第7話 コンタクト

なんで天水さんがここにいる?

まだ夜が明けだばかりだ。

彼女は陸上部で、確かに早朝部活があるのは知ってる。

蓮ねぇちゃんから聞いた。

でも、こんなに早く来るはずがない。

だって、本来なら校門のカギは開いてない。


「ホントに凄いね!いつもこんな夜明けにきて描いてるの?」

戸惑う僕を余所に天水さんはにこにこしながら僕の方に向かってくる。

とうとう僕の前まで来た。

僕は現状が呑み込めず動けないままだった。


「うーん?そんなにびっくりしなくても良いと思うんだけどなぁ?」

僕と彼女の距離は30センチもない。

彼女は僕が固まっているのが面白いようで僕の方に顔を近づけてくる。

フワッ。

サクラの香りがした。


「色島君?」

「え、ああ何でもない」

彼女が不思議そうに僕の顔を覗く。

僕が彼女の瞳に映る。

「天水さん。離れて欲しいんだけど………」

「え、あ、あはは。ご、ごめんね。」

彼女が申し訳なさそうに謝り僕から離れた。

僕と彼女との間に沈黙が流れる。

彼女は下を向いたままだ。

僕はそんな彼女を見ていると急に可笑しくなってしまう。

出来るだけ優しく声をかけた。

「天水さんは部活の朝練?」

「え?あ、うん。」

僕が怒っていると思ったのだろうか。不安そうに見える顔が驚きに変わる。


「そう。でも、良く学校開いてるって解ったね?」

「え、うん。先週の金曜日に学校で色島くんを見たって夏が………」

彼女が少し早口になりながらも僕に説明してくれる。

「夏ってのは私の友達の「土田さんでしょ?」え、う、うん知ってるんだ」

「記憶力はいい方だから。そうか。でもなんで僕を探しに来たの?」

「えっ?なんでそのことを……」

「いや、だって僕を見たって土田さんから聞いてここに来たって」

「あっ!ちが、それはその口が滑って」

彼女は慌てて両手で口を隠し僕から後ずさりした。

「まぁ、良いんだけど。ちょっと台から降りてくれる?」

「あ、ご、ごめん。邪魔だよね私。」

彼女がしょげながら黒板の前の台から降りる

「いや、邪魔じゃないよ。」

「え?」

「絵が完成したら毎回記録に残すようにって校長先生から言われてるんだ。」

僕は自分のカバンから校長室から持ってきたカメラを出し、天水さんに見せる。

彼女が近くに来てカメラを見る。

「校長先生と知り合いなの?」

「まぁ、僕が絵を描きたいけど家に描くスペースがないって言ったら

蓮ねぇちゃ、いや石倉先生が校長に話してくれて。」

思わずいつも家にいる時の呼び名で蓮先生を呼びそうになり慌てて言い換える。

「へぇ、蓮ちゃんが……」

「う、うん」

何故か彼女の気配が変わった気がした。

「それで黒板ならすぐ描いても消せるし、この時間帯なら誰もいないからどうですかって言ってくれて四月の17日から描き始めてるんだ。」

「それって二年生になってすぐだよね。今もう6月終わりだよ。

ずっと描いてるの。毎日?」

彼女が驚いて僕を見る。

「え、ああ、うん。」

言わない方が良かったかなと僕は内心そう思っていた。

「毎日描いてみませんかって、校長先生が言ってくれたんだ。

提案した代わりに、描いた絵を写真で撮って見せてくださいって

このカメラをくれたんだよ。しかも新品の。凄いよね。」

僕はまだ驚いている彼女にカメラを渡す。

「え、いいよ。壊すといけないし。」

おそるおそるカメラを持つ彼女。

「別に落とさなければ大丈夫だよ」

僕は彼女の首にカメラのストラップをかけてやる。

「ぇ、えと」

「これなら落ちないでしょ。」

「あ、ありがと。どうやって使うの?」

「ああ、教えるね」

僕は彼女にわかるようにカメラの使い方を説明した。

「これでいいの?」

「うん。そうだな今日はせっかくだから天水さんこの黒板のサクラ撮ってくれないかな?」

一生懸命カメラを覚えようとしている彼女を見て僕は言葉を発した。

「え、いいよ。いつも色島君が撮ってるんでしょ。私が撮ったらブレちゃうよ。」

慌ててカメラを返そうとする彼女を制し、

「いや、僕もプロじゃないし、練習台は必要でしょ?」

「で、でも下手に撮れたら「大丈夫。何枚でも撮りなおせるし、勿論天水さんが嫌じゃなかったらだけど」

僕を探しに来るほどだから別に嫌われているわけじゃないと思うから頼んだのだけど、間違いだったか?

僕自身が良くわからない気持ちで黙っていると

「ホントに、いいの?」

「え、?」

「だ、だから私がとっても。文句言わない?」

恥ずかしそうな、少し不安げな様子で僕を見てくる彼女。

可愛い。

不覚にもそう思ってしまった。

まぁ僕の方が身長低いらしいので何とも言えないが。

「言わないよ。僕から頼んでることだし。」

「じゃあ、やってみてもいい?」

「うん。天水さんが好きな場所からとってくれればいいよ。

ああ、一枚は真正面からお願い。」

「う、うんわかった」

彼女は嬉しそうに笑っていた。


それから何回か写真を撮り、気に入らないのか色んな場所で彼女は撮影していた。

僕も時折彼女に教えながら一緒になって笑っていた。


もう夏も中盤に差し掛かる。

その中で何故か咲いているはずのないサクラの匂いがした。








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