第41話 FTC!FTC! 最終想定
映画とかではよく、雪山で遭難のシチュエーションがあると必ず「おい、寝るな!死んでしまうぞ!」というセリフと共に、眠気に襲われた人物をぶっ叩くシーンがある。
これは人体が極度の低温に晒されると、血圧が下がり血液中で酸素とヘモグロビンが結びつき、これにより体内の組織に運ばれる酸素量が減り、意識が朦朧としたり感覚が鈍くなる所から、雪山では『眠ったら死ぬ』とされる。
なので、2000から翌0230まで状況一時中止の仮眠時間と告げられた時、武村は
『こんな寒い状況で寝たら死んでしまうのでは?』
と冗談ながらに思っていた。実際、分隊長に
「仮眠て、こんな寒い中で寝たら死んじゃうんじゃないですか?」
と聞いたら大爆笑されてしまった。
「取りあえず0230までは状況中止だから、ゆっくり身体休めとけ」
辺りは真っ暗・・・ではなく、満月が近いからか月の光が照らして雪が青白く浮かび上がり、ある種幻想的に見えた。
武村は風がなるべく吹き込まない、細い枝が重なり合って壁の様になっている木の下を寝床に決めた。
状況前、今は亡き小隊長(死んではいない)から
『寒いからと言ってホッカイロを使いすぎるなよ!脱水症状になるぞ!』
と言われていたが、今の武村はそんな忠告を思い出しては
「脱水症状の前に凍死するっちゅーの」
と毒づいていた。
ホッカイロもだいぶ熱を発し始め、身体の部分部分を暖める。
枯草の上に座り、配られた朝食のパンを取り出して齧るが、寒さで冷え付いたパンはどうにも体内に取り込むのを躊躇われた。なので、板チョコを代わりに口に放ると味が口内に広がって同時に気持ちが少しだけ休まる感じがした。
『寒い環境でタバコを吸うと体温が奪われて更に寒く感じるぞ』
これも小隊長殿からの注意事項だが、武村は「知らね」とタバコに火を点ける。
今は一応状況外だが、気を遣ってタバコの火が漏れないよう指で覆い隠す。
蒸気なのか煙なのか見分けが付かない息は地面に向けて吐き分散させる。
体温が低下したのか分からないが、さっきよりリラックス出来たのは確かだった。
「・・・全っ然寝れん」
タバコを吸い終わった後、武村はすることもなく体育座りの格好で仮眠を試みたのだが・・・。
「2145・・・ちっとも眠れないじゃないか」
初めこそ睡魔に誘われて身を委ねたものの、それを寒さが邪魔をして武村を現実世界へと引き戻す。身体は小刻みに震えてはいるが、意識ははっきりしている。
武村の周りには、離れているので姿は確認できないが3小隊の隊員たちがいる。同じく眠れないのか、時折ライターや何かを漁る袋の音が聞こえる。
時間つぶしになればと夜空を見上げ、星々を眺めた。高地であることと冬で空気が澄んでいるので、東富士演習場よりも星空がくっきり見える。満月にちかいのでプラネタリウムとはいかないが、普段は見えないうっすら輝く星々があちこちで瞬いていた。
と、星空の中に帯状の光が走ったかと思うと、一瞬だけ強く光って消えてしまった。どうやら他の隊員たちも同じように夜空を見ていたようで、あちこちから
「「「お!?」」」
という声が聞こえた。流れ星という思わぬ天体ショーに、見ている場所とのギャップがあってなんだかおかしく思う武村だった。
『1小隊は中隊右翼。2小隊は中隊左翼。3小隊は中央から攻撃前進せよ!』
昨夜の天体ショーから状況に引き戻された武村の小隊は、中隊本部からの前進命令で林内の道なき道を駆けていた。ゴツゴツした岩場に行く手を阻もうとする縦横無尽に走る枝。
これらを回避しつつなんとか林を抜けると、一本の演習道が敵陣地方向へと延びていた。3小隊は敵からは森が陰になっていて見えない位置にいる。
ここから少し離れた所から、敵か味方か分からない装軌車のエンジン音があちこちで聞こえる。時折、戦車の空砲が断続的に鳴り響く。そして、小銃のパラパラ射っている音も。
『現在、敵陣地に対し突撃支援射撃を実施中』
中隊系の無線から今の状況が伝えられてくる。
「小隊はこれより演習道の脇を通る側溝に進入し、それを通って敵陣地に最接近する。各隊員、武器と弾薬、装具の点検を実施。異状の有無を分隊長に報告!」
分隊長の指示により、武村たちは持って来た武器や装具を目視と手で触って点検する。部品が落ちない為の脱落防止は勿論、弾薬も30発の空砲が入った弾倉に交換する。槓桿を戻し弾が薬室に装填されるカチャンという音が、武村の意識を高揚させた。
「前進よーい・・・前へ!」
3小隊は演習道の左右に沿って走る側溝に分隊ごとになだれ込んだ。武村の分隊は右側だ。側溝の深さは1メートルくらいだが、幅は少し余裕があった。残った雪による凍結が心配されたが、側溝には雪が残っておらず乾燥して干からびた草が土に絡まってるくらいだ。
暫くは中腰で側溝を進んでいたが、
「敵の突撃破砕射撃開始!小隊は匍匐にて前進せよ!」
ピューーという擬爆筒の音と共に小隊長からの怒声に近い命令に、小隊の隊員たちは匍匐の姿勢に変えた。
匍匐は持っている武器によって行進速度が変わる。小銃と
小銃を右手で握って腰に抱え、左手は前に進むために地を這わせる。武村は圧迫感のある側溝の壁を鬱陶しくも感じたが、実際には辺り周辺に敵の無数の砲弾が落下してる事を思えば仕方がないと諦めた。
砲弾が近くに落下したことを知らせるバトラーの警告音が時折聞こえるのがうざったいが、それでも負傷者は出ていないのでやはり匍匐で進むしかない。
「・・ふう。・・・ふう」
背後から聞こえる息遣いが気になり、武村は後ろを見る。
そこには、昨日戦車を撃破した安部が相棒の84を脇に抱え、見るからに辛そうに匍匐で進んでいた。
「おい安部!大丈夫か!?」
「・・っふう。大丈夫っす」
とても大丈夫そうには見えないが、武村より前にいる分隊長たちとは徐々に開きが出てきた。
「分隊長!安部が遅れてるので私が支援します!」
「分かった!この先に深くなってる箇所があるから、そこで待機してるからなんとか追いつけよ!」
「了解です!」
少しずつ小さくなっていく分隊員たちの姿を見ながら、安部に「私が84持つから、ホラ、銃を持て」
「・・あざっす武村士長」
「おう、合流地点までは持ってやるから、それまでに体力回復しとけよ」
「え・・、最後まで持ってくれないんすか?」
「何ちゃっかりあまえてんだ。84手はお前だろうが」
半分冗談を言う安部にはまだ余裕はありそうだ。武村は預かった84を抱えると、いつもより重たく感じたが、後輩に情けない姿は見せれないと平然とした顔で
「よし、いくぞ」
84の重量が重い事(13.1キロ)もあるが、狭い空間での匍匐は予想以上に堪えた。あと少しで心が折れかかった時に、漸く分隊長たちが待つ地点に到達した。
「おう、お疲れ。今のうちに武器と装具点検しとけ」
分隊長に言われるまま、安部と二人で点検しあう。お互いに左ひじと腰回りは土で汚れていた。
「銃、装具、ともに異状なし」
了解、と共に分隊長から今の状況が伝えられた。
この先50メートル先へは側溝から出なければならず(側溝は浅すぎて使えない)、敵の突撃破砕射撃が収まるまで待機との事。
側溝から出ても遮蔽物が何もないため全力で駆け抜けなければならない事。
敵戦車の位置が未だに掴めていない事。
演習道の左側の側溝を進んでいた分隊は、側溝から一度這い出てこちらに渡って来なければならない事。
武村は側溝からゆっくり顔を出し、前進方向を確認する。
分隊は側溝の貯水部分にいて、ここは幅に余裕があり身長が170センチの武村がまっすぐ立つと頭1個分出るくらいの深さがあった。
「うわ~~、隠れるどころか敵から丸見えなんじゃないの?」
演習道の左右には林があるものの、そこまではかなりの距離がありとても無傷で到達できそうにない。かといって、前方の50メートル先は深い側溝が横に伸びているだけなので、どちらに向かうにしても敵に姿を晒さなければならないのだが。
「十中八九、敵が狙っていると思うがここから出なければ戦わないまま状況が終わってしまうだろう。少しでも狙撃されるリスクを減らすため、出るタイミングは変則的なものとする」
分隊長の提案は今の状況では仕方のないものなので、特に異論は出なかった。
「・・俺から行こう」
分隊長は、側溝内部に取り付けられた梯子に手をかけ深呼吸する。
そして・・・
『中隊、敵の突撃破砕射撃が止んだ。前へ!』
分隊長が携行する無線機から前進命令が流れると、分隊長は飛び出すように側溝から出た。途中、何度か足がもつれたものの、疲れをものともせず失速しないまま横に伸びる側溝になだれ込んだ。
武村が祈る気持ちで覗いていると、分隊長の右手だけが側溝から出て、こちらに向けて親指を立てていた。どうやら無事なようだ。その後も一人、二人と出ていき、残ったのは武村と安部だった。
「こんだけ出てっても射たれてないんだから、敵は全然違う方を警戒してるのかもしれん」
「どうします武村士長?自分が先に行きますか?」
「・・いや、私が先に出ていく。向こうの側溝に到着したらすぐに顔出して周りを警戒するから、そしたら出て来い」
「了解」
武村は梯子に手をかけ、深呼吸したあと
「南無三!」
と心の中で叫んで側溝から飛び出た。
草の陰にすら隠れる事の出来ない
足場は石がそこらに転がっていたが、足をとられるほど悪くはない。少し先に横たわる側溝が見え、分隊長たちの顔が分かるくらいの位置まで来た。あと少し・・
ピピ・・・ピピ・・・
「!?」
武村は困惑した。バトラーが敵から攻撃されている事を知らせて来たのだ。
「マジか!」
側溝まではあと2秒ほど走らなければならない。
武村は既に狙われているので身体を敵に晒すまいと転がる様にその場に伏せた。少しでも当たる確率を下げるためだ。
ピピーピピーピピー
何らかの負傷を知らせる音だ。武村は地べたに顔を付けながら見える範囲で敵の位置を確かめようとする。まだ武村が攻撃されているバトラーからの音は聞こえるが、肝心の敵の射撃音は聞こえない。
「くそ!一体何に狙われてんだ!?」
身を隠そうにも、武村の周りには枯草と石ころがあるだけだった。成す術もないまま、
ピーーーーーーーーー
という戦死を知らせるけたたましい電子音が鳴り響いた。
・・・武村はゆっくりと仰向けになり、胸に付けられたバトラーの標示画面を確認した。
『74TK
レンソウ
シボウ』
負傷箇所は複数だったので、74式戦車の連装銃によって『ハチの巣』にされたのだろう。実戦であれば武村はただの肉塊と化していて、遺族にはとても見せられたい状態なのだ。
「・・・戦死か」
FTCでは戦死した隊員は指示があるまで立ったり生き残った隊員と会話してはならない。なので、武村は少し離れた所からバトラーの『ピピッ』という音が聞こえた時、一瞬ドキッとした。
音の方向に目をやると、側溝からヨタヨタと出てきた安部が身を屈めながら武村の方に近づいている。
『バカ!74の連装だ!狙われてるぞ!』
声に出すのは憚られたので、武村は安部に思い切り睨み付けるしか出来なかった。
安部は弾を回避しようと匍匐の姿勢になろうとするが、その間にもバトラーから音はなり続けていた。
『あぁ・・来るなって』
必死の形相で武村に近づく安部は、時折敵の射ってきている方向を確かめる為顔を左右に振るが、当然発見できる訳でもなく、あと10メートルという所で戦死を告げる電子音が木霊した。
「なんで戦車がいること教えてくれなかったんすか!」
「ばか!もう戦死してたんだから伝えようがないだろ!」
「じゃあ、せめてダイイングメッセージくらい残しといて下さいよ!」
「あれか?土に『レンソウ』って書いて知らせろってか!アホ!」
武村と安部は【戦死】後、FTCの死体回収要員によって死亡が確認されると武装解除してその場に立つことが許された。
生き残りにも死亡したとわかるよう、
「いや~、戦死しちゃいましたね」
「戦死って、私の場合はミンチでお前の場合は頭が吹っ飛んでるだけどな実際だと」
武村の位置からは、1小隊の戦車が敵陣地に向かっていく姿が見えていた。射撃音や爆音は絶え間なく続いていて、生き残った隊員たちが必死に戦っている事を物語っていた。
「どうっすかね、中隊は?勝てますかね?」
「う~~ん、よく分からんが、取りあえず同時突撃のはずなのに2小隊の戦車の姿が見えない」
「あーーーー・・・」
遠くでは、敵なのか味方なのかわからない怒声が聞こえていた。
結果として、武村の中隊は人員損耗率70%超、車両損耗率50%という【敗北】を期した。唯一の救いは、安部が戦車を撃破した事と、1小隊の陸士がベストシューターに選ばれた事だった。
「か~~、なんか悔しいっすね!」
「お前はいいよ、戦車撃破だろ?俺なんか開始早々頭部に銃弾食らって死亡だぜ?」
平本は持っていたタバコを銃弾になぞらえ、頭に近づける。
「・・・敵を一人も仕留めれなかったのが無念」
「あぁ~、武村士長は74の連装にミンチにされて終わったんでしたっけ?」
「おい!だいぶ略すな!私だって戦ったんだ!・・・多分」
「せめて、もう一戦したいっすね」
「おー、部隊に残ればまた戦えるんじゃないか?2、3年経てばだけど」
「いや、その前に任満で除隊ですって」
なぁ?と安部と平本は顔を見合わせながら頷く。
「じゃあ、除隊ではなくもう一つの道を教えよう」
「?なんですか?」
二人は武村に顔を近づける。
「なーに、簡単な事だ。陸曹になればいいんだ」
・・・・・・・・・・・。
「「ないない!絶対にない!!」」
「そうか?いい方法だと思ったんだが」
二人ほぼ同時に手をパタパタと振って提案を拒否する。そんなにいやなのか?
武村たちを載せた3t半は、その身を揺らしながら梨ケ原廠舎のゲートを通り抜けるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
突撃支援射撃:部隊の突撃を容易にするため、敵を塹壕や陣地に引き籠らせる
ようドカドカ砲弾を落す事。陸自の新隊員は必ず聞く単語でも
ある。この支援射撃の間は、突撃する部隊は匍匐で発起位置ま
で進まなければならない。これがしんどい。
突撃破砕射撃:敵に突撃されないよう、敵の頭上にドンドコ砲弾を降らせる。
しっかり身を隠していないとズタズタにされる阿鼻地獄。
または、助教に
今となっては良い思ひ出。
状況一時中止:今回は本格的な冬のFTC訓練だった事もあり、負傷者
を出さない為に設けられた仮眠時間。これが無ければ
バトラーでなく実際のけが人が出ていたと思う。
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