の見えるとこで君を叱責して気が済んだのか、素直に受け入れてくれて。それで、もう一度アルファリーダにコンサルをお願いした……ということだったんだ。」
「成程です。どうして急に、ケッパーとやりとりしてよくなったんだろう……って不思議に思ってました。」
ジェンとロージーは、お互いひそひそ……とやっている。「どうして、ですって? よく言うわね……役割分担しておいて。ぜんぜん不思議じゃないでしょうに?」とか、言ってそうだ。
「きちんと部屋を分けて、あの機械も入れて、それでちゃんとするかと思ったら……その後もいろいろあったよね。無線か何かで潜り抜けようとしたり、挙句の果てに……」
「あー、ネットワークが全て落っこちたことがありましたね。」
「確か、LANコンセントの管理が甘かったんだよね。そこはベイツ君の責任だから、それで管理者から退いてもらったんだ。」
そう。「大部屋」と「ノヴァル部屋」とで切り分けたネットワークを壁越しに無線LANでつなごうとした方がいて、片割れを「ノヴァル部屋」側のLANコンセントに繋いだら、実はそれが「大部屋」側のネットワークのままだったので……詳しい説明は省略するけど、要は間違った接続で。いつまでも同じデータが流れるようになって、全面不通になっちゃったのだ。
まだ午前の早い時間だったので、うちに電話で呼び出しがあったけど。すぐケッパー・ロジックが(駆けつけて)復旧したらしく。僕が着いた頃には――ほぼ全員「何も起きていませんよ?」っていう顔で、平静を装っていた。
あれ?何か、向こうの方で「策士ね……」とか「顔に騙されちゃダメよ……」とか呟いてる気がするけど違いますから。
「それにしても……タイツォータさんは、本当によく覚えてらっしゃいますね。僕にとっては、遥か彼方の記憶ですよ。」
「ああ、それはね。」
——と、氏がカバンから取り出して見せてくれたのは。
って、え?……なにその、見覚えのある書類は?
「君の書いた報告書。ベイツ君の合格で思い出してね……しまってあったのを読み直してたんだ。すごい臨場感あるんだよね。」
「……。」
ひきつった笑いで声が出ない。どうして今更そんなものをこの方は……というか、あー!いつの間にかジェンの手に渡ってる……!
「これは……いい時間潰しになりそう」
「じゃあ、スキャンしなきゃね」
やめて!ロージー。
「でもね、ベイツ君がやる気になったのは……本当に君のおかげだとね。感謝しているよ。」
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