第43話 新隊員必携②

 皆川俊みながわしゅん(20)。

高校を卒業後、アルバイトを転々とするが

『せめて二十歳になる頃には定職に就いて』

と母親に泣きつかれ、自衛隊の試験(自衛官候補生)を受ける。

「まぁ、私もそうだし同期でも二十歳越えて入隊してくる奴は幾らでもいるからとしは気にしなくて良いよ」

武村自身、入隊したのが24歳だったので同期の中では(少し年上)の方だった。

「今は大学を卒業して入隊する新兵が多いから、ひょっとしたら同期の中では皆川君の方が若いかもしれんね」

「タケの時はどうだったのよ?」

「私の時は、大卒半分その他半分かな?7月入隊だから社会人も多かったんだよね」

ふーん、と話の腰を折った東山は興味なさげにチューとストローでコーラを吸う。

「で、聞きたい事ってのは?」

「あ、はい。聞きたい事は地本の人から聞いたんですけど、なんか歯切れが悪いっていうか、曖昧っていうか・・・」


皆川の話では、入隊後の生活について詳しく聞こうとしたが担当官からは

「それは部隊によって違う」

「今はどうなってるか分からない」

等々、答えをはぐらかされてしまったという。ネットでも調べてみたが、書いてることがバラバラで参考にならなかったそうだ。


「そりゃ、地本のオッサンは悪くないよ」

「え、でも『何でも答える』って言ってましたよ?」

「『何でも答える』ってのは、あくまで『自分の知ってる限りは』なんだよ。現に私も皆川君に『知ってる範囲で』って言ったろ?私は陸だけど、空自や海自の事を聞かれてもやっぱり答えれないよ。それこそ『部隊によって違う』んだから」

「そうなんですね」と皆川は少し残念そうにしてコーヒーに口を付ける。

「そういや皆川君はどこに決まったの?陸?海?」

「武村さんと同じ陸です」

「そっかぁ。じゃ、希望する職種ってあるの?」

「それは担当官の方にも聞かれましたが、今はまだ特には」

「私のいる普通科はいつでも人手不足・・じゃなくて、若い衆は誰でも歓迎だから職種にこだわりが無ければおすすめだよ?」

「いや、それは・・」

ははは、と苦笑いするあたり担当官から普通科については聞いてるみたいだ。

今の会話で少し気が解れたのか、「武村さん」と皆川から話を切り出す。

「僕、中学高校と文化部に入っててまともに運動した事ないんですけど、自衛隊で何とかなるんでしょうか?」

「あぁ、それなら大丈夫。私も運動部に入ったことがないし、そもそも運動が嫌いだったからね」

そう聞いて目を丸くして驚く皆川に、東山が

「こいつ、夕方に好きなアニメがあるからって部活サボってばっかだったんだ」

『あほだろ~?』とでも言いたげに東山から指を指される武村だが、

「サボったんじゃないよ。部活を【強制】されるのが嫌だったし、大して面白くもないから行かなかっただけ」

「あ、そうか。サボったんじゃなく、途中で文化部を勧められたんだっけ?」

「バスケ部から・・何部だっけ?まぁいいいや。とにかく自分の時間が潰されるのが嫌いだったから、部活なんてしてないし運動もしてない。そんな私でも普通科でやってけるんだから大丈夫だよ。」

学生時代の集団行動から逃れていた人が、今は自衛官か・・と、皆川は少し不思議な気持ちになった。

「入隊が決まってから、何か運動はしてる?」

「はい、毎日マラソンを40分くらい」

「うん、それで十分だと思うよ。あとは新教の体力練成で嫌でも鍛えられるから」

言葉の最後の方で唇の端が少し吊り上がるのを、東山は見逃さなかった。


「僕、車を持ってるんですけど、これっていつから駐屯地に乗り入れれるんですか?」

「そうだな、私の中隊は陸曹になるか、陸士なら営外者になるかだな。営内の陸士は基本、駐屯地に乗り入れは出来ない」

「営外者ってなんですか?」

「営外者は、駐屯地の外に住んでる隊員のこと。営外者は基本妻帯者で、外のアパートや自宅から通勤する為に私有車を使うのだから、その場合は陸士でも駐屯地に乗り入れる事はできる」

「じゃあ、結婚しない限りは乗り入れNGですか?」

「乗り入れはダメだが、実家や外で駐車場を借りて保管する分には問題ない。勿論、教育期間中は私有車の運転は【厳禁】だが、中隊配属されてから『士長になって〇年経ったら娑婆で駐車場借りて乗っていいよ』って教えてもらえると思うから、それまでは我慢だね」

「・・・わかりました」

あからさまにガッカリする皆川。バイクに乗っていた武村は、愛車から長い間遠ざかってしまう寂しさを知っているから皆川の気持ちはよく分かっていた。

「で、でも中隊配属されれば許可もらって私有車の運転は出来るからさ。土日とか休みの日には実家に戻って乗れるから大丈夫だよ」

「それって入隊してどのくらいの話です?」

「うーん・・・中隊の順応期間があるとこだと・・1年くらい?」

はああぁぁぁ、と盛大に溜息を吐きながらテーブルに突っ伏す皆川に武村は掛ける言葉が見つからなかった。



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