第39話 FTC!FTC!  第2想定

「FTC・・・ですか?」

「あぁ、お前は初めてになるのか?」

 それは年も明けて間もなくの頃。武村が榎本士長と武器庫で小銃の手入れをしている時だった。バラバラに分解された89式小銃はその各部位ごとにパーツが別けられて置かれており、亜麻仁油の匂いは長い年月を経て室内に染みついている。

「初めてって言うか、高速はあまり乗りませんので」

「うんそれな。じゃなくてFTCだよ。北富士でレーザー使って射ち合う戦闘訓練。新教で聞いたことないか?」

「あぁ、なんか班長が言ってたのを聞いたことがある様な・・それがどうしたんです?」

「そのFTC訓練がな、どうやらウチの中隊に回って来たらしくてな。来月の中頃から始まるそうだ」

ピストンを指で押さえ、亜麻仁油を湿らせたブラシでガシガシと磨きながら後輩に説明する榎本士長の話では、中隊でも4年ぶりなのだそうだ。

FTCは全国の陸上自衛隊の部隊が評価訓練の申し込みをするので、

任期中(陸自は2年)に一度も参加する事無く任満退職(任期満了)していく隊員もいるくらいらしい。

中隊どころか、連隊の最先任士長との噂も高い榎本士長はさすがに色んな事を知っており、フムフムと頷いてばかりの武村を見て気分が良いのか鼻を鳴らして解説する。

FTCは人、車両、武器に装置を付けて互いに交戦するのだが、これには2通りあって一つはFTC部隊が防御側となり受閲部隊がこれを攻略するパターン。

もう一つは逆に受閲部隊が防御陣地を構築し、FTC部隊が攻撃するパターンがあるのだが、今回は中隊は攻撃部隊となるそうだ。

「へぇ、なんか楽しそうですね」

「な、初めはそう思うんだよ。でもな、FTCは実戦に近い訓練をする訳だから通常の戦闘訓練ではない様な状況があったりするんだよ」

「例えば?」

「まず・・斥候が捕まる」

「えぇ!?それどうなるんですか?」

「そりゃお前、持ってる武器や無線機、地図なんかも全てボッシュートよ。その上で、部隊の位置やら行動を尋問される訳だ。しっかりジュネーブ条約を順守してだけどな。そして、奪った無線機を使って偽の情報を流したりして、部隊を誘い込んだ上で迫(迫撃砲)を落してくるから堪ったもんじゃない」

「うえぇ、えげつないですね」

無線機越しに聞こえる声は不明瞭で、特徴がないと相手が誰か分からなくなる時がある。当然、その時の為に確認で【合言葉】があったりするのだが・・。

「合言葉は時間ごとに変えるから、みんなメモしてたりするだろ?だからボッシュートされた物の中でそれが見つかれば・・」

「・・・利用されますわな」

いつの間にかピストンを磨く手を止めた榎本を見て、自然と武村も持っていたブラシを置いて話に聞き入る事にした。

「他には・・そうだ。地雷もその辺に撒くぞあいつら」

「その辺に・・ですか?」

「あぁ、奴ら、何度も同じ土地で戦ってるから敵がどのルートを通るとか分かってるんだ。だから、めぼしい所は地雷で埋め尽くされてると考えた方がいい」

「それじゃ、そのルートは迂回して・・・」

「大体そういうルートはその先にMG(機関銃)構えた奴が潜伏している」

「えぇぇ・・打つ手なしじゃないですか」

「あぁ、だから(部隊訓練評価隊)なんだ。日ごろの訓練ではない状況を付与してどう攻略していくか?因みに、我だってどういう手を使うかは自由だからな。俺らが斥候を捕まえるのもアリだし、追尾斥候で陣地を解明して襲撃もアリだ。

自由度が大きいのがFTCの特徴だな」

榎本最先任士長は珍しく感心そうに話を聞く後輩を見て、少し鼻が高くなった気がした。ふふん、と満たされつつある心の高揚感を逃がすように鼻を鳴らすと

「まぁ、FTCで奴らに勝った部隊は空挺と、あと九州の部隊くらいだって話だし、そこまで気負わなくていいと思うぞ。部隊が全滅しても、責任は俺らじゃなく中隊長のものだからな」

ピストンのリングをつまんでシリンダーに差し入れ、銃身部を組み上げていく榎本士長の上に掛けられた壁時計は11時半を指しており、それを見て武村はいそいそと小銃を組んでいった。

「榎本士長は、先回のFTCでは生き残ったんですか?」

「俺はあれだ。触雷しょくらいした」

「地雷踏んだんですか?」

なんと、さっきの地雷敷設の話は経験だったのかと思っていると、何やら言いづらそうに

「踏んだというかな。行進中にしょんべんがしたくなって林内に入ったんだが、その時にだな・・・」

状況としてはこうだ。

敵陣地へ向けて前進中のさなか、尿意を催した榎本1士(当時)は隊列から離れ林の中に足を踏み入れ放尿しようとしたのだが、まだ中隊配属されて間もない榎本1士は足元の確認を怠ったため、木々の間に仕掛けられた地雷のワイヤーを引っ張ってしまったのだそうだ。

「あん時はホント恥ずかしかったよ。俺一人だけ『ピピーピピー』ってバトラー鳴ってるし、死亡判定のランプが煌々と光ってバリ目立つし、中隊のみんなは『おい、榎本の奴勝手に死んでるけど何があったんだ?』ってざわめくし、死体安置所(という名の梨ケ原廠舎)じゃFTCの連中にネタにされるし、やってらんなかったよマジで」

「・・・うん、昔から安定の榎本士長で安心しました」

過去の恥ずかしい話でも惜しげもなく後輩に披露する榎本士長の姿を見て、武村は

「たとえ戦死しても、恥ずかしい死に方だけは避けよう」

と心に誓うのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


☆連隊の最先任士長・・連隊イチ古参の陸士長という意味。陸曹にもならず任満退職で娑婆にも出ず長い間士長に就いているので、中隊では扱いに困る事も。

(例:先任士長の後輩が部内幹候合格して小隊長になる)


☆ジュネーブ条約・・戦闘における傷病者や捕虜の取り扱いを国際法で定め、締結国はこれを遵守しなければならない約束事。

『管理するのめんどい』と言って捕虜や敵の傷病者を射殺したり拷問に掛けてはいけない、というもの。

罰則規定はないが、違反すると自国の軍事裁判に掛けられる事も。

* 因みにこの条約、ゲリラと特殊部隊の隊員は規定外なのでこの二つの戦闘員は捕まったら死を覚悟しなければならない。

逆に、ゲリラに捕まったら奴らは条約なんか締結していないので、これも壮絶な目に遭う事を覚悟しなけばならない。

(かつて米国の民間軍事会社社員が大変な目に遭っている)


☆合言葉・・・これを決めておく事で、巡察中に彼我不明の隊員を見つけても合言葉を確認することで敵味方の識別できる。

合言葉は時間ごとに切り替わり、ずっと同じという事は無い。

合言葉の例・・『ミヤマ』→『クワガタ』

       『1チュウタイ』→『サイキョウ』

       『ヤマカワ』→『ユタカ』

       『コンヤハ』→『サイコウ』

注・中隊や小隊での合言葉は大体こんな感じ。

他中隊や連隊規模の訓練ではちゃんとした合言葉を使ってましたのでご安心を。 


☆死体安置所・・FTCで戦死した隊員が後送される場所。ちゃんとした施設なのでストーブもあり、早々に戦死した隊員は暖まりながら状況終了を待つことに。

しかし、FTCに同期がいたりするとひたすらイジられる事もあるので気が抜けない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る