第37話 メリクリ警衛隊④
夜になると寒さは一段と厳しくなり、営門の哨所で立哨する武村は備え付けの電気ストーブの強さをMAXまで上げた。
「ちっとも暖まらんじゃないか」
電気ストーブは哨所全体を暖めるほどのパワーは無く、足元が暖かければマシ、という程度だ。哨所は四方から外が見えるようガラス張りとなっており、特に哨所を出入りする両側はガラスのスライドドアのため、保温効果も何もなく『雨風が凌げるだけで十分』な作りとなっている。
暫く締め切っていれば徐々にではあるが哨所の室温は上がっていくのだが、駐屯地に戻ってくる隊員が来れば、嫌々ながらも哨所から出て対応しなければならないのだ(この時のドアの開け閉めで熱が逃げる)。
「・・誰も来てほしくないけど、この時間じゃそれも無理か」
時刻は21時過ぎ。外出していた隊員が一番多く帰って来るピークの時間帯だ。
哨所の中から外を見るが、駐屯地前を走る道路には街路灯がなく、また、中の明かりが反射して外が見えずらいので、やむなく話し声や歩く音を拾えるようわずかにドアを開けておく。
僅かに開けたドアから隙間風とともに足音が聞こえたので、武村は渋々外に出る。
丸刈りにフード付きのダウンジャケットを着込んだ若い隊員は、武村の前でバッと【10度の敬礼】(脱帽時・頭を前に屈める)をすると、後ろのポケットから身分証を提示した。
武村が「はい」と手で身分証を差すと、若い隊員はパカッと中を開けて【外出証】を見せた。これがないと外出した隊員は駐屯地に帰れないのだ。
「どうぞ」
キャスター付きの車両止めを避けて通過を促すと、若い隊員が
「今日って、平本士長は上番してますか?」
「あぁ、してるよ。あいつは仮眠時間が24時からだから、まだ起きてると思うよ」
ありがとうございます、と若い隊員は10度の敬礼をして警衛所に向かった。手にはコンビニの袋を提げている。差し入れのようだ。
「う~さぶ、中入ろ」
肩をすくめながら哨所に入る。
その後も帰隊する隊員の対応が続き、気が付くと交代まで10分になっていた。
(1時間交代)
もうすぐ交代だなと時計を見ていると、足音が聞こえて来たのでまた外に出た。
「おーっす、お疲れ!武ちゃん!」
中隊同期の阿藤だ。入隊前は空手をやっていて、中隊配属後は
丸坊主に『押忍!自分は・・』という口調なものだから、いつかきっと熊を倒しに山に籠るのだろうと武村は勝手に予想していた。
「今日はクリスマスだろ?武ちゃんの為にイイもん買って来たよ!」
「マジで?ありがとう」
「おう、絶対気に入るから。じゃ、向こう(警衛所)に持ってっとくよ」
「・・あの野郎、やりやがった」
警衛所に戻った武村は、阿藤が持って来た差し入れの中身を見て思わず毒づいた。
「あ、武村士長、お疲れ様です・・って、なんすかソレ?」
ちょうど休憩室に入って来た平本は、武村が持っている袋の中身が異様な存在感を発していたので声に出てしまった。
武村が無言のままソレを袋から取り出すと、静かに休憩室の机の上に置いた。
ソレは全体的にピンク色で、古い言い方だが所謂【萌えキャラ】が頬を赤らめた表情で描かれており(そしてなぜかセーラー服)、筒状で比較的軽い素材で出来ていた。製品名を見るとこうあった。
【オ○ホール3号】
「・・これ、阿藤士長が武村士長に持って来た差し入れっすよね」
「・・・あぁ」
「これ、何の意図があるんすかね?」
「・・・さあ」
武村も平本も、パンチの利きすぎた差し入れにどうしていいか分からず立ち尽くしてしまった。
「おーい、二人とも仮眠だぞっ・・・て、それ、もしかして阿藤が持って来たやつか?」
交代を知らせにきた榎本は、何か知ってそうな口ぶりで聞いてきた。心なしか、笑いを堪えてるように見える。
「そうっす、よく分かりましたね」
ぶはははは!っと勢いよく大笑いした榎本は続けて
「あいつ、歌舞伎町の個室ビデオに行って2本あったから余った方を持って来たんだってよ!」
腹を抱えてひたすら笑い続ける榎本に、真実を知って、でも武村の手前笑う事ができない平本は首だけ後ろを向いて武村に表情を見えないようにしている。でも肩は小刻みに揺れていた。
「いや~、あいつなりに気を遣ったみたいよ?今日はクリスマスだから差し入れって言うとケーキやチキンばかりだろ?」
そうなのだ。クリスマスの差し入れと言うと、クリスマスケーキやマック、フライドチキンにプリン等のデザート類と、普段より種類も量も多い。恐らくクリスマスに上番する隊員を気遣ってなのだろうが・・・。
「・・だからって、普通オナ○ールを差し入れで渡しますかね」
「なぁ?あいつぶっ飛んでるよな。確かに他のと被りはしないけどさ」
榎本は自分で言ってて堪らず笑いが零れるのを手で塞ごうとするが、徒労に終わる。
「俺、○ナホールって見た事なかったっすけど、まさかガチで、しかも自衛隊で見れるとは思ってませんでした」
意外な所で意外なモノが見れた平本は榎本ほど笑いはしないものの、ニヤニヤしっぱなしだ。
「武村、それ使用済みじゃないか確認した方が良いぞ」
榎本の言葉に、思わず武村はソレを払い落としてしまった。
ポコーンっと音を立てて床に落ちたオナホ○ルを、平本がやや距離を空けて観察する。
「・・・大丈夫っす武村士長。封は切られてないみたいっす!」
「あぁそうかい、ありがとよ!」
もうこれ以上笑ったら死んでしまうと思った榎本は、気分転換に窓を開けてタバコを口にくわえた。
「お、お前ら、見ろ・・雪だ」
武村と平本がひょこっと窓から顔を出すと、割と大きな白い雪がしんしんと降っていた。
「まさにホワイトクリスマスっすねぇ」
「そうだな」
「武村、雰囲気に駆られてトイレで使うなよ?」
「使いませんって!!」
3人で馬鹿笑いしてる間にも、雪は降り注ぐ。明日は積もるかも知れない。
「で、武村。ソレ、どうすんの?」
「う~ん、生憎使う気になれないんで・・。榎本士長、欲しいですか?」
「マジか?じゃあ折角なので・・っておい!」
「ですよね。じゃ、平本は?初めて実物見たんだろ?試しに使ってみたらどうだ?」
「いや、ノーセンキューでお願いします」
そうか、だめかと武村はタバコに火を点け、何か考えながら天井に視線を送る。
そして肺に送り込んだ煙をはーーーっと吐き出すと、
「明日、下番したら阿藤の氏、階級をこれに書いて中隊長室前にそっと置いときます」
「武村士長、それエロじゃなく軽くテロっすよ」
平本のツッコミに武村はニヤッとし、窓の外に目をやり粉の様に雪が積もり始めた道路を眺めるのだった。
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