第55話 いつもの年末②
11月第3週・月曜日 中隊パークにて。
「ゴムバンド持って来ました~」
腰ほどの高さのある紙袋を山木と平本がひっくり返すと、年季の入った黒色のゴムバンドが塊となって出てきた。ゴムバンドは太さも長さもそれぞれ違い、山木と平本は両手で掴んでは解していく。
「じゃ、みんなでパジェロと3t半、あとW(96式装輪装甲車)にゴムバンドを付けてってくれ。くれぐれも緩くならないようにな」
富士野曹長の指示と共に、3小隊の隊員たちはゴムバンドを手に持ち、車体に縛り付けていく。ゴムバンドは車体を草等で偽装するために使う。刈って来た草の束をゴムバンドで挟むのだ。
ゴムバンドの長さは大体1メートルのものから、長いもので3メートルもある。これをバンパーやステップ、ボディに緊張させながら通す。それも一直線にならないよう、ジグザグに交差させなければならない。
「武村、ゴムはお前みたいにたるんでねーだろーな?」
「大丈夫っすよ。ほら、こんだけ緊張させてますから」
武村はパジェロに縛り付けたゴムバンドをぐいっと引っ張ってアピールする。
「ほら、結構引っ張るのに力要りますよ。これなら当分は縛りなおさなくても……」
プツっ、という音と共にゴムバンドが切れ、調子に乗って引っ張った武村の元へもの凄い速さで戻っていく。
「いってぇ!」
「……いいか若手の陸士諸君。たった今、武村士長が悪い見本を展示してくれた。ゴムバンドは亀裂が入ってないかちゃんと確認するんだぞ」
富士野曹長の注意喚起に、山木や平本たちは苦笑いしながらゴムバンドの状態を確認するのだった。
11月第3週・火曜日 武村士長の一日の行動
0812~1030 小隊長と現地偵察(東富士演習場)
1045~1150 2小隊に昼食配達(第2縮尺射場)
1200~1300 昼休み
1305~1400 車載無線機取り付けと無線機受領(中隊通信庫)
1415~1530 小隊訓練で使用する資材積載(中隊補給庫)
1600~1650 小隊駆け足(御殿場市内)
1700 課業終了
11月第3週・水曜~木曜日 小隊訓練
現在時2345 東富士演習場。
月明かりで僅かに白く浮かび上がっている砂利道の先に眼を凝らす。武村の操縦する小隊長車(パジェロ)は、石を踏む度に金属同士がぶつかり合う音が鳴り、車載無線機からはザーという音が聞こえ続けている。
フロントガラスの先には、小隊の隊員たちが道の両脇に並んで歩いている。今回の小隊訓練は攻撃(夜間行進)。
想定は、『X地区を拠点とする敵を攻略すべく、3小隊は徒歩にて前進し明朝0600に攻撃を開始せよ』というもの。
今回は小隊だけの訓練なので、攻撃は割かれ行軍がメインとなる。
21時に駐屯地を出発し、明朝6時に戻ってくる行程だ。
武村は運良く?小隊長ドライバーを命ぜられたので歩かなくて済み、これを顔に出さず喜んだ(顔に出たら降板させられる)。
隊員の装備品も、中隊訓練の行軍前の慣らしなので鉄帽に防弾チョッキ2型と水筒、それに銃剣と小銃だけと割と軽量。
風もなく月明かりで辺りもよく見えるので精神的負荷も少ないだろう。
「武村」
「はい」
「寝るなよ」
車両行進の場合、体力的疲労は徒歩に比べ少ないものの、厄介なのが長時間の運転による居眠りだ。
ひたすら景色の変わらない道を、しかも低速(3~4キロ前後)で走行するから飽きてしまう。小隊長車にはラジオを積んでるが、当然そんなものは聴けるわけがない。
武村は眠気に襲われると、目を擦り、伸びをし、窓を開けて冷気を車内に取り込んで誤魔化す。
これを何度かやっているうちに、
『小隊停止、これより10分間の小休止とする』
となるのだ。
小隊長車から降りて、軽く伸びをする。隊員たちは道の両脇の林に分散して隠れながら休憩している。
木に持たれかかって目を閉じる者。
背を向けてスマホを眺める者。
タバコを吸う者。
戦闘靴を脱いで足をもみほぐす者。
10分間の短い時間で心と身体を休める方法は人それぞれ。武村はスマホの光で顔が浮かび上がっている榎本士長に近づく。
「榎本士長、光が漏れてます」
「お、そうだっけ?」
そう言って榎本士長はスマホを雑嚢に押し込み、代わりにタバコに火を点ける。
「いいなあ武村。今回は小隊長ドライバーか」
「良いのか悪いのか。だって次はぶっつけ本番の行軍ですよ?距離だって今回は25㎞ですけど中隊訓練の時は35㎞って話ですから」
「げ、35㎞⁉って事は、南外周道からの畑岡、一木塚
かーらーの、農林1号、見晴台かな?」
「いや、そんなマニアックな事言われても知りませんけど」
「前にもあったんだよ。ひたすら上りで、最後の方でようやく下り坂ってのが。
榎本士長と話してる間に出発準備の号令がかかり、武村は小隊長車へと戻る。
途中、何人かの先輩隊員に「交代しようぜ」と声を掛けられるが、「じゃ、小隊長に意見具申してみますね」と返すと苦笑いしながら手であしらわれた。
11月第3週・土曜 東富士演習場
東富士演習場の一画に採石場がある。ここでは施設科がユンボやドーザーを使って砂利を採掘をしたり、逆に演習場整備で出た土砂などを運び込んでいる。
演習場整備の支援で来た武村に与えられた任務は、砂利の運搬だった。
武村の乗る3㌧半ダンプは、73式大型トラックがベースになっている。
通常の3㌧半との違いは、荷台をダンプアップ出来る事と荷台後部の【アオリ】と呼ばれる部分がピンの差し替えによって上開きにも下開きにもなる所だ。
前日に幌と骨組みを外し、ダンプアップの要領を教わったが、武村はまだ自信がない。
「大丈夫。今日はただ砂利を落すだけだから」
そう言って武村を気遣うのは2小隊の石崎3曹。今回の武村の車長だ。
「昨日はダンプアップ出来てただろ?」
「はぁ、でもあれ何も積んでない状態でしたから、実際にやるとなると…」
「そう緊張する事ないって。やってみりゃ『あぁ、こんあもんか』って思うから」
採石場で施設科の隊員から積載場所に案内されると、そこには油圧ショベル(自衛隊では掩体掘削機と呼ぶ)が砂利を満載して待ち構えていた。
武村がダンプを着けると、油圧ショベルはエンジンを唸らせ砂利を盛っていく。
積み終わると合図のホーンが鳴り、武村は砂利を
「そういや武村、こないだの行進訓練は歩かなかったって?」
「そうなんすよ。小隊長ドラだったんで、歩けないまま終わってしまいました」
「まずいなそれ。本番前にちゃんと歩いとかないと足を痛めちまうぞ」
「ですよね。でも、もうそんな機会ないですし」
「お前の同期、加山だっけ?あいつは休みの日に重りを入れたリュック背負って演習場をウォーキングしてるみたいだぞ」
「いや、レンジャー行った奴の真似なんか出来ないっすよ」
ダンプを停止させると、サイドブレーキを引きクラッチペダルを踏みながらPTOスイッチをオンにする。
するとカチンという接続音が聞こえ、荷台は徐々に上がり始めた。更にアクセルを踏むと、荷台の角度は一気にほぼ垂直となった。
「武村、少し進んでブレーキ」
言われた通りにすると、アオリが荷台に勢いよくぶつかり、残っていた小石などが荷台から落ちていく。
「うん、こんな感じだ。これを今日はあと7回やったら終わりだ」
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