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 結局。僕は、その件の見積もり作業に入って。タイツォータ法律事務所ロー・ファームのコンピュータ・ネットワーク環境を拝見することになった。


 それで、初めて打ち合わせに臨んだのは――その事務所ではなく。アルファリーダ側で用意した、州都シティ近くの貸し会議室で。問題のネットワークの見取り図は、かなり適当にホワイトボードへ描いてあったが。プロジェクターや配布資料も一切無い状態で。クライアント側からタイツォータ所長とIT責任者ブルーノ・リター・ベイツ氏、α協会うちからはアルと僕、さらに同事務所の保守管理等を受託するケッパー・ロジック社のトーマス・ブランドル氏――が、出ていた。


 そこでまず、ベイツ氏IT責任者がネットワークの概要を説明し、ブランドル氏保守業者が外部からの侵入や攻撃の対策について補足していく。

 電子メールのサーバや外部向けのwebサーバ等は、既に同所のネットワーク設備にはないこと。従ってセキュリティ対策は、所内のPC等からインターネット上のサーバ類へと安全にアクセスさせることに集中できていること……など、要するに「現在の体制で充分ですよ」という趣旨のようだった。


 要は、「他の専門業者の目から見ても充分」というコメントが必要なだけかな?……と、思ってアルの方を見ると、何やらブランドル氏とアイコンタクトしている。この二人が知り合いなのは間違いなく、タイツォータ氏にα協会うちを紹介したのもブランドル氏では?……という気がした。仕様を詰められない、というのも――


 僕は、ホワイトボードの見取り図に2つある「UTM」と書かれた四角形を指しながら、こう切り出した。ちなみに「UTM」とは、インターネットへ繋がる「データの出入り口」で、門番の役割をする機器である。

 

「危険なwebサイトには、所内のPCから接続できないように制限をされているのでしたね。ですか?」

「そうです、危険なwebサイトのアドレス・リストを使って、UTMで遮断する方式です。リストの更新は……」


 ――と、お定まりの説明を自信満々で続けるベイツ氏に、タイツォータ氏はやや険しい表情で、ブランドル氏は補足すべきか迷っている様子だ。


(ん?)

 僕の何かが、ひっかかりを感じた。


 今までで何か、欠落していることがある?……と。記憶を漁っていて、所員の利用するPC類の情報が出てきていないことに気づく。もし、PC類の仕様や設定が統一されておらず、私物端末B.Y.O.D.に頼らざるを得ない事情があるのなら。PC側での制限は当てにできないことになる。

 当時、大手企業でも私物B.Y.O.D.の利用許可を検討するところが出始めていたが、どんな脆弱性があるのか……どんなが潜んでいるか分からないので、社内ネットワークへの接続までは許さないのが普通であった。


 ほんとうに私物B.Y.O.D.を許しているか気になるが、ベイツ氏の居る席で、に触れるのはかも。

 当然、アルにも分かっていたようで――


「そうしますと。タイツォータさんとしては、外のwebサイトへの接続を。もっと制限したい……と?」

「はい。現在は全て一律に同じ基準で制限しているのですが…特定のチームには、さらに厳しくさせたいのです。」

「特定のPCから……ということで?」

「そうなのですが、チームと言いましても……居室や部門が違う者を入れざるを得ない事情がありまして。」

「PCの側が、うまく揃えられない状況と。」

「はい。」


 ――と、ベイツ氏を刺激しないよう、認識を共有したのはさすがだった。


「さらに厳しくする、となると……利用可能なwebサイトを限定することも考えられます……私たちは”ホワイトリスト”と呼んでおりますが。」

「実は、それをお願いしたいのです。」

 

 えっ、

 ……と思って、ホワイトボードの見取り図を眺めた。インターネットの入り口に描かれた2つの「UTM」の下には「コアL3」と書かれた四角形も2つあって、さらにその下に、PCや所内サーバ等を示す丸印が多数並んでいる。「UTM」のメーカーや形式が不明だが、下の方の丸印……接続元ごとに2種類の制限を。通常の制限ブラックリストとホワイトリストとを、使い分ける機能などあるのだろうか?


「一部だけ、ですか……。PCのを、ホワイトリストで制限するわけにもいかないのですね?」

 ―――と、アルが尋ねるなか、ベイツ氏は目を閉じていた。


「はい。やはり無理、なのでしょうか?」

 ―――との、タイツォータ氏の口振りには。明らかに、同所のネットワーク環境を大きくは変えられない……という事情が窺えた。


 もはや、どのように回答しても「地雷」を踏みかねない状況。

 アルとしても以外の選択肢はなかっただろう。


「いったん、持ち帰らせてください。」

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