第54話 いつもの年末①

 殆どの自衛官には無縁なハロウィンも終わり、かと思ったらクリスマスグッズが突如出現し、「ハッピーハロウィン!」が「メリークリスマス!」に素早く切り替わる世間に感心してしまう11月。

 一般企業はこれから年末に向けて徐々に忙しさが増していくが、それは自衛隊も例外ではない。普段の訓練の他に年末点検に向けての車両等の整備、駐屯地や演習場整備の支援が加わってくる。


中隊の幹部室で富士野曹長に雑用(書類のホチキス止め)を命ぜられた武村は、書類を整えながらホワイトボードに書かれた11月の月間行動予定を見て溜息を吐いた。

「マジか」

11月の第1週、2週は良いとして、問題はそれ以降だった。


第3週・水~木曜。3小隊訓練(攻撃)

第4週・水~金曜。3小隊支援(2中隊検閲)


武村は3小隊(小隊長は富士野曹長)に所属しているので、泊まりの訓練が連続する事になる。しかも今の時期は演習場整備が土日に入って来やすいので、下手をすると休みが無いという事態になり得る。

「どうした武村。ボーっとしてないで手を動かせよ」

隣の中隊長室から戻った富士野曹長に注意される。

「富士野曹長、ウチの小隊は2週とも泊まり確定ですか?」

「おぉ、まだ書いてないけど12月には射撃と中隊訓練もあるからな」

えぇ、と一瞬だけ引く。

「中隊訓練は何を……」

恐る恐る武村が聞くと、富士野曹長は面白がって笑顔で、

「1,2小隊は防御だから陣地構築。FRPとコルゲートメタルを使って、本格的にやるぞ。で、ウチは攻撃だから行軍だな。概ね35㎞くらいか」

「行軍は車両ですか?」

行軍には【徒歩行進】と【車両行進】がある。

徒歩行進は文字通り完全に歩き。決められた経路を、これまた決められた時間内に達成しなければならない。

車両行進は、3t半トラックやWAPC(96式装輪装甲車)に乗車して行進すること。

これは車内の人員よりもドライバーが大変なのだ。乗車している隊員は警戒(という名の仮眠)してるだけで良いが、ドライバーは操縦を、車長は居眠り防止を含めた警戒をしなければならないので、これはこれで辛いのだ。

「おう、安心しろ!徒歩だ!」

思わず持っていたホチキスを落としそうになる。

「徒歩、ですか」

「しばらくウチも車両行進ばっかだったからな。たまには歩かんと、いざという時に歩けなくなる」

確かに、ここの所行軍のように長い距離を歩いていなかった。富士野曹長の説明も理解は出来るが、武村のテンションはダダ下がりした。

「あとは射撃だな。今回は89(式小銃)と拳銃とミニミ(機関銃)の近接射撃だ。武村はMG手だったっけ?」

「そうです」

「良かったな。今回はなんと、200発てるぞ」

機関銃による実弾射撃は何度か経験してるが、200発は多い。

「200発って、随分と射たせてくれるんですね」

「そうだな。いつもは請求通りに支給される事が無いから多めに見積もるんだけど、今回は丸々請求が通ったから俺も驚いてるんだ」

普段は機関銃射撃でも50発くらいなので、滅多にない機会だ。

「射撃も終われば、いよいよ……」

「年末点検ですね」

「そう。さすが武村士長。中隊の流れが分かって来たな」

少し照れるも、武村はある事を思い出した。

「今年の小隊の忘年会はいつですか?」

自衛隊はとにかく飲み会が多い。特に年末年始は集中しやすく、まずは小隊と中隊。それに営内班に中隊の陸士同志。さらに入校期間中であれば同期達、と言った具合に、何かと理由を付けて行われるのだ。

「それは小隊陸曹と調整中だ。他の小隊と被らないようにしなきゃだからな。あ、中隊の忘年会は決まったぞ。12月の第3週の金曜だ」


一通りホチキス止めが終わると、武村は富士野曹長に報告をして幹部室を出た。

そして廊下に張り出されている来週の訓練指示板に目を通し、またも溜息を吐く。

来週から始まる演習場整備の支援について編成表が出ており、その中にバッチリ武村の名前が入っていたのだった。



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