第45話 新隊員必携④

「でだ。敵の斥候を見つけたはいいが、少し距離があった。15、6メーターくらいかな?この距離じゃ誰何すいかしても猛ダッシュされて逃げられてしまう。しかも私一人しかいない。じゃ、どうしようって考えてな」

「どうしたんですか?」

「とりあえず距離を詰めようと思って、奴らの歩調に合わせて歩いたんだ。足音を立てず、しかも大股気味にね。これを繰り返していけばやがて近付くだろ?」

「ほえぇ、よう考えるなぁ」


皆川の『どういう訓練をしてるんですか?』という何気ない質問から聞いた武村の話す訓練内容は、皆川にとってどれも新鮮だった。

地本の担当官にも聞いたことはあったが、【守秘義務】があるのか非常に簡素で面白くなかったのだ(内容は忘れてしまうほど)。

「どうだ皆川?もう聞くことは全部聞けたか?」

東山がスマホの時計を見ると、入店して2時間近く経っていた事に気付く。周りの客もすっかり入れ替わっていて、今は家族連れより若者のグループが目立つ。笑い声にも張りがあり、五月蠅さが増幅してるようだ。

「はい、もう大丈夫です。武村さん、ありがとうございました」

「うん、どういたしまして。どうかな、少しは不安は取り除けたかな?」

「不安は・・やっぱりありますけど、武村さんの話を聞いて『楽しそう』って思っちゃいまして」

「楽しそう?」

「はい。他の会社とかじゃ絶対に体験できない事をやれるんだって思うと、なんか楽しみだなぁって」

「何こいつ?さっきまで藤木君みたいに青い顔して武村に色々聞いてたくせによ」

「・・・東山さん。藤木君って誰ですか?」

「なんだぁ?最近の若モンは(ちびまる子)も観てねえのか!?」

「あぁ・・小学生の頃観てました。懐かしいですね」

「二十歳の人間が(懐かしい)とか言うな!」

若者と呼ばれなくなって久しい27歳の東山は、皆川に茶々を入れたつもりが思わぬ反撃に遭い、カリカリしながらタバコに火を点け始めた。

「ったく、最近の若者は・・」

という囁きに、武村はなんだかおかしく思えた。


「じゃ、あともう何日はバイトよろしくな!」

「はい!東山さん!武村さんもお疲れっした!」

「おう、またな」

パパンとクラクションを鳴らし、皆川の乗る古いS13シルビアは独特のSRエンジンサウンドを響かせながら駐車場を後にした。

「あいつ、ちゃんと自衛隊でやってけると思う?」

少し真剣な表情で質問する東山。

「なんだ東山?お前が後輩の心配なんて、随分大人になったじゃん。昔は後輩に『心配される』ほど滅茶苦茶やらかしてたくせに」

「うっせーバカ!いいから、どうなんだよ?」

「どうって・・」

一呼吸おいて武村はポケットから煙草を取り出す。

「まぁ、大丈夫なんじゃないの?私との会話でも敬語はちゃんと使えてたし、最初はアレだったけど途中から言葉にも迷いがなくなってたし」

「あ、やっぱり自衛隊もそういうの大事?」

「あったりまえじゃん。新教は歳が近い隊員が班長だったりするけど、それでも言葉遣いや礼儀は厳しく躾けられるからね。中隊配属されると親ほど歳の離れた人とも訓練を共にするから、言葉に気をつけないと痛い目見るよ」

「痛い目・・」

「あぁ、別に体罰って訳じゃないよ。年代によって違うけど、腕立てさせられたり鉄帽テッパチで小突かれたり、まぁ体罰と呼べるものでは・・」

「それ体罰じゃん!!」

「そうかな?大体が尾を引かないんだけどね。とにかく、一般企業よりは厳しいから、同じ感覚でいると辛く感じると思うよ。【戦争】になったら命のやり取りをしなきゃならないんだから」

ポケット灰皿にタバコを押し付ける。

「そうだよなぁ。自衛隊だもんなあ」

東山は諦めとも了解とも取れぬ溜息を吐く。

「体罰はダメだけれども、【体力練成】があるからね自衛隊は」

武村の発言に思い当たる所があった東山は

「そういやお前、皆川に運動の事話してる時に少し笑ってたろ?」

「え、そう?」

指で唇の端を上げ、

「こーんな、悪そうな笑みだったよあれは。『こりゃ何かあるな』って思ったもん俺」

「そっかぁ、顔に出てたか」

と言うと、武村はポリポリと頭を搔く。

「私が新隊員の頃もそうだったけど、とにかく走らされるんだ」

「走る?」

「あぁ。座学で移動する時も、戦闘訓練場から戻る時もひたすら走る。これには学生の時陸上でインターハイまで行った同期も『キツい』ってへばってたな」

生来運動というものが大嫌いで、唯一特技であるスポーツが『モータースポーツ』だった東山は、想像しただけで嫌気に襲われる。

「『3歩以上は駆け足』って初めは冗談かと思ってたけど、私らはこれをガチでやらされてたから最初の1ヶ月は常に筋肉痛。戦闘訓練でも普段は筋肉痛にならない所まで痛くなるからキツかった。そんな環境でも限りは体力付いてくもんだから段々辛くなくなってくる。そう思えるようになる頃には教育も終了してるよ」


中学の頃は同じく運動嫌いだった武村が、こんな事を言う様になるとは東山は夢にも思わなかった。人は変わるものだなぁと感心していると


「入隊して私の言ってる事の本当の意味がようやく分かった時の皆川君の顔を想像して笑ってしまったんだなきっと」


前言撤回!ちっとも変ってねぇやと東山は大きくうなだれた。

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