第5話確かめる。

私は夏が色島君を見たと言うのがあまり信じられなかった。

彼は確か美術部で学校へ早く来る必要なんてないだろうし、

私たち陸上部が一番早い時間帯の朝練組で、教室に来ているはずだからだ。

彼の席はグランドからも見える窓辺の席。


席替えをしても窓側が良いと彼が担任の先生に言ったのだ。

普段あまり話さない彼が発言し、皆驚いていたのを覚えている。

私もびっくりした。勿論先生も。

ただ、私たちの先生は一風変わった先生で名前は石倉蓮いしくられん

男みたいな名前だが美樹ちゃんより長いポニーテールで色黒美人。

体育教師で姉御肌。生徒の自主性に任せすぎて大体笑って過ごす。

ただし、虐めは論外。その時の顔は修羅となる。


以前、別のクラスでいじめられた子がいて、虐めていた子達を

その長い脚で蹴り飛ばした。その生徒たちは吹っ飛び怪我をしてそれはもう大参事。

親呼ばれるは、警察呼ばれるわで先生も首になりかけたのだけど

「こいつらはもう高校生だ。幼稚園児じゃない。善悪の判断できる人間として

 悪い事したら、その分制裁はあるだろう。何がいけない」

と親たちに怒鳴り散らした。

親たちも、最初は怒っていたもののその威勢に何も言えず、校長先生の

「まぁ、でも、蹴っちゃだめですよ。」

と言われ蓮ちゃんはムスッとしながら謝ったとか………。


でもその校長も毒舌だった。

「虐めていた子達はみんな退学でお願いしますね。教頭」

「「「「「「はっ?退学?」」」」」」

「うん?ええ、そうですよ。確かに蹴り飛ばした石倉先生も悪い。

ですが元は先生の言うとおり、高校生にもなって自分が何をしているか

解らない程子供ではないでしょう。ですから退学です」


この言葉には、親たちの顔が真っ青になっていたと蓮ちゃんは言っていた。

因みに石倉先生は堅苦しいのが苦手で、自分の事を「ちゃん付け」で呼ぶように

と言っており生徒や先生からは人気がある。

「まっ、まって下さい。」

慌てて教頭が止めに入るもこの老校長も只者ではない。

穏やかな顔で

「人を傷つけて笑っているような人間はうちには要らない。

学校は確かに教育の場だ。ただし、人の道は親が教えるものだ。

1、人の悪口を言ってはいけない

2、人を傷つけてはいけない

3、自分のした行動にはその責任がある

これは玄関にも毎回の行事前にも皆さんに伝えてますよ?

お忘れですか?」

この凄味に誰もが言葉を失ったそうだ。

蓮ちゃんは笑っていたらしいが。

その後虐めていた子達は親たちの反論空しくホントに退学。

生徒たちにもこの件は知らされみ皆ドン引きしていた。

虐めを黙認していたその子の教師も懲戒免職。

それがこの学校の規則だ。

勿論いい規則もある。

それはまた次の機会に。


話がだいぶそれちゃった。

そんな訳で色島君も最初虐められていたようだけど蓮ちゃんが担任だし。

直ぐに収まった。

色島君はそれ以降周りの人と距離を取っている。

どう考えても学校が嫌いなはずなんだけど………。


私はそれでも少しでも話したい一心で夏が見たという日の出前に学校に来た。

「はぁ、はぁ、はぁ、まだ全然明るくないんだけど、ほんとにいるの?」

夏は朝が得意でいつもこの時間からウォーミングアップがてら学校まで走ってくるらしい。

この学校はこの時間何故か校門が開いており、誰でも入れる。

勿論監視カメラはあるので不審者は入れないが。


私は学校に入り教室まで忍び足で向かう。

下駄箱で彼の靴があるのは確認した。

ホントにいるんだ…。


教室の扉は開いており、前の方からチョークの音がする。

先生?うぅん。蓮ちゃんは私と一緒で朝が大の苦手だ。

私も昨日見たいテレビを我慢して早く寝てここに来ている。

ゆっくり空いている後ろのドアから入る。


「うん?、「ビクッ!」ここの色はもっと濃くしよう。うん。」

心臓が飛び出るかと思った。

思わず目をつぶり、足音を立てないように片足が浮いた間抜けな格好で止まってしまう。

だが、色島君は気づいてないようで、おそるおそる目を開け彼の方を見る。


サクラが舞っていた。

綺麗なサクラの樹が私の眼の中に映る。

緑の黒板の中にまるで生きているように……。



私はその場から動けなかった。

今まで感動することはいっぱいあった。

でも、胸をギュッと締め付けるくらい切ないくらいの感動は知らない。


世界が私と彼の描く、サクラだけになったかのような感覚。

思わず無意識の内に私は手を胸に当てていたらしい。

心臓の音が手の伝って全身に広がる感じがする。

私の鼓動がとても、温かい。サクラの鼓動みたいにも感じる。

彼の手は止まらない。

まるで魔法のようにどんどん、枝や、葉、風景が描き足されてゆく。


私は言葉が出ない。いや、邪魔しちゃいけない。本能的にそう思った。

今、彼はサクラを生み出しているんだ。


私は彼が描き終わるまでずっと見続けていた。

いや、動きたくなかった。

私だけがこの光景を見てる。

とても、優しくて暖かい時間。


やがて魔法が消える。

完成した。私にも分かる。


日が教室に差し込み、黒板を照らし出す。

サクラの樹と花びらが、輝いているように私には見えた。


彼が私より小さい彼が大きく見える。

黒板の中の絵にいるようにも見えて少し可笑しくなってしまう。


私は声をかけた。

彼が、サクラの絵に取られてしまいそうで声をかけずにはいられなかった。


「わぁ~すごいねぇ」

少し大げさに、でも、しっかりと彼にこの思いが届くように。

「へ、ぇ?」

彼のその時の顔は忘れない。

凄く間抜けな顔をしていたから。


これが私と彼とファーストインパクト。













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