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『十二、スロットル電子制御の不具合』


 「スロットル」というのは、元々は「のどを締めつける」という意味の、物騒な言葉だったらしい。


 空気の通り道を「キュッ!と締めつけスロットル」て吸い難くする、と。鶏は勿論、エンジンにとっても辛い状態となり。完全に締めれば本当に「止まって」しまう。


 ……というのも。

 ガソリン・エンジンは「空気にガソリンを混ぜて電気火花で燃やす」原理だが、入れる空気の量を制限したままでは、ガソリンの量を増やしてものだ。逆に言うと、エンジンに入れるガソリンの量は、導入する空気の量をもとに決める必要がある。


 なので。アクセル・ペダルから足を離しているときも、空気の通り道は、エンジンが止まらない程度に開いている……これが「アイドリング」の状態だ。

 これと逆に。思いっきりアクセルを踏みつけると、「気道を締めつけ」るのは止めて「空気を吸わせる」ようになり、これに応じて大量のガソリンが入り込んで、最大のパワーが出せるようになる。


 ……で、この「好きなだけ」というところ。

 エンジンは、ガソリンが急速に燃えるときの(文字通り)爆発する力で回るのだが。その回転を使って、丁度ポンプのように空気を吸い込もうとする。

 スロットルを締めてると、回転でもって吸おうとしているのに、「入り口」が狭くなっている状態だから、「好きなだけ」吸うことはできない。その結果、「入り口」からエンジンに近い側は空気が薄くなり、気圧が低くなってくる。

 食べ物とか、タオルとかの「真空パック」を自分でやったことがあれば、袋に入れたものをにしてしまう強い力が掛かってくるのを覚えているだろう。


 実は、この力。

 自動車では古くから、ブレーキの「足し」に使っている。ブレーキ・ペダルを肢で踏んで出る「力」だけでは、ブレーキを確実に利かせるには足りないので。エンジンが(気道を締められて)生んだ真空力バキュームで、ブレーキを踏む力をしているわけだ。

 そのためのブレーキ倍力装置ブースターというのが車の中にあって、エンジンと繋がっている。これを初めて(ビルに)教わったとき、なんと無駄のない仕組みか!……と、正直おどろいた。


 そう、一年前。僕が初めて「意図せざる加速」の原因を尋ねる流れになったのは、こういった基本的な仕組みについて、このときまでにひととおり…ビルに教わることができたからなのだ。

 ……と、いうか。僕のほうが、車の中身についてあまりに知らなさすぎて、「車離れは人類を滅ぼす」と固く信じているビルを、思いっきりさせてしまったので。



 話を戻すと。「スロットル」そのものは、吸気管を塞ぐように取り付けられた円盤にすぎない。

 円盤の中央を横切る回転軸を、丁度を回す感じで90度近く「ひねる」と気道が全開になり、「捻る」力が無くなるとで塞ぐように戻る。「捻る量」を調整することで、導入する空気の量を変えられる。

 ……と、このように単純な機構で。

 この「捻る」ところ:以前はアクセル・ペダルから金属のワイヤーでいたのを、今世紀に入ってからは電気仕掛けでやるのが普通になったのだそうだ。

 そして、この電気仕掛けアクチュエータでどの程度捻るかを、ペダルの踏み込み量をもとにコンピュータで制御する。これが「電子制御スロットル」ECTSシステムである。


 だから。

 「十二、スロットル電子制御の不具合」を、すごく単純に言うのなら。それはすなわち「コンピュータ制御の異常」ということになる。


 

 コンピュータが「勝手に」スロットルを開け閉めする……など、勿論。ことだ。ノヴァルに限らず、どの自動車メーカーでも。コンピュータの動作が「ドライバーの意図どおり」になるよう、設計には最大限の注意を払っている。


 それが「常識」であった。

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