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 州都シティへと続く旧街道。大きなシャッターと共に、ごつい土色のコンクリートで囲われた……中途半端な大きさのガラスドア。そこを入ったすぐ脇が、ずうっと僕の指定席で。要するに受付みたいなポジションだ。


 そこに収まって、ダークスーツの弁護士ローヤー達がのを「お迎え」するのは……お世辞にも立派とはいえない体格へ、黒のシャツに白のタイ、黒のスリムジーンズに鍵のたぐいと提げた若造――――それが僕なのだが。

 色も曖昧なプチ顎鬚あごひげに、手慣れた微笑みを乗せながら。お手持ちの携帯電話モバイルフォンを、有無を言わさず金庫へと封じていく。それが僕の「第一印象」となるようで、本来の職務アドミニストレータをなかなか理解してもらえない。割と暇そうにもしているものだから、当初は「金庫番くん」watchdoggyなどと呼ばれていた。


 右に向けば窓越しに路地を窺え、左を向けば事務所の奥までを見渡せる。


 とはいえ、その眺めは相当に珍妙なものだった。入っていって突き当たりのボス席が、「豆粒」にみえるほど奥行きがあり。コンクリートの天井までも4m以上あるのだが、その幅ときたら……入り口付近で2mほど、奥のほうで多少広がっても3m足らず。囲んで話せるテーブルもないから、ディスカッション用のホワイトボードなど、ボス席の後ろの壁に貼り付けてある始末だった。


 そうした「海溝」トレンチのような間取の……長手方向の壁に沿って、バーのような照明の下に、カウンター・テーブルが据えられ。その上に固定電話やディスプレイ、キーボードなどズラリと並ぶさまは、何というか形容し難い怪しさに満ちていた。飲食できる様子もないのに、突如スーツの男女で鈴なりになったりするものだから。所轄のお巡りさんオフィサーも、近隣からの「何ですあれ?」に音をあげて、「看板ぐらい揚げてよ!」「もう少しならない?」などと。小言を並べに来るほどだった。


 土地のローヤーの名前タイツォータ事務所を借りた出張所とはいえ、およそ法律事務所ロー・ファームらしからぬこの作りは、その所以ゆえんを聞いてしまえば「なるほど」というもので、要するに自動車整備工場を改造したものなのだ。

 通りに面して同じ並びの右手には、この地域にしては小さめのパーキングエリアが……そのさらに向こうには自動車販売店ディーラーの建屋があったらしい。十年ほど前、その建屋を廃止する代わりに、工場の一部をいくばくかでも販売所に割り当てようとして、こんな妙な間取りになっていると聞いた。


 えっ、こんなところで?——と驚くのだが。少し前までは、ステイツでも珍しいノヴァル車専売オンリーのディーラーだったとの話で。


 実際いまも目の前で、ちょっと古めのパストーラハイブリッド車の販促パネルが、来訪者を迎えるように立っており。映画かドラマとのタイアップなのだろう……主役と思われる男優のほうが、肝心のハイブリッド車よりも遥かに大きくプリントされているために。いつしか……皆から「販促くん」と呼ばれて、可愛がられるように(?)なっていた。

 とはいえ。男優と車の間を繋いでいた(であろう)タイトルやキャッチコピーの類は、見事にスッパリと折れて無くなっていて。切り抜かれた人型のシルエットが余計に強調されていたので、夜中の非常灯に照らしだされると、ちょっと……かなり気味が悪かった。


 その男優は。両手を大きく広げて、拳を高々と掲げ、片足で大きくジャンプした瞬間を「凍結プリント」されているのだが、足元のパストーラハイブリッド車から噴き出す爆炎(?)で照らし出された得意気な表情を見るたびに。僕の頭のなかで……付き合いも途絶えて久しい悪友:ニコラスニック・ハントの喚く『出たな?対空技』『燃やしてダウンの判定つき』『たぶん上半身だけ無敵時間あり』等々。みんなして格闘ゲームにハマっていた頃そのままの譫言うわごとが、リピート再生されるのだった。


 そう。信じがたいことだけど。

 十年以上も前に、ニックと一緒にやっていたビデオゲーム・ファン向けのWebサイトで、投稿電子掲示板フォーラムの運営をしていたことが。実は、今の仕事へと繋がっているのだ。

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