第52話 演習場のフレンズ①
武村の操縦するパジェロ(73式小型トラック)は、1小隊長の富士野曹長を乗せて演習場内を走行していた。
現在時0515。まだまだ薄暗い演習道をハイビームで照らす。本来であれば演習部隊に配慮して管制灯火が望ましいのだが、
「もうすぐ夜が明けるし、安全管理上別にいいだろ」
という富士野曹長のお達しにより安全管理を優先する事にした。
今日の武村の任務は(特科部隊の実弾射撃支援)だ。自衛隊では稀に他部隊の訓練支援を行う事がある。特に実弾射撃訓練では【外周警戒】というものがあり、演習場内の弾着地域へ繋がる道を規制して人や車両の進入を防がなければならない。
そこで【警戒ポスト】と呼ばれる小屋に人員を配置して規制をするのだが、これには多くの人出を要するため自隊だけでは賄いきれない時に支援を要請するのだ。
「次の右カーブを越えたら左折な」
「了解」
綴じられた支援計画の書類をパラパラと捲りながら富士野曹長は武村のナビをする。実弾射撃をする前には、こうして進入禁止区域内を車両巡察して誰もいないか見て回るのだ。
演習道は戦車などの装軌車(キャタピラ車)が走行するので、場所によっては道がえぐられている事が多い。また、急に道幅も狭くなる所もあるため運転には慎重さが求められる。
武村はカーブの手前に差し掛かると、ハンドルを切り深く掘れた轍を避けて曲がる。
「ふむ、相変わらず武村は車の運転だけは上手いな」
「…小隊長。それは誉め言葉と受け取ってよろしいのでしょうか?」
パジェロが杉林を抜けると、やがて広い草原に出た。夜露に濡れた草が、上り始めた太陽の光を反射している。
「おい武村、右側を見てみろ」
そう言われ視線を向けると、少し離れた草原に何かの群れが見えた。
「あれは……鹿ですか?」
1頭や2頭ではない。十数頭の鹿が草原のそこかしこに居た。どうやら朝食を摂っているようだ。
「すごい。こんな群れでいるのを見たの、初めてです」
サファリパークとは違う、大自然の中で出会った鹿の群れに武村は圧倒されていた。
「ここらは鹿の天敵もいないしな。狩猟も禁止されてるからこいつらにとっちゃ天国だろうよ」
富士野曹長はさして珍しくもない、といった調子で武村に説明する。
鹿の群れはパジェロが通っても、殆ど気にも留めず目の前にある草を頬張っていた。まるで人が危害を加えないと分かっているようだ。
「鹿、全然逃げませんね」
「あぁ、こいつら演習場でずっと射撃音聞きながら育ってるから、感覚がマヒしてんじゃないか」
気が付くと、反対側にも他の鹿の群れがいた。こちらはパジェロが近づくと林の中へと消えていく。
暫くするとまた両側に森が現れた。しかし、道幅は広いので真ん中を走る。
すると、
「ん?武村、この先に何かいるぞ」
富士野曹長に言われ、目を凝らすと鹿らしきシルエットが段々近づいてくのが分かった。鹿が演習道を渡っているのだ。
「小隊長、この場合クラクション鳴らしていいんですかね?」
それとも、徐行して鹿が渡り切るのを待つのか。武村は減速して小隊長の返答を待っていると、
「……め」
「え、なんです?」
減速しつつも、パジェロはだいぶ手前まで鹿に接近している。
「アクセルを踏め!」
小隊長の予想外の言葉に、武村は聞き返すことが出来なかったが、それよりも身体は反応してブレーキを更に強めた。このままでは鹿に衝突してしまうからだ。
しかし、鹿の方が危険を察知したようで驚異的なダッシュ力で森の中へと逃げ込んだ。
ふう、と武村は溜息をつく。
「なんだ武村。ビビッてブレーキ踏んじまったか」
ニヤニヤする小隊長。
「いや、鹿なんか跳ねたら大惨事っすよ。てか、なんでアクセル踏め!なんて言ったんです?」
武村が聞くと、小隊長は残念そうに答えた。
「鹿捌いてくれる奴知ってっから、上手く行きゃ鹿肉ゲットと思っただけだ」
「それはさすがに……。官用車を鹿肉欲しさに事故らせちゃマズいですって。てか、一番割り食うのドライバーの私ですからね」
武村は少し語気を強めに言ったのだが、
「大丈夫。分け前はちゃんと5:5にしてやるから」
「それって、結局小隊長が一番おいしいですよね?」
小隊長は笑うだけだった。
ということで、今回は演習場に住む動物にまつわる話。
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