第6話 下手な鉄砲

 ゴウッ!!ゴウッ!!

冬晴れの澄み渡る空。雲一つない富士山を背景に、砲迫の炸裂音が響き渡る。

新教(新隊員教育隊)前期の富士野営で初めて炸裂音を聞いた時は、花火と比べて重低音だなと思いつつ若干の恐怖心もあったものだが、中隊に配属されてからしょっちゅう演習場で訓練をしていれば、砲迫や戦車の射撃音なんか雀のさえずりと同じく全く気にならなくなってしまうのだ。


ここは東富士演習場の戦闘射場。

富士の麓、森を切り開きだだっ広い更地にランダムに整備された穴(監的壕かんてきごう)があちこちに掘ってある。

屋内射場や普段の射撃訓練で使う射場は通常、てきは機械で現出し、弾着もセンサーが感知して射座に備え付けられたモニターで射手が確認できるようになっている。

しかし、ここの戦闘射場は文字通り(戦闘)射撃が目的なので弾がどこに集弾してるのかは関係ない。

当たっているかどうかだけなのだ。

よって、的の現出は係となった者(大体が後段に射つ隊員)が行うのだ。(これを監的かんてきという)

「へぇ~、射場って長坂や富士学校みたいなトコばかりじゃないんすね」

指の動きが鈍くならないよう、手のひらを閉じたり開いたりして寒さをしのぎながら平本1士は関心そうにもらした。

「あっちはシステムで管理してるからな。お前、監的壕に入るのも初めてか?」

「はい、初めてっす」

「じゃあ気を付けろよ。弾が跳弾して監的壕に入ってくる事もあるからな」

「えぇ~!?マジっすか!」

オーバーリアクションながらも、にわかに信じられないといった顔の平本1士。

まぁ当然だろう。平行に飛んでくるはずの弾が、穴に入ってくるとは誰も思わないのだから。

しかし、事実は小説より奇なり。

ごく稀に射撃の弩下手な者がこのキセキを生むのだ。

下手くそというのは、なかなか理解できないもので的ではなく地面を射つ事がある。

エアガンで遊んだ人ならわかると思うが、弾は調整が狂ってないか、故意でない限りは狙った方向に飛んでいく。多少の誤差はあるものの、地面に向かっていくなんて事はありえないのだ。

にも拘わらず、地面を射つ奴ってのは狙っているとしか思えないのだが、射った本人に問いただしても「ちゃんと狙ったはず!」と言い張るか、小銃のせいにする者までいる。

私の同期に、どこをどう間違えばそうなるのかわからないが、射座から5メートル付近(伏射ち)に弾着させて映画さながらの砂煙を立ち込めさせた猛者もいる。

ここまで来ると腕云々ではないと思えるのだが、監的壕に弾が入ってくるメカニズムはこうだ。

先程も言ったとおり、下手くそが射った弾は地面に向かって飛んでいく。

ここでそのまま土に潜り込めばいいのだが、中には地面とほぼ平行に飛び、石や盛り上がった土に弾が当たる事がある。そして、的以外に弾着した弾はその破壊力を失いながらも監的壕にホールインワン。

射出された弾ってのはなかなかの高温なので、このホールインワンによって監的壕の中にいる隊員の肌を軽く火傷させることもあるのだ。

MGSのオセロットばりの技術?だが、射った本人が自覚していない所が残念。

ここまで平本1士に説明してやると、

「武内士長、○×士長と○○3曹が射つ時は気を付けます!」

と中隊で下から1位2位を争う射撃自慢の隊員の名前を挙げながら真剣な表情になっていた。

いや、そこまで警戒せんでも・・・。


今回の戦闘射撃訓練は、ランダムに現出した的を射つ、というもの。

監的壕に入った隊員は、人の上半身を短く切ったような形の的(棒付き)を穴から出し、的付きの棒を90度半回転させることによって現出を行う。

現出のタイミングは監的壕に持ち込んだ無線機か野外電話機で射撃係幹部から送られる。

例えば、「3的、出す用意・・・出せ!」というふうに。

射手はというと、射撃姿勢は任意だが距離も位置もバラバラに現出する的を狙わなければならないから、即応性が求められる。

伏射ちなら正確には当たるだろうが、1的から5的の現出となったりすると、射線を横に振らねばならないので即射出来るとは限らない(現出時間もランダム)。

よって、膝射ちか立射ちになるのだが、どれを選ぶかは本人次第なのだ。


前段射撃組、つまり初回から射撃する隊員(1から順に射群しゃぐんで区切られる)は、射場構築の作業には加わらず射撃のための準備を行う。

「榎本士長基準!体操の出来る間隔に開け!」

陸曹候補生の土屋士長の号令の元、射撃組は体操をこなしていく。

射撃前に身体を解しておくことが目的だ。

体操が終わると、各自射撃姿勢を決めたり、照星と照門をロウソクの火で焙ったりする。

焙るのは煤で光の反射を防ぐためだ。


「う~ん、膝射ちの方がいいのかな?」

私は膝射ちの方が好き(伏射ちは肘が痛いから嫌い)なのだが、長い時間、同じ射撃姿勢を保つのは結構ツライのだ。しかも渡される弾薬は30発なので(全弾射耗しなければならない)、膝射ちだけというのも何だか勿体ない気がする。

雑毛布の上で射撃姿勢を模索してると、同期の西本が隣に並んできた。

「武内は膝射ちにすんの?」

「それ迷ってるんだけど、なんか膝射ちだけってのも、勿体なくね?」

「だよな。どうせなら、いろんな射ち方試してぇよな」

射撃の精度には拘らず、即射できるかどうかの訓練なので普段よりも自由度はあると思う。

「武内、あれやればいいじゃん」

「あれというと?」

私がそう聞くと、西本は89式小銃ハチキューを右腕で保持し、抱えるように片手で持つと

「ほら、映画でよくやってんじゃん!」

と、少し前のアクション映画みたいな射撃姿勢?を執っていた。

所謂(ランボー射ち)というヤツだ。

なるほど、これは滅多にできないな。うん、

「って、安全係に蹴られるわ!ダメだろそんなの!」

「ダメかな?カッコいいと思うんだけど」

「アホか!」

全く、アホの考える事はよく分からない。

このアホ西本は、前の拳銃射撃でも水平射ち(拳銃を横にして射つやつ)をやって安全係にドヤされた経験を持つ。

因みに、水平射ちは上手く狙えないし弾詰まりを起こすので、火器陸曹にも怒られるから良い子はやめた方がいい。


「第1射群は集合!」

射手は1射群につき2人。私は2射群だからすぐに呼ばれるだろう。

第1射群の隊員が射座に到達して程なく、第2射群にもお呼びが掛かった。

隣には西本が並んでいる。

「あれ?お前確か5射群じゃなかった?」

「それがさ、俺糧食班に飯受領しに行かされる予定だったらしくて、急きょ変更になったんだ」

射撃の順番が入れ替わるのは、別に珍しいことではない。が、

「お前が隣かよ・・」

「ん?何か言った?」

「別に」

弾薬受領所で弾を受け取りながら、私は本音に近い独り言を言った。

ランボー射ちしなきゃいいが。


『射手、射座まで前へ!』

射撃係幹部の統制の元、私と西本は銃口を的に向けながら前進した。

白線の手前に止まると、

『射手、点検射!姿勢点検始め!』

と号令が下る。

点検射といっても零点規正する訳ではないので、腰を落として膝射ちの姿勢をとり、さっさと射った。

点検射では全部の的が現出してるので、的の位置の確認も行う。

最後の弾が放たれてから、肩から床尾部を外す。

「射ち終わり!」

開放された薬室を射撃係に見せ、

『射手、銃を置け!』

の号令で銃口を的に向けたまま小銃を置く。

『射手、弾込め!』


弾倉にはフルで30発入るようになっている。

しかし、実際にやるとなると、かなり苦労する。バネが硬くて、込め辛いからだ。

「ゆっくりでいいからな」

優しい射撃係の指導の元、1発1発弾倉に弾を押し込んでいく。

「29・・30!準備よし!」

弾倉に込め終わった事を射撃係に知らせた。

「3的準備よし!」

射撃係が射撃係幹部に報告する。続いて

『射手、銃、弾薬を持ってその場に立て!』

の指示。

『射手、弾込め!』

カチャン!と槓桿を引き、弾が薬室に装填される。

「弾込めよーし!」

『射撃用意!』


概ね、的は号令の掛かった後、3秒くらいで現出する。

私は目を閉じて、2秒カウントした。3で目を開き、射場全体を見渡す。

射界の一番左に現出する的を確認した。

サッと腰を落として膝射ちの姿勢に入る。

そして両目で照門を覗き、照星と的が交わった瞬間に引き金を引いた。

ダン!ダン!ダン!

一旦ここで射つのをやめる。この後もまだ続くからだ。

「射つの早っ」

愚痴ってるのか感心してるのか分からないような西本の声が聞こえた。

私がすぐ射つのには理由がある。

自分のタイミング以外で射撃音が聞こえると、うまく狙えなくなるからだ。

要は、音にビビってしまうのだ。

だから、自分でカウントして気持ちを落ち着かせ、誰よりも早く射つ!

他の人間にとっては迷惑かも知れないが、イヤなら私より先に射てば良いだけだ。


15発ほど射ち終わり、今度は立射ちの姿勢に変えた。

一旦銃口を下ろし、ローレディーの構えをとる。

腕が疲れ始めていたので、この姿勢は楽に感じた。


数秒も経たずに的が現出。

「アップ!」

心の中で自分に号令を出しながら照準する。

ダダダン!ダダダン!

3斉射にして射ったは良いが、上半身がブレるブレる。

恐らく初弾しか当たってないだろう。

残りの弾は膝射ちで狙うことにした。


「射ち終わり!」

射撃係に薬室を確認してもらい、その場に座る。

西本の方を見ると、奴はまだ終えてないようだった(立射ちの姿勢)。

単発で射っていても、もう終わっていいはずだが?

「あいつ、途中までお前の射撃を見てたんだ」

射撃係が若干ウンザリそうに教えてくれた。何考えてんだアイツ?

かと思ったら、チラッと私の方に顔を向け(ほんの一瞬だが)、銃を肩から外し、右手だけで持つような姿勢になった。

「あのバカ、もしや・・・」

私が危惧した通りになった。

片手で射撃(しかも連射)しても、弾は狙ったところには飛んで行かない。

何故それが分かるのかというと、近距離でバラまかれた弾はあちこちで砂煙を起こすからだ。

映画だと、「チュンチュンチュン!!」って感じかな?

10発ほど放たれて、射撃音は止んだ。

時間にしては数秒だと思う。

西本は左手を上げて

「射ち終わり!」

と報告した。若干ドヤ顔なのが腹立つ。

呆気に取られた射撃係も、すぐに気を取り直し射撃終了の報告をした。


銃架に小銃を格納すると、西本が満足げな顔して近づいてきた。

「見た?スゲーっしょ?」

「あぁ、お前がアホなのがよく見えたよ」

あの後、西本は当然射撃係幹部に怒られたのだが、本人はやりたい事を達成してか気にしてない様子。

「やっぱ映画のようにはいかないね。今度は【デスペラード】みたいに射ってみようかな?」

「それは私のいない時に頼むわ」



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