WERE LOOSE ゆるんでいた。

4

 が来たことは。這い上ってくるエンジンの音で、まずわかる。


 段差を踏むタイヤの音、ドアを開ける音、コンクリを踏み締める音……と続き、ちょっと間が空いてから、射し込む朝日がスッと遮られる。


「おはよう、マット。」 ここのボス、ダリル・ライカン弁護士だ。D&Dダイク&ドレイクのパートナーで、事務所ここの長い長ぁい正式名の……後ろから二番目あたりに入っている。四十になったばかりのタフで小柄な男性。短く刈った黒髪に秋の訪れは見てとれず、若々しいのに自然と従ってしまいそうな貫禄の持ち主。十年以上前からノヴァル重要顧客に降りかかるPL製造物責任絡みの交渉や訴訟に張り付いているそうで——


「すぐ外出するんだが。か?…………うーん、そうか。」


 ——もはや古めかしい、キーが一杯ついてるスマートフォンを出してもらった。



「ハイ、ずいぶん眠そうね?」 続いて現れたのはジェナダインジェン・キャナリー弁護士。肩より長い灰緑色の髪。大きめの眼鏡。スーツは複雑に入り組んだ布組で、じゃらりと下がる「大」「中」「小」の色違いバッグに、繊細な白革のサンダル…これらが全て融合して、何ともした雰囲気が放たれており、二十代の前半にもみえる……の・だ・が。原告たちの繰り出す書面の束——というか大容量PDFの「塊」を、瞬く間に要約して。被告こちらの対応方針を、ほぼ決めてしまう「影の顧問」なのだそうで——


「んん、面倒ねぇ。このままでいい? 入るでしょ。」

「バッグですか? さすがに……」

「ほぅら、入った入った!」


 ——菫色の「小」バッグは、ファブレット入れに使い始めたのを見ていたが。金庫のサイズに過ぎて、(最初からそのつもりでは?)と。思わず口に出るところだった……いやぁ、危ない。



「おう、マット。ふゎ、ふぁああ~……っと、失礼。」 カー・ガイ車好き・ローヤーを自称する、ウィリアムビル・ブリックランド弁護士だ。やや中年に差し掛かり、グレーの髪がまだら模様となっている。広い額の下に枠なしの眼鏡が光り、静かで知的な印象で、一見感じはしないのだが、車の話になるともうこれが。どこからでも「蘊蓄」に繋がり、そのまま永久コンボに突入する。狙って……ではないので、始末に悪いのだ。出入りする人が減って、残るメンバーが「餌食」になる頻度が上がっており。ある意味、ボスよりも顔色を窺う必要のある人物である。機械にはホント詳しいのに、情報技術ITわからないというのも不思議であり——


「おっとと、がないって不便だね。勝手に点いてるときもあるんだよ……壊れてるのかな?」


 ——買ったばかりだというスマートフォン(指紋だらけ)を受け取って、バッグ「小」の横に押し込んだ。



「さて……」


 一息ついて、パーキングのほうを眺める。

 いちばん手前はビルの愛するマンファリマッスル・カーである。その長大なシルエットの陰に、ボスの新型パストーラハイブリッドと、ジェンの古いリワンゴDSUVが寄り添っている……と、見事にノヴァル車ばかりだが、そも以前であればメーカーや型式なぞ、僕に判別は無理だった。ビルに仕込まれた、あの日までは。


 今日はもう、この3台で打ち止めかもしれない……というのも、残る一名が。



 「どうもThanks。」 ――あれっ、だ。注意していたのに、いつの間に?……現れていたのはローザロージー・ユーグランディーナ弁護士。ハニー・ブラウンのショートだが、交差する前髪が両目の真上まで迫り、半分露わになった耳の前から20cmほど細い束で伸びるなど、何とも形容し難い髪形である。やけに大人びていて、ジェンのほうが年下に見えるほどだが、二十代の後半に差し掛かるあたりだろうか。襟が詰まった紺のスーツから、グレーのスラックスが伸びている。手ぶらであり、バッグの類はない――

 ――のに、どこからともなく。超小型の携帯電話セルラーが出現して、僕の掌に滑り込んでいた。



 以上の4名が。現在の当出張所の定例メンバーで、全員がよそ者州外であり、ボスだけが本事件の臨時代理人Pro Hac Viceとなっている。


 ビシッとオールバックできめた弁護士、人当たりのいい黒人弁護士、前髪をキッチリ上げたマダム弁護士……そういった、いかにもな敏腕系はもう暫く見かけない。

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