第53話 演習場のフレンズ②
よく晴れた、ある日の演習場。今日は小隊訓練の【コンパス行進】。
演習場地図とコンパスを使い、示された目的地まで前進する訓練。
しかし、東富士演習場は武村のいる中隊は普段から使っていて、1任期以上の陸士ならどこにいるのか大体分かってしまう。よって今回は小隊長である富士野曹長の計らいによりチェックポイントが設けられたので、そこを通過せず一直線で目的地まで向かうという誤魔化しが出来なくなった。
コンパス行進訓練は陸曹、陸士がバディとなり行う(レンジャー資格者は助教)。
中隊配属して間もない1士や、士長に昇任したばかりの陸士は陸曹がコンパスを使って地図を判読してくれるが、在籍期間が長い陸士は陸曹から地図とコンパスを手渡される。
「頼んだぞ武村。俺はお前を信頼して、黙ってついて行くからな」
「いや石田班長、一緒にやりましょうよ」
「バカ野郎!お前が中隊のベテラン士長だって所を見せろってんだ!」
「榎本~。お前中隊の最先任士長(在籍期間最長)だろ?じゃあその辺の下手な
「その理屈はおかしいっすよ大川2曹。大体、自分がコンパス苦手だって知ってるじゃないですか。自分の新教班長だったんだから!」
「何言ってんだ榎本?苦手なものは克服して行かなきゃなぁ」
こんな感じで中隊のベテラン士長達はほぼ難癖に近い形で地図判読を押し付けられるのだった。
「よし、みんな目的地に到達できたな。じゃ、ここで
富士野曹長は答礼をすると、小隊長車のパジェロに戻り背負っていた無線機を降ろす。
「みんな指示は聞いたな。飯は3t半に積んであるから、榎本は降ろして配ってくれ」
「えぇ!それは武村か平本にやらせれば良いじゃないっすか」
「あほ!お前だけ全然違う場所に行っただろ!罰として雑用でもやらんかい!」
小隊陸曹に檄を飛ばされ、榎本士長はすごすごと3t半に向かうのだった。気の毒に。
「あークソ!またやられた!」
3t半トラックの後部からあからさまに毒づく声が聞こえた。89式小銃を置き、身に付けていた装具類も外してその脇に置いていた武村は、テッパチ(88式鉄帽)を脱ぎながら3t半に近づく。
後部を覗くと、座席に置かれた箱の中身を「これもダメ。あ、これも」とブツブツ言いながら榎本士長が品定めをしていた。
「どうしたとです?」
「あぁ武村。見てくれよコレ!」
榎本士長が差し出したのは戦闘糧食Ⅱ型、通称(パック
パック飯は白飯と副食がそれぞれパックされていて、それに先割れスプーンが付属でついてくる。
白飯の方は何ともなかったが、副食(今日は肉じゃが)の方はというと、
「うわ、なんすかコレ。めっちゃ中身出てるじゃないですか」
パック飯は、そのままボイル(茹でる)して加熱できるようになっているので、丈夫なビニールで包装されている。
なので、ナイフ等の鋭利な刃物でないと裂けないはずだが、榎本士長が持つ副食のパックは数か所が無残に裂かれていた。
それも1つだけではなく、結構な数の裂かれた副食が少し離れた所に箱に入れられまとめられていた。
「クッソ~、あいつら何とかなんねーかな」
「うーん、やつらも頭良いっすからね」
「こうやって食える物と食えない物を分けてるんだけどさ。半分はダメそうだな。武村、悪いんだけど、小隊長にコレのこと報告してきてくれ」
「了解。因みに、被害はどれくらいです?」
「う~ん、1つ、2つ…、大体10個くらいかな?」
「了解。じゃ、行って来ます」
武村は早速富士野曹長に報告する。富士野曹長は「アレの仕業か」と困った顔して頭を掻きながら、
「分かった。この事を長谷川1曹(小隊陸曹)にも言って、買い出しに行くか検討してくれと伝えてくれ」
「わかりました」
武村は助手席に平本士長を乗せて小隊長車を走らせていた。
あの後、小隊全体で話し合い、買い出しに行くことが決まった。中にはパック飯が嫌いだからと私物の昼食を持ってきていた隊員もいたが、アレがどんな病気を持ってるか分からないと結局無事な物も食べない事になったからだ。
因みに、買い出し先はゴルフ場を越えて少し行った先のコンビニだ。
「しっかし、とんでもない事をする奴もいるもんですね」
ハンドルを握る武村が平本をチラリと見る。
「パック飯をあんなに沢山裂いちゃうなんて、よっぽどストレスが溜まってるんすよ」
「ストレス?」
「そうっすよ。本当は誰かにぶつけたいけど、そうもいかないからモノに当たるんす。ほんっと、ショボい奴っすよ」
それを聞いて武村は首を傾げる。
「平本は、パック飯をお釈迦にしたのは人間だと思ってるのか?」
「他にいると思います?動物なら白飯も食っちゃうじゃないですか。でも、白飯は全部無事なんだから、動物はそんなえり好みなんかしないっすよ」
「だから人間の犯行?しかも小隊の?」
「はい!俺の勘がそう言ってます!」
ふんす、と鼻を鳴らす平本。確かに、動物がパックの中身を匂いなしで判断するのは難しいだろう。しかし、だからと言って小隊の人間を疑うのもどうかと思うぞ?
「……カラスだよ」
「え、なんです?」
「だーかーら、犯人はカラスなの!」
「え~~、うそだ~~!!」
そうなのだ。演習場にはカラスが多く生息しており、巣も演習場内の電柱だけでなく、林の中にも作っている。早朝には『カー!アーー!』とまるで連絡を取り合う様に飛び立っていく姿も見られるのだ。
「犯人がカラスなら、なんで白飯には手を付けないんです?」
「あれはあいつらが経験で学んだんだろう。『白飯はマズい』って。だから白飯のパッケージを覚えて、それ以外を
「カラスも避ける白飯って……」
カラスは人間の食べ物を突くだけでなく、収集癖もある。少し小高い丘にある草むらに、近くのゴルフ場から盗んできたであろうゴルフボールや、恐らく自衛官の私物らしきカラビナが集められていたのを武村は何度か見つけていた。
その度に武村は、「隠すならもっと分からないようにしないと」と、地中深くに埋めてしまうか大量の草を被せてしまうのだった。かわいそうなカラス。
「もしパック飯が支給されたら、その辺に置かないでちゃんと
「ほんとっすか~?」
ジト目の平本に、武村は「マジマジ」と半笑いで答える。
「雑嚢が半開きな上、パック飯の中身がグッチャグチャに出てて一緒に入ってた雨衣が大変な事になってた事もあったからな」
「うへえ悲惨。それ、誰がやられたんです?」
「……最先任士長の榎本陸士長殿だ」
「なんつーか、カラスでも経験で白飯が分かるのに」
「言うな」
武村はコンビニに到着すると、さっさと小隊長車を停め
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