第36話 メリクリ警衛隊③

 「気をつけっ!!」

舎前哨の山木が号令をかけると、警衛所の中の人間はその場でビシッと不動の姿勢をとる。他部隊の幹部が乗車するパジェロが警衛所の前を通過すると、警衛司令の「休め!」の号令で肩の力を抜いた。

舎前哨は警衛所の前に立ち、周囲の警戒にあたる。人や車両が通過する際は答礼(舎前哨からは敬礼しない)をし、を着用した自衛隊幹部が通過する時はさっきの山木の様に「気をつけ!」を掛けて敬礼を行う。

尚、所属する部隊の長(中隊長・連隊長・警備幹部)の場合は気をつけを掛け敬礼を維持しながら『服務中異状なし!』と報告しなければならないのだ(異状ある場合は警衛司令が直々に報告)。

平日の場合は時間帯にも依るが、駐屯地には部隊の他、民間人も多く行き来するので舎前哨は気が抜けないのだが、今日は休日なので往来も少なく比較的楽な方だ。

舎前哨は主に陸士が交代で回しており(時に陸曹も)、概ね10分交代のサイクルになっている。


「(警衛)司令、舎前哨交代します」

富士野曹長に告げて武村は外に出て、舎前哨の山木に「山ちゃん、交代」と敬礼。

「やっと交代っすか。平日と違って全然時間が長く感じました」

「まぁ休日だからな」

「そして寒くないっすか今日。指先が冷え切っちゃってるんすけど」

「休憩室に中隊から持って来たインスタントコーヒーがあるから、それ飲んで温まりな」

バタンとドアが閉まると、武村は右肩に掛かる89式小銃の負い紐を右手で握り直して周囲を見回す。概ね3~5秒の感覚で左右を見渡し、耳は周囲の音を聞き洩らさないよう働かせる。

・・・本当に静かだ。駐屯地内は普段と比べて音がない。

3t半トラックやWAPC(96式装輪装甲車)のエンジン音も、ハイポートの掛け声も、体育館からの銃剣道の踏み込む音も、今日は聞こえない。

周囲を見ていても時折隊舎からジャー戦(上・迷彩服 下・ジャージ)の隊員がPX(購買)に向かう姿が見えるだけで、人通りはほとんどない。

こういう時ほど時間経過が長く感じることは無い。

営門の哨所しょうしょで歩哨に立つ安部を見るが、出入りする人も車両もないので、暇そうに腰に手を当てて捻っている。


山木が訴えてたように、今日はよく冷える。

指先がかじかまないよう、手をグーパーして血液を巡らせる。

足は固まらないように、僅かに屈伸してほぐす。


時計を見ると1108。もうすぐ交代だ。

暇すぎてあくびが出そうになり口に手を宛がうと、営門の安部がキャスター付きの車両止めをカラカラと手前に寄せて敬礼をし、白のクラウンアスリートを通した。

「高そうな車だな」と思ってみていると、安部が左肩を右手で叩いていた。これは乗っている人間が幹部であることを知らせる合図だ。

「やば・・」

武村が「気をつけぇっ!」とクラウンアスリートのドライバーに敬礼すると、助手席の窓が開き「ご苦労さーん」と答礼をされた。

すかさず「服務中、異状なーし!」と報告すると、クラウンアスリートはそのまま武村の前を通過していった。

と、背後で警衛所の窓が開く音がして「武村、今の誰?」と声を掛けられた。警衛司令の富士野曹長だ。

「今のクラウン、中隊長でした」

「はぁ!?中隊長!?なんか言ってたか?」

「いえ、ただ『ご苦労さん』とだけしか・・・」

う~ん、何の用だ?と、富士野曹長が難しい顔をしていると警衛所の中から

「あれじゃないです?クラウンアスリート買ったから、見せびらかしたかっただけじゃないです?」榎本士長だ。

「先週、中隊長ドライバーで演習場まで乗せてった時に、『もうじき納車だ』みたいな話をしてたの思い出しました」

「あぁ~あぁ~、そんな話を事務室でもしてたな。いつ納車かまでは知らなかったけど」

休日に中隊が警衛上番してる場合、中隊長は駐屯地に顔を出さないというがある。

それは上番する警衛隊員に気を遣わせない配慮から来ており、書類作業等で駐屯地に来る際は「この日の○時頃に俺来るからよろしくな」と前もって知らせるのが通例なのだ。

「へぇ~、そういう慣習みたいなものあるんすね」

教育隊では習わない通例を知り、なるほどと頷く平本だが、震える声で武村が

「あの~平本士長殿、そろそろ交代じゃないんですかの?」

「え?・・あ!!・・・舎前哨、交代しま~す」


納車されたクラウンアスリートを自慢し終えた中隊長が帰り、夕方も差し迫った頃。

「武村。平本と車両で外柵回って来てくれ」

富士野曹長は警衛司令の机の上に置いてある無線機を武村に手渡す。

「了解。武村、平本。車両巡察出発します」


キュルルルルルル。

パジェロのキーを回し、シートベルトを締める。

「平本、無線頼むわ」

「了解。『00(マルマル)、こちら01(マルヒト)。感明送れ』」

『・・01、こちら00。感明よし。こちらの感明送れ』

「・・感明よし。これより出発する、送れ」

『・・了解、終わり』

武村はパジェロを発進させると、ハザードランプを点滅させブレーキで速度調整しながら外柵沿いを回っていく。

車両巡察で駐屯地を回るのだが、ここでは外柵や侵入者を知らせる仕掛けに異状がないか確かめる。

チェックする個所では異状の有無を無線で警衛所に知らせる。

異状がなければ「○番、青」

異状があれば「○番、赤」

という風に。

「平本。そろそろエンジン暖まったから暖房つけてくれ」

「その言葉を待ってました。・・っと『00(マルマル)、6番、青」

『・・・了』

平本がカチカチとエアコンのレバーをオンにすると、使い古されたエアコンの臭いと共に吹き出し口から暖かい風がブワっと噴出した。

「あぁ~、あったけぇ」

「やばいっすね。この速度(徒歩並み)にこの暖かさじゃ、眠くなっちゃいますね」

「そうだねパトラッシュ。なんだか眠くなってきちゃった」

「ちょちょちょ、武村士長!車寄りすぎですって!てかパトラッシュって誰っすか!?」

「え、知らないの?」

「知りませんよ・・たく。今フェンスかなり近かったっすよ」

至って真面目な顔して武村は「平本士長。警衛勤務はその勤務の可否が部隊の規律維持に多大な影響を及ぼしてだな・・」

「あ~はいはい。あ、『00、5番、青』・・で、なんでしたっけ?」

「・・もういい」

武村はわずかにアクセルを踏み込むのだった。




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