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 夜中の寒さには未だこたえるものがあるけれど、ここ州都シティの冬は……もう終わりといってよかった。


 公判の度に押し寄せる腕利きたち……の姿はすでになく。『事件ケース』に張り付くための拠点なのだと、改めて思いだす。実際は「ダイク&ドレイク法律事務所・O州出張所」と名乗っては。地場のロー・ファームから名前タイツォータを借りるほど、『間に合わせ』の施設なのだ。


 連邦ステイツを覆い尽くす「意図せざる加速Unintended Acceleration」訴訟の大群は、そのほとんどが西海岸の連邦法廷States Courtへと吸い上げられ、当州こちらで訴えのあった傷害事件も、遥か西の地で進められる「集中和解intensive settlementプロセス」へと組み込まれていった。

 

 今を去る数年前、世界最強の自動車メーカーであるノヴァルは。不可解なクレーム……「意図せざる加速」事象の多発に苦しみ、次第に危機的な状況へと近づいていた。

 運転手はアクセルを踏んでいない心算つもりなのに、車が勝手に加速する……それが「意図せざる加速」Unintended Accelerationという事象の、典型的なパターンである。


 不可解なことに、物理的な原因が見当たらないケースも多々あり。それらには何の故障も見つからないので、メーカーとしても「異常なし」とせざるを得ないのだが、「意図せざる加速」に遭遇した人々は納得しなかった。

 とうぜんながら、メーカーの粗相そそうには極めて厳しい安全唱道者safety advocate達も、「エンジン電子制御の欠陥に違いない」と盛んに言い立て。あまりの苦情の多さに、連邦議会すらその疑いへと傾き。「欠陥はなかった」と主張する国家交通安全局NTSAまでも議員たちは責めたてた。

 ディーラーも、ひっきりなしに舞い込むオーナーからの点検要請に応えるのが精いっぱいで、新車を売るどころではなくなっており。もはや、ノヴァルのブランド価値は「風前の灯火」であるようにみえてきた。


 そうした流れが劇的に変わったのは、3年前のちょうど今頃、国家交通安全局からの委託で行われた――宇宙開発局NUSAによる調査結果が公表されたときであった。

 宇宙開発局には、宇宙船の航宙制御プログラムを扱う専門部署があり。かつての惑星無人探索プロジェクトにおける、黎明期の自律システムによる活躍が、幾度となく語られてきたので。まさにその、宇宙開発局の車両調査に反対しようという者など居なかった。


 果たして、その結果は――


「ノヴァル・キャブラのエンジン制御システムに、欠陥は認められない」


 それが宇宙開発局NUSAの出した見解であり、国家交通安全局NTSAはその威光を高々と掲げて、物理的な原因が認められない「意図せざる加速Unintended Acceleration」などは、その……要するに、アクセルとブレーキの踏み間違いによるものだと、改めて強調した。


 テレビ等の報道に噛り付いていた人々は、ある者は「ほぅら!」と膝を叩きながら、そうでなければ「えっ?」と首をかしげながら、一人……また一人、と。別の話題へ乗り換えていき、あっという間に散会して、「意図せざる加速」を過去の話題へと押し流していく。


 しかし、それは……バーで交わすような、世間話のレベルに過ぎない。


 実際のところ、ノヴァルに対し各州で個人的傷害personal injury不法死wrongful deathの訴訟を起した原告たちは「NUSA報告」にともしなかった。

 そうした「被害者」や「遺族」だけでなく。「安全唱道者」にも、争いを諦める空気が生ずることはなく、「都合が悪い」と無視することもせず。寧ろ「NUSA報告」に刺激された技術者が、新たな専門家証人エキスパートとして合流し、エンジン制御の欠陥を立証してみせようぞ……と。熱気に震え、気勢を上げるほどで。


 そんな諍いのなか、たまたま被告側ノヴァルに「職」を得たのがこの僕――名を『レイモンド・ウォール・マットロウ』という。残念ながら(?)法律家ローヤーとかじゃない、IT業者の端くれで。自動車のことなど何も分からず、ただ施設を見張る「番犬」の立場とわきまえて、ローヤーたちの傍にうずくまるだけの若造が。「謎」と「秘密」に振り回され、惑わされて。最後に行きつくところを想像できるだろうか?


 ここの誰もが「謎」や「秘密」の一部と化し。けれど、誰であれ「謎」や「秘密」の正体を、見渡すことなどできはしない。世の人のごとく……ただのノイズとして、あるいは分かりやすい結論として。過去の彼方に埋めることが人たちもいる。


 これから。そういう、僕たちの話をしよう。

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