第35話 メリクリ警衛隊②
警衛隊の勤務は駐屯地内の部隊が持ち回りで行っている。10人編成(部隊により違いあり)で中隊毎もあれば2コ中隊半々で担当する事もある。
今回は武村の在籍する1中隊3小隊が担当する。
警衛勤務者の選抜は訓練陸曹がバランスを見て決めるが、小隊毎だったり、人によっては『平日は営外者メイン・休日は営内者メイン』というメンバー編成をする訓練陸曹もいる。
これは駐屯地外で居住する営外者(主に家庭持ち)に対する配慮であったりするが、毎回ではない。
警衛上番で得する曜日なのが日曜日だ。
日曜上番で代休が丸一日付く上、下番する月曜日はその日は休務(休み)となるからだ。
(因みに、損した気になる曜日は土曜で、下番する日曜は半日代休にならない)
警衛は休暇中にも勤務に就く事があり、その場合は一日休暇がプラスされる、事もある(ない場合は別の日)。
「武村士長って、先々週も警衛じゃなかったです?」
びっちりとプレスの利いた迷彩戦闘服に袖を通しながら平本が聞く。
「そうだな。12月に入ってすぐに就いたな」
警衛は中隊内で概ね1か月で回ってくることが多いから、今回の上番は早い方だ。
「何か訓練陸曹を怒らせることでもしたんすかぁ?」
にやにやと意地の悪い笑顔を平本がみせるが、
「ばーか、んな訳ねーだろ。交渉だよ交渉」
「交渉?」
「あぁ。訓練陸曹に『休暇を繋げてやるから選べ』って言われたんよ」
武村の部隊は12月27日から1月4日まで冬期休暇となる。
休暇明けの1月5日は金曜なのだが「『5日を休みにしてやるから上番する日を選べ』って言われてさ。休暇が一気に13連休になるから承諾したわけ」
武村にとっては13連休よりも年明け早々の【訓練始め】が回避できたことの方が嬉しかった。訓練始めでは、上半身裸に戦闘帽を被り、突き刺さるような冷たい風が吹く駐屯地内を中隊全員で駆け足で回るのだ。
武村も一度参加した事があるが、外気温2度でも士気が下がるのに、当時の中隊長が迷彩外被にネックウォーマーといういで立ちで、白い息を吐きながら駆け足する隊員を「おら!しっかり声出して走らんか!!」と応援している姿を見て以降はすっかりやる気が失せてしまったのだ。
「13連休は確かにおいしいっすね。ん?選べって事は、他の日もあったんすか?」
「あぁ、選択肢は【クリスマス】と【元旦】、とちらか選べと言われたら、お前ならどうする?」
「・・元旦はさすがにきついっすね」
だろ?だから選択肢はある様でないようなもんだったよ、と武村は自嘲気味に笑ったが、数年後見事【元旦警衛】を上番するとはこの時の武村は思ってもみなかった。
「「「おはようございます富士野曹長!」」」
「おう、おはよう」
武村たち陸士は、自分たちの小隊長であり警衛司令でもある富士野曹長に挨拶する。武器庫前に続々と警衛勤務者たちが集まっていた。
小銃を手に取り、槓桿を引き薬室を確認してから安全装置を掛けて武器庫から出る。弾帯に銃剣を取り付け、小銃の負い紐を伸ばして肩にかけると「準備ができた者から連本(連隊本部)前に向かえ」と警衛司令からの指示。
武村たち警衛勤務者は鏡の様に磨き上げられた戦闘靴の先端を傷つけないように歩き、連本前の駐車場に並ぶ。
少し遅れて富士野曹長が到着すると、連本隊舎から駐屯地当直司令(3尉)が戦闘帽を被りなおしながら現れた。
「諸君、休みの日にご苦労さん。間もなく冬期休暇で今日はクリスマスイブでもあるから、駐屯地を出入りする隊員の中には浮足立ってる者もいるだろう。こういう時こそ事故が起きやすいので、諸君は気を引き締めて駐屯地内の警戒任務にあたってほしい。以上終わり!」
「当直司令に敬礼、かしらー、
当直司令に警衛上番の申告をした富士野曹長以下の面々は、2列縦隊となり警衛所を目指した。この時はらっぱ手(山木士長)が【速足行進】を吹きながら行進し、後方に警衛勤務で使用する車両(パジェロ)がついてくる。
警衛所に近づくと、中から下番する警衛隊員がわらわらと出て来て整列を始めた。これから上下番の申し送りをする為だ。
「特に異状はなかったですね。あ、夜はかなり冷え込むので、酔っ払って帰って来る営内者には注意して下さい。ふらふらしてコケそうなので」
「了解です。お疲れさまでした」
24時間勤務から解放され、晴れやかな表情の警衛下番隊員(2中陸士)から申し送りを受けた武村は敬礼すると、警衛所へ入り勤務の準備を始めた。
*警衛隊の編成は【警衛司令】、【警衛副指令】、【営舎係】、【歩哨係】、【歩哨】、【らっぱ手】、【操縦手】となっており、階級は曹、士で占められている(警衛司令は駐屯地当直司令より下級者でなければならない)。
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