第23話 そうかえん!準備編④

 ガチャガチャガチャ、ガチャガチャガチャ。

ラチェットをリズムよく手首を返して回す。バイクが趣味だった武村にとっては工具類の扱いは慣れたものだった。

新隊員の中にはラチェットどころかスパナを初めて見たという猛者もいて、その度に武村は「ま、今はバイクよか面白いものなんか幾らでもあるからな」と嘆息していた。

1期下の平本も、配属当初はラチェットの使い方が分からず、車両陸曹から「自衛隊は小銃の分結だけじゃやってけねーんだよ!」とドヤされた事があった。

以来、工具に触る機会があると武村を見つけては「これ、どう使うんですか?」と聞くようになる。そのお陰で、今ではボルトやナットの径を見ただけでそれに合うスパナやラチェットのソケットを用意できるようになったのだった。

「ふんふふんふふ~ん♪」

平本はジャッジャッジャッと小刻みにドアノブを回すようにラチェットを使いこなす。強い抵抗があり、ソケットがこれ以上回らなくなるとラチェットを握り直し、最後の増し締めをする。

「うし、一丁あがりっと」


気が付けば、10段以上築きあがった階段席を下から眺め、安部は「おぉ~」と驚いたような声を上げる。

「さすが自衛隊。あっという間に建てちゃうもんなんだなぁ」

もうここまで出来上がると殆どの隊員はする事がなく、自然と各中隊ごと集まっていく。階段席を点検して回るのは現場監督とその作業員の人たちだ。

ガタつきがないか柱を両腕で揺すったり、蹴ったりしている。

「ああやって揺らして、支柱が外れたら洒落んなんないっすよね」

安部が含み笑いで平本に聞く。

「まぁそうだけど、その前にジャンプするからな・・」

「ジャンプってなんです?」

平本の返答に聞き返すが、「各中隊2名、階段席前に集合」という号令によって安部は聞きそびれてしまった。

「おい安部、行くぞ」

平本は迷彩革手をはめ直し、安部を引っ張っていく。


集められた隊員(ほぼ1士と士長)は階段席の最上段に横一列に並べられた。

「これ、今から何やるんですか」

若干不安そうな顔で安部は質問するが、平本は「今に分かる」とニヤニヤするだけだった。

『よーし並んだな。じゃあ支援隊は、俺の合図と同時にその場で思いっきりジャンプしろ』

佐野3尉のハンドマイク越しの指示に、主に1士だが、皆?マークが頭の上に浮かんでいた。

「どういう事っすか?」

安部も他の1士と同じで分からないといった顔をしている。

「どうも何も。これは安全確認だ」

「安全確認?」

「あぁ。例えば、もし階段席のどこかのネジが閉め忘れてたとするだろ。そこに何も知らない一般人の方々がドカドカと上がってくる訳だ。百人、二百人、てな。階段席にはどんどん荷重が加わっていくと、どうなると思う?」

「うーん、閉め忘れた個所が外れる可能性があります」

「そう。もし外れた場合、ドリフのコントのように観客たちは盛大にズッコケるだろうよ。そうならない為に・・」

「俺らが飛んで安全を確認するって訳っすね」

「そのとおし。万一外れても大丈夫。アンビ(救急車)も来てるし」

「それ、フォローなってないっす」

ハハハっと平本がからかう様に笑い、『せーの』と合図が出る。

ガシャン!

一発で同時ジャンプが決まるのは、さすが自衛隊。

『よし、壊れてないな。じゃ、支援隊は横にズレてもう一回な』

その後も数回ジャンプしたが、柱が外れたりネジが執れる事はなかった。


駐屯地に戻る頃には15時を回っていた。まだ作業はあったらしいが、それは後日に行うそうだ。

佐藤3曹以下の武村たちは中隊事務室に顔を出し、終了報告をすると終礼まで待機の指示が出された。つまり『疲れただろ?ゆっくりしとけ』という訓練陸曹の有難い厚意だ。

「あぁ~疲れたぁ!」

安部は中帽ライナーをロッカーの上に乗せると、居室備え付けのソファにドカっと座り込んだ。武村、平本も雑嚢ざつのうの中身を出してロッカーに納める。

「あれ、山ちゃんまだ帰って来てないっすね」

山ちゃんとは、平本の同期の山木士長のことだ。

「山木士長って、今日は中隊に残って総火演で使うてきの作成じゃなかったでしたっけ?」

「そうだ。確か『今日は一日ペンキ塗りだよ~』って言ってたわ」

平本は冷蔵庫から迷彩柄の炭酸ジュースを取り出し、プシュッとプルタブを開けながらソファに座った。

「まぁ、これで休暇まであと少しっすね武村士長」

「そうだな。もうこれといった訓練もないし、休暇前の居室の清掃にワックス掛け、あと中隊長の点検くらいか」

「やったー!もーいーくつ寝-るーとぉ♪夏季休暇~♪」

リズムに乗りながら上半身をゆっくり左右に揺らす安部だったが、

「ノリノリの所悪いんだけど、休暇明けすぐに総火演だからな」

という武村の冷めた一言に真顔になってしまった。


「え、みんなもう支援から帰ってきたんですか?」

山木が少し驚いたように居室に帰って来た。

「やまちゃん。その恰好・・」

山木の服装は運動用のハーフパンツに迷彩Tシャツ。作業向けの服装ではなかった。

「あぁ、駆け足に行って来たんだよ」

「「「駆け足!?」」」

支援隊3人組が同時に驚く。

どうやらペンキ塗りの作業が予想より早く終わった(午前中)らしく、午後は体力練成という事でペンキ班の人間で駆け足に行ったそうだ。

「で、どこまで行って来たの?」

「駐屯地出て、道をずーっと下って、国道出て、またずーっと行って、途中演習道入って、また一般道に出て、それで帰って来た感じ」

「トータル、何時間走ったの?」

「1時間・・30分すかね」

「えぇぇ、それやりすぎじゃ・・・」

「僕もそう思ったっすけど、ほら、ペンキ班の長が中条2曹だから」

「あぁあぁ、あの人駆け足好きだから」

「そうなんすよ。演習道に入った時も『ここは日陰があって涼しいだろ?』って言われて、『何言ってんのこの人?』って思ったっす」


山木の混じりっ気のない本音に、一同『お疲れ様です』と言うしかなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る