第44話 新隊員必携③

 「自衛隊って休みはどうなってるん?」

武村と皆川が話してる間、ずっとスマホをいじっていた東山だったが、どうやら飽きたらしくスマホをテーブルの上に置く。

「基本、土日祝休みで夏期休暇と冬期休暇もある。あとは民間と同じで有給と、休日出勤した際は代休なんかも付く」

「話だけ聞くと、休みは充実してるっぽいな」

「これは自衛隊特有なのかも知れんが、【休務】という休みもある」

「何?休務って」

「休務ってのは、例えば1夜2日の訓練があったとして、2日目の昼に状況が終了して整備が翌日までかかってしまった場合。民間であればその日も丸一日勤務だろうが、自衛隊では整備が午前中、若しくは昼過ぎに終わればその時点で休務となり、そのまま休みとなる事がある。『午前は整備。午後休務』という具合にな」

「ほえぇ、俺も自衛隊に入隊しよっかな」

再びスマホを手に取った東山は、『自衛隊 入隊』というキーワードを検索し始めた。どこまで本気なのか分からない東山に、やれやれという表情をする武村だったが、

「あくまで部隊長の判断だからな。部隊長によっては『午前は整備。午後は駆け足して後段は射撃予習』という事もある」

と念を押す。

「なーんだ。すべてはボス次第ってか」

カツカツと画面をタッチしていた指を止め、軽くため息をしてまたスマホをテーブルに放る東山。

「まぁ、そこは自衛隊だからな。頭のかた・・いや、士気旺盛な部隊長だと休務が発生しない訓練が組み込まれる。さっきの例を基にすると、午前中に状況終了して午後目一杯整備。翌日も普通に訓練となる訳だ」

「え、えげつない」

東山のボソッとした呟きに皆川は何度も頷く。

「確かにえげつないが、これでも自衛隊法的には問題ないからな。しかし、隊員の士気には問題が出てくる事もある」

「やっぱりそうなんですか?」

「あぁ。私の中隊で一時いっときそういう時期があってな。その士気旺盛な中隊長が在籍してた時の中隊は、なんというか、中隊の空気がピリピリしている事が多かった。あの時は参ったよ、ほんと」

少し遠い目をしながらタバコに火を点ける武村は、あの頃の出来事が脳内で断片的に再生されていた。黙り込んでしまう武村の空気を察した皆川は、別の話を聞こうとした。

「が、外出はどうなってるんですか?地本の人の話だと入隊して1か月は出れないって聞いたんですけど」

「1ヶ月・・まぁ、そのくらいは出れないだろうな」

「・・長いですね、1ヶ月って」

「と、思うだろ?私も入隊当時はそう思ってたけど、入隊式後すぐに訓練が始まって目まぐるしく動くことになるから時間なんかあっという間に過ぎた感じだったな」

「そんなもんですかね」

「あぁ。でも1ヶ月経ってすぐに一人で外出できる訳じゃなくて、初めての外出の時は班長も同行する」

「班長・・ですか?」

「そう。教育期間中は1班、2班といった班行動が基本で、最初は班長が駐屯地周辺の街の行き方を教えてくれる。使用する交通機関や乗り場なんかも実際に行って説明してくれるから、有難いと言えば有難い」

「そう・・なんですかね?」

「因みにタケの時はどうだったの?」

「私の時は、新教が横須賀の武山駐屯地だったから【横須賀中央駅】までバスで行って、そこから街じゃなくって【戦艦三笠】まで徒歩で案内されたな」

あの時は班のみんなで行ったが、外出先は班長が決めたものだったけど結構楽しかった事を思い出し、少し口元が緩む。

「戦艦って、タケは陸じゃないの?何故に海軍・・」

「東山君、そういうツッコミはいいから」

「そうですよ、東山さん。武村さんも楽しかったんでしょうし、ね」

意外に東山には《言える》皆川に驚く武村だった。

「ま、楽しかったよ。同期はみなバカばっかだけど、面白い連中だったからな。班長にしても、『俺も本当は中央駅で自由行動にしようと思ったんだけど、区隊長がうるさくてさ』ってぶっちゃける人だったし。前期の同期はみなクセがあって・・」

言いかけて、話がズレてる事に気付いた武村は

「おっと、これは関係なかったな。とにかく、班長とのお出かけが終われば翌週から普通に外出ができる」

意味深に『何もなければ』と付け加える武村に皆川は詳しく聞きたい衝動に駆られた。

「『何もなければ』って、かあると外出できなくなっちゃうんですか?」

「そう。例えば・・、訓練を受ける態度があまりにも酷いと外出禁止、所謂【外勤がいきん】になる事が多い。これは個人に対してでなく、【連帯責任】ってことで区隊、若しくは班で食らう事になる」

「さ、さすが自衛隊って感じですね」

「そうだね。だから新兵は自分だけでなく同期にも目を配っていかなければならない。中には『いかに手を抜こうか』って考える奴が同期にもいたりするからな」

そう言って顔を上げる武村の視線の先には、スマホゲームに夢中になる東山が

「え・なに?」

とキョトン顔だが、皆川は「あぁ・・」とだけ言い、何かを納得した様子だった。

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