第3話 よくあること。
「そろそろ時間っすね」
現在時2352。歩哨交代の時間は2400だ。
「んじゃ、ボチボチ行くか。武村、俺の小銃取って」
石田3曹は手に持っていた缶コーヒーをグイと飲み干し、出発の準備を始めた。俺もそれに習い、弾帯をパチンと着装した。銃剣に施された脱落防止に漏れがないか確認する。
「小銃の脱落防止の確認も怠るなよ。夜間に落としたら絶対に見つからないからな」
カシャンと槓悍(こうかん)を引き、薬室を覗きながら俺に注意を促す。俺は「了解」と返答し、小銃の脱落防止をチェック。異状なし。
「武村士長、準備よし」
「おし、行くぞ」
天幕を出ると、冬らしい寒さが身体に突き刺さる。今日は満月なのでそれほど暗くはなく、木々や道路などは月明かりで白く照らされて良く見える。
「この時間で歩哨って、ちょっと微妙っすね。起床時間は0330だから、0130に交代しても、2時間も寝れないっすもんね」
「まぁそうだけど、次の奴らは2時間も立ちっぱだぜ?この寒空の中でさ。しかもその時間帯は・・・」
「対抗部隊も命令下達で斥候はまず来ないっすからね。歩哨の意味ね〜」
そんな軽口を叩いてる間に、歩哨壕に到着した。
「誰か!」
歩哨に立つ後輩が誰何する。
「俺だよ、オレオレ!」
「俺俺詐欺じゃないっすか!武村士長!」
誰何をした平山1士は、俺の営内班の最年少だ。迷彩柄の目出し帽を被り、迷彩外皮の下にも着込んでるからか、普段の体型より太って見える。
「どうだ?特に異状は無かったか?」
「はい!石田3曹!服務中異状なしです!」
「あれ?平山、バディ誰だっけ?」
歩哨は通常2人で立つが、もう1人の姿が見えない。
「えっと、亀山士長ですけど」
「奴は何処にいるん?」
俺が尋ねると、平山は言いづらそうにしてたが、そのうち
「ここですよ、武村士長」
と亀山の声が暗闇から聞こえた。
「いやぁ、さっきガサって音が聞こえたんで、偵察して来たんですよ。そしたら鹿が居まして、捕まえようと思ってずっと張ってたんですよ」
あぁ、こいつならやりかねん。前に林内で休憩してた時も、子鹿が現れて
「今日は鹿鍋っすよ!」
って叫びながら追いかけてったっけ。結局捕まえられなかったけど。石田3曹は呆れながらも、
「まぁいいや、2人ともお疲れさん。もう帰っていいよ。起床時間までゆっくり休んでくれ」
と、2人に天幕に帰るよう指示した。
2人は「お先です」と言いながら、さっさと天幕へ向かって行った。
「マルヒト(01)、こちらマルニィアルファ(02α)。配置完了送れ」
『こちらマルヒト。配置完了了解』
小隊本部に無線連絡し終わり、俺は歩哨壕に入った。
この歩哨壕は広く掘ってあり、意外に快適だった。チェアバックなら椅子を広げても座れるくらいだ。
「さーて、敵さんが来たらとっ捕まえてやんぜ〜」
「いや、石田3曹。今は命令下達の時間なんで、誰も来ねえっすw」
配置に着いてから30分。案の定、斥候の気配はない。
足音もしない。時折、演習場の近くを通る国道から、スポーツカーの排気音が聞こえるくらいだ。
「暇っすね」
「あぁ、そうだな」
石田3曹は眠そうに答えると、迷彩外皮の胸ポケットからタバコを取り出し、ジッポで火を点けた。
俺も待ってましたとばかりに、タバコに火を灯す。
タバコを吸うと、ジジッと音がして火が一層赤く光る。勿論、光が漏れないように手で覆うのは当たり前だ。
「ジングルベール♪ジングルベール♪すっずが鳴るー♪」
「どうしたんすか石田3曹?」
とうとう頭がイカれたかと思ったが今日が何の日だったのか思い出した。
「そういえば、今日はクリスマスイブだったっすね」
中隊長が何を血迷ったのか、24日から25日にかけて「今年最後の訓練を実施する」と、”先月”の中ごろに言い出したのが始まりだった。通常、年末はどの中隊も連隊長立会の点検を前に、補給庫やら営内の清掃を行う。事務室や中隊長室も立会の対象になるから、年の瀬に訓練なんかしてる暇はないハズなのだ。
「はぁ。俺、今日は新教(新隊員教育隊)の同期と忘年会の予定だったんすよ。それが連隊長の営内点検を前倒ししてまで訓練だなんて・・・」
タバコを指で強く弾きながら愚痴ると、石田3曹は「実はな」と真相を語り始めた。
我が中隊は10月に【中隊検閲】を受閲したのだが、そこで連隊長による判定が「概ね可」。
これは「ギリギリ合格」を意味するのだが、この結果について団のお偉いさんに
「お前の中隊は大丈夫か?」
と心配されたそうだ。このままではマズイと名誉挽回の為に今回の訓練を決意した、との事。
「え?じゃあ連隊長も来るんすか?」
「あぁ、朝から見に来るらしい。連隊長も大変だよな。別に今年中にやらなくても、来年で良かったのに」
全く、いい迷惑だ。状況終了の日から【冬期休暇】が始まるのだから、やってられない。
終了予定は1000だが、撤収やら武器の整備やらで終礼は1700だろう。はぁ。
あれから更に30分経過したが、特に異状なし。
この歩哨壕は高い位置にあり、遠くではあるが街の明かりが見える。
「娑婆の人たちは、みんなイブを楽しんでるんすかねぇ」
街では大勢がイブを楽しんだり、または家では子供がサンタが来るのを期待しながら眠りに就いてたりもするだろう。人々が灯す光を見て、なんだか不思議な気持ちになった。
ガサッ。
不意に、俺たちから見て右前方から草がこすれる音がした。
「武村。俺が接近するからお前は誰何しろ」
石田3曹は小さな声で俺に指示すると、緩やかに身を低くして、後方に下がって行った。
ガサッ、ガサッ、ガサッ。
音はだんだん近づいている。これはもう人だろう。そろそろ見えてもいい距離だと思うのだが、先ほどから曇ってきて辺りは真っ暗になっている。
ガサッ、ガサッ、ガサッ、ガサッ、ガサッ。
「誰か!!」
俺は声を相手にぶつけるように誰何した。
・・・・・・・。
音はピタリとしなくなった。
「動くな」
石田3曹の声だ。どうやら相手の後方に回りこめたようだ。
「誰か!」
俺は続けて誰何する。歩哨壕の位置は知られてはいけないので、俺は隠れたままだ。
「小隊長藤沢3尉」
敵?は自分が小隊長だと名乗りだした。本当か?
「あ、藤沢3尉。お疲れ様です」
石田3曹の態度が変わった。どうやら本人のようだ。俺は歩哨壕から出て、小隊長と石田3曹の元へ向かう。
「おう、お前たち2人、もう天幕で寝てもいいぞ」
藤沢3尉は少し怒っているみたいだ。
「どうしたんですか小隊長?歩哨の交代までまだ時間がありますけど」
「良いんだよ。どうせ対抗部隊の連中は、もうみんな天幕に戻って寝てるんだから」
いや、そりゃ何となくそんな予感はしてたけど・・・。
「連隊長は来ないらしい。ったく、じゃあ何の為の訓練だ!って話だよ」
藤沢3尉は吐き捨てるように愚痴った。そりゃそうだ。無理くりねじ込んで実施した訓練が、意味を成さなくなったのだから。
「しかし、なぜ連隊長は来れなくなったんですか?」
石田3曹が不思議そうに聞くと、
「団の幹部だけの忘年会に出席したそうだ」
藤沢3尉が呆れ気味に答えた。なんか、分かるような、分からんような力関係が感じられた。
「だからな、お前らの分隊は明日動かさないから、状況が再開して少し経ったら撤収を始めろ!他の分隊にも荷物をまとめておくように言っとくから」
自衛隊の得意技は?って聞かれたら、俺はこう答える。
「撤収、かな?」
本当に、そう思えるくらい分隊みんなの動きは速かった。余程早く帰りたかったのだろう。
因みに、今回のような幹部の気まぐれによって俺ら下っ端が振り回されるのは、自衛隊では【日常茶飯事】なのだ。
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