第33話 寒い夜だから・・・⑤
雪が降るだろうという時は、天気予報でなくても大体予想が付く。
例えば、無風でも空気がひんやりしていたり、雲が
そこに富士山にかかる笠雲が加わると格段に的中率は上がる。
そりゃ雪の降らない街に住んでるカップルであれば、「雪って幻想的・・」などとデートのポイントアップ間違いなしなのだろうが、演習中の隊員たちにとっては幻想的でも何でもない、単なる嫌がらせとしか思えない訳で。
「うわぁ・・、まぁこーなるわな」
現在時0452。赤色に遮光したLEDライトで掩体を照らすと、完全に真っ白な雪に偽装されていて(ライトに照らすとイチゴのかき氷のよう)、武村は白い溜息を吐く。
昨晩から降り出した雪はなかなかの量でひざ下くらいまで積もっていた。今は幾分弱まったもののまだチラチラと舞っている。
武村は穴に降り、腰に付けた装備品の携帯エンピを取り出して脱落防止の紐を外すと、折り畳んだ状態から元に戻して穴の中に積もった雪を掻きだし始めた。
雪を踏み固めてしまっても良いが、それでは足が冷え切ってしまうので掻き出す方が身のためなのだ。
粗方出し終わると次は小銃の置く位置の除雪だ。
携帯エンピを折り畳んで収納袋に戻すと、銃を構えて狙えるか試してみる。まだ
全然暗いが、狙う場所は明るい内に見ているので射線の方向は分かっている。
「う~ん、やっぱ隠れちゃうな」
銃口の先にある
武村は再び携帯エンピを出して、エンピの先端で
『・・・11(ヒトヒト)、12(ヒトニイ)、こちら10(ヒトマル)送れ』
小隊長から持たされた無線機(F70)からだ。
「こちら11、配置完了送れ」
『・・・11了。12はどうだ?』
「えー、・・12配置完了」
『・・11、12、配置完了了解終わり』
11(ヒトマル)は小隊長、11(ヒトヒト)は武村、12(ヒトニイ)は平本だ。
新教時代に習う無線要領はもう少し長ったらしいが、実際の中隊での運用は【簡潔に】行われるのでやり取りは手短かに済ます。
これは無線でのやり取りが長すぎると敵に傍受されてしまうのと、味方からの通話を妨げないようにする為で、スマホの様に長電話は出来ないのだ。
因みに、無線時の呼び方は先に相手の符号、その後に自分の符号を名乗る。
なので
『11(武村)、こちら10(小隊長)送れ』
となり、『送れ』と『終わり』は通話の区切りと終了を意味するのだ。
武村は無線機のマイクを本体に戻すと、持って来たチェアバックの椅子を広げて座った。穴の中はチェアバックに座れるくらいのスペースを確保してあり、長時間の待機でも少ないストレスで過ごせるよう作ってあるのだ。
たまに無線機から『おい武村!顔出せ顔!』と小隊長に座っている事がバレて怒られる事もあるのだが・・・。
時計を見ると、すでに状況開始時刻の5時を当に回っていた。
さっきより幾分明るくなった気がする。鬱蒼と生えるススキの上には雪がうっすら積もっていて、ススキはいつもよりうなだれて見えた。
タバコの灯が漏れないように手で包むように持つ。
早い起床だったがとても眠気が勝るような寒さではない。
タバコを吸うと体温が下がるらしいが、それでも武村にとっては寒さを紛らわせ
る為には吸わなきゃやってられないのだ。
『・・11(ヒトヒト)、12(ヒトニイ)、こちら10(ヒトマル)』
「・・1011(ヒトマルヒトヒト)送れ」
『・・1012(ヒトマルヒトニイ)送れ』
『・・・こちら10(ヒトマル)、現在の敵情。・・・現在敵BTR4輌はA道を通過。敵BTRは我が小隊の陣地へと接近すると見積もられる。よって各分隊は警戒を厳にし、注意を怠るな、送れ!』
「11(ヒトヒト)了」
『12(ヒトニイ)了』
空がだいぶ明るくなり始めた頃、小隊長からの敵の接近を知らせる無線を終えた武村は、やれやれとゆっくり立ち上がり、空砲が入った弾倉(20発入り)を弾嚢(マガジンポーチ)から取り出した。
そして小銃の
「チェンバーチェック」
次に弾倉をはめ込み
「弾込めよし」
武村は小銃の
射撃姿勢は慣れると
「・・・準備よし」
『・・砲弾落下5秒前。・・さん・・にい・・ひと・・いまっ!』
ぴゅう~~~~~~~~~~~~~・・・・どーーーーん。
『・・・突撃破砕射撃開始』
小隊長からの号令とともに【擬爆筒】の破裂する音が遠くから聞こえた。
訓練なので本当に砲弾が落下することはないが、実際には敵の頭上に我の特科部隊が射つ砲弾がドッカンドッカン炸裂している真っ最中なのだ。
少し遠くでWAPC(96式装輪装甲車)のエンジン音が聞こえる。
よーく耳を澄ますと、敵がWAPCから下車したのか分隊を指揮する怒声も聞こえる。
「!!!!!!。!!!!!!。!!!!!!!!!」
何を言ってるか分からないが、たぶん「分隊!これよりこの先の台に上がり敵を制圧する!了解か!」
「「「了解!!!」」」と指示してるのだろう。
武村は安全装置【ア】から【タ】(単発)に切り替えて、ジッと射線の先を見つめた。
武村の狙う150メートル先の
「雪が降らなければ、ひょっとしたら気付かなかったかも知れないのに」
少し敵に同情しながらも、武村は小隊長に報告した。
「・・1011(ヒトマルヒトヒト)、敵散兵確認。これより射撃する」
『・・こちら10(ヒトマル)了解』
武村が狙う地隙の両側はススキの他に背の低い草が生えており、とても身を隠せるものではない。つまり、敵は武村たちの陣地を確保するにはこの地隙を通らねばならないのだ。
案の定、群生するススキから出て来た敵歩兵分隊は迷うことなく地隙へと進入してきた。
昨晩の降り積もった雪に足を取られるのか、敵の行進速度が遅い。
敵分隊の後方を走るのは84(ハチヨン:84㎜無反動砲)砲手だろうか。足がカックンカックンもつれている。
「うわぁ・・・」
武村は気の毒に思いつつも引き金を引いた。
パン、パン、パンパン。
武村が射撃すると、敵分隊は回避しようとするも隠れる場所がなく、しゃがんで応射するしかなかった。
「実戦だったらこの分隊は全滅だよな」
武村は小銃を掴んで立ち上がり、
「ハチヨーン!前方の敵散兵、確認できるか!!」
「・・かくにーん!!」
漸く武村の隠れる壕を確認した敵は、どうやら84で吹き飛ばすつもりらしい。
武村は構わず射ち続けた。
84砲手も敵の分隊長も、姿勢は低くするものの身を隠すつもりはないようだ。
「・・弾込めよし、射撃準備よし!」
「よし!射て!!」
「砲発射!!」
実戦なら武村はこの瞬間に昇天している。
『・・・11(ヒトヒト)死亡。武村士長、戦死』
無線機から小隊長による武村アウトの報告。
戦死した武村は槓桿を引いて薬室を確認し、弾倉を抜いて残弾がない事を確認してから小銃に取り付けてある【薬莢受け】の中身を取り出した。
「・・・18・・19・・20っと。薬莢異状なし」
例え空砲とは言え、1発でも無くすと面倒な薬莢は射ったら早めに確認、回収するのが一番だ。
死人の武村は、弾を抜いた小銃を置くと立ち上がり、敵分隊が駆け上がってくるのを見届けた。
雪が積もってなければ大した事のない斜面でも、敵はラッセル車の様に雪を蹴り上げて前進している。
その表情はドーランが塗られていても辛そうに見えた。
武村のいる所から20メートル手前では体力が尽きかけているのか殆ど歩いているようにしか見えない。
84砲手は近くで見るとかなりガタイが良いが、背中に背負う84を捨てたそうに見えなくもない。
どの敵も武村の横を通り過ぎる頃には「はあ・・はあ・・はあ・・」と息も絶え絶えだ。
『・・分隊は逆襲対処の為、更に前進して後退する敵を追尾せよ!』
敵の分隊長の無線から非常の命令が聞こえた。
逆襲対処とは、後退した敵が再編成して陣地を取り戻しに来る事を想定し、警戒する事。敵分隊は奪取した陣地に留まって警戒するのではなく、更に走って様子を見て来い!という命令を受けたのだ。
「ぶ、分隊。これより当分隊は逆襲対処のため追尾斥候を行う」
「「・・了解」」
恐らく陸教(陸曹教育隊)出立てだろう若い分隊長は、わずかな体力しか残ってなさそうな分隊員を引き連れて全力ダッシュで逃げていく武村の小隊を追っていくのだった。
「あ・・雪、止んでる」
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