第40話 FTC!FTC! 第3想定
それを見つけたのは全くの偶然だった。
第3小隊はその後も2回の砲弾落下を浴びたが、幸いにも軽傷が数名という被害に留まっていた。中隊本部より他の第1、第2小隊の被害が報告されたのは、2回目の砲弾落下が終わって少し経ってからだった。
『・・我が1中隊の現在の状況』
『1小隊、物資を積んだ3t半が演習道に埋設された対戦車地雷に触雷、操縦手含む3名死亡5名重傷』
『2小隊、敵の対戦車火力によって3t半中破、走行不能。斥候に出た2名が帰来せず。現在捜索中』
自分たちだけでなく他の小隊も軒並みやられてるという知らせは、脱力感よりも『仇を討ってやる!』という復讐心が3小隊に芽生えさせることができた。
その心を知ってか知らずか、神のいたずらか。
「武村士長、ちょっといいですか?」
84手(砲兵)となった安部が野ションから戻って来るなり、武村を呼び止める。
「どしたん?ウンウンしちゃって紙忘れたの?」
「違います、小なので大丈夫です。って、そうじゃなくって、ちょっと来てもらっていいっすか?」
どうしたんだコイツ?と怪訝な顔をしながらも、安部の後をついていく。
森の中に入り、少し進むと小声で
「足音に気をつけて下さい」
何があるのか、取りあえずジワッと踏み込みながら足音を消す。
『抜き足、差し足、忍び足って、なんかのコントであったな』
足音を立てず慎重に歩きながら武村が昔を懐かしがっていると、安部は手のひらを武村に向けて『止まれ』のハンドサインを出す。
それに武村が従うと、今度は人差し指を伸ばしてある方向を指す。
木々や葉が幾重にも重なっていて、ピントがずれるものだからその度に目を凝らすのだが。
「・・あれは」
武村がそれを見つけて思わず息を呑む。それは、武村たちのいる位置から離れてはいるが、太陽の光が差し込まない森の中では特徴のある黒いシルエットとなっていて、普通科隊員である武村と安部がそれが何なのか気付かない訳がなかった。
「あれ、敵の戦車っすよね」
「あぁ、
90式戦車は後部を武村たちにさらしていて、砲塔は前を向いていた。
「よくわかんないっすけど、分隊長に報告した方がいいっすよね?」
武村は黙ってうなずき、小隊に戻る。
「90か。よく発見したな」
「自分がションベンしに奥に入った時、声がかすかに聞こえたので声を辿って行ったら見つけちゃって」
分隊長に報告する安部は言葉は控えめだが、語気はどこか誇らしげだった。
安部が敵戦車を発見した事で、3小隊はにわかに活気づいてきた。
「どうする?射つ?射つ?」
「いや、襲撃して乗員を捕まえて情報を得た方が・・」
新しく小隊長となった川内1曹は、少し考えて
「よし、安部。お前は分隊長と共に90を潰してこい。それと、武村は副砲手となって二人をカバーしろ」
「了解!」
分隊長と安部、それに武村は興奮を抑えながら小隊長に敬礼した。
戦車を撃破できれば中隊全体の士気も上がるだろう。そう思うと、気持ちが高揚せずにはいられなかった。
「準備はいいか?いくぞ」
分隊長に鋭い視線を向けられ、安部と武村は対抗するかのように睨み返して頷く。
他の3小隊の隊員はいつでも離脱できる準備をして待機するという。
「我々が襲撃した戦車が敵本部に通報して、火力要求で周囲に砲弾落下されないとも限らん」
との理由だそうだ。81迫(81㍉迫撃砲)なら、戦車は直撃しない限り大した被害に遭わないから外にいる人員だけ殺傷出来るらしい。
安部の先導で分隊長と武村がそれに続く。
安部は
折れた枝や転がっている岩の形。これらの特徴を覚えて帰り道に迷わないようにしておかねばならない。ひょっとしたら戦車の猛烈な反撃に遭うのかもしれないのだ。
出発前に水分を摂ったばかりなのに、もう喉はカラカラなので思わずおかしくなる。気温は0度かマイナスか、そんな環境で喉が渇くのだから。
安部が急に歩く速度を落とし、身を屈めると分隊長もそれを察して武村に左手を水平にして柔らかく抑える動作をする。
『身を屈めろ』というハンドサインだ。
武村は小銃の安全装置を解除し、タ(単射)に切り替える。
「この先の、見通した木の間に・・」
安部は小声で分隊長に戦車のいる位置を教える。
「・・あぁ、あれか。少し遠いな」
周りに何もなければ余裕で射程内に入るのだが、森の中では木が邪魔して狙えない。
「もう少し近づこう」
分隊長はゆっくりと歩き始め、安部と武村もそれに倣う。
敵に見つからないよう、木の間をクネクネ進んでいくうちに、たまに見える戦車のシルエットが段々大きくなってるのに気づいた。
「この辺でいいだろう」
分隊長は目の前の大木に身を隠し、手招きして安部を呼ぶ。
「射手、約100(メートル)の位置、敵戦車確認できるか?」
「・・確認」
「弾種、対戦車榴弾。装填良いか?」
弾は既に出発前に装填してるので、
「装填良し」
武村は安部の左側に移動して距離をとって警戒する。
安部は後ろをちらりと見て後方爆風を巻き上げる物がない事を確認すると
「後方よし」
分隊長は安部の足元にしゃがんで据銃し、武村とは反対の右側を警戒する。
「各個に射て」
分隊長の指示で、安部は安全装置を切り替え、右手親指で
凸という字の下横線が無い記号と、数字が刻まれているスコープ内の視界には、90戦車のうす暗いシルエットが捉えられている。
最初にコイツを見つけた時は乗員らしき声も聞こえたが、今はその声の主たちは戦車の中でくつろいでいるのだろう。
その証拠に、こんな近くで狙われているにも関わらず、全くの無防備なのだから。
そう考えると笑みが込み上げてきそうなので安部は分隊長にかすかに聞こえるような声で言った。
「砲発射」
カチンという84の引き金の音と、バトラーのピッという電子音が同時に発され、少し遅れて90の前部辺りから明るい光が放たれ、辺りを照らす。
どうやら撃破できたようだ。
「戦車撃破確認、よし、逃げるぞ!」
分隊長の合図とほぼ同時に戦車のハッチが開き、中から乗員が這い出てきた。
3人は来た道を全速力で走り抜け、森を出た。
「3人ともお疲れ!よくやったな」
川内1曹は敵戦車の破壊という報告に満足した様子だった。小隊は三人が帰来後にすぐ離脱したのだが、幸い敵からの反撃は無かった。
中隊からは『3小隊、安部士長。84にて敵戦車を射撃、中破』
という報告が入った。完全破壊とはいかないまでも、履帯(キャタピラ)を損傷させたので実質的な走行不能にさせたのだ。実戦であれば戦車回収車が向かわなければならないレベル。
「いやぁ、チョー緊張したっす!」
張り詰めた空気から解放され、安部は抑え込んでいた高揚感を放出するかのように感想を口にする。
「外したら戦車の連装(銃)で反撃されるのかな?とか、中で乗員がのんびりこいてんのかな?射たれたらビックリすんのかな?とか、めちゃめちゃ想像してました」
「あの短時間で?」
「あの短時間で(笑)」
安部が84を構えてから射って撤退するまで武村はものの数十秒くらいだと思っていたが、安部はもっと長い時間に感じていたらしい。
敵戦車撃破は3小隊の士気高揚に繋がったようで、状況開始早々の砲弾落下により隊員たちの顔が敗残兵の様になっていたのだが、今は復活して皆表情は明るい。
「安部がやれるんだったら俺も戦車くらい」
「俺は敵兵殺しまくってベストシューター目指すかな?」
小隊に貢献できた安部の表情も、出発前と違いどこか自信に満ちている。
「安部、ほらよ」
「あざっす!」
武村は祝杯ならぬ祝煙草を、功労者に差し出すのだった。
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