第22話  そうかえん!準備編③

 「貰って来ましたぁ!」

アイスの入った袋を片手に、満面の笑みで安部1士が戻って来た。

こうした物品等の受領は、その場の最下級陸士が行くことになっている。これは中隊の決まりではなく、所謂【暗黙のルール】というものだ。特に罰則も何もないのだが、仮に1士がいるにも拘わらず先に士長が受領してしまうと、後から1士達は先輩士長から「お前たち、○×士長よか先に動かなくてどーすんの?」と軽いお説教を食らってしまうのだった。

なので、中隊配属された1士は休憩中でも陸曹や士長の話し声を拾いつつ、受領などの雑務が話の内容であれば陸曹や士長が動く前に「自分が行って来ます」と申し出れるよう心掛けるのだ。


「佐藤3曹、どうぞっす!」

安部1士は袋を差し出しながら配り歩く。これにも一応ルールがあって、一番最初は上級者からが通例になっている。曹長から1曹、2曹、という順なのだが、稀に、というか例えば昇進が早く2曹になった隊員と古参の2曹がいた場合、うっかり間違えると古参の2曹から「ほぉ、お前の序列では〇×2曹が上なんだな」と逆鱗に触れる事があるので注意が必要だ。

中隊の序列はさすがに配属間もない陸士には知りようがないので、こういう時は士長がそっと近づいて配る順番を教えたりするのだった(賢い1士は事前に士長から聞く)。


安部から差し出された袋からアイス(丸坊主の男児が描かれたやつ)を取り出し、

「サンキュー」と軽い礼を言いながら武村はパッケージをガサガサと開けた。

中からは青白い棒付きの固体が現れ、それはほのかに白いオーラを放っていた。

「これ、一気に食ったら頭が痛くなる系ですね」

平本はガッと食らいつきたい所だが、躊躇しているようだった。

「平本士長、早食いはだめっすよ!絶対にだめっすよ!!」

「安部ぇ、お前オレに振ってるだろ!」

「え、自分はただ平本士長が心配で。決してダチョウやってほしいなんて思ってませんよ。ねぇ、武村士長?」

「そうだぞ平本。安部も、そして俺も、お前が早食いしないか心配なんだ。そうですよね、佐藤3曹?」

「お?おう」

次々に(振り)が連鎖していくのを「絶対にやりませんから!」と平本は一喝し、慎重に食べ始めた。

つまんねーの、と呟きながら武村も噛り付く。

この尋常でない気温と肉体労働で上昇した体温は、体内に取り込まれたアイスによって徐々に下降していった。

「ふう、生き返るな」

身体が冷却され、自然と精神もリラックスする。売値価格1個50円以下のアイスだが、間違いなく支援隊の士気は高まっただろう。

「そういえば、もう少しで夏期休暇ですね」

暑さで溶けつつあるアイスを垂らさないよう角度を変えながら平本は誰ともなく話を振った。「休暇前教育って、いつだっけ?」半分ほど食べ終えた武村が拾う。

「確か8月第1週の金曜っすよ。その日がちょうど中隊全員が揃う時だって訓練陸曹が言ってましたから」平本がそう返すと

「今回の休暇は総火演がいつもより早いから、その分早いんだよな」

既に食べ終えたアイスの棒をゴミ袋に捨てながら、佐藤3曹は答えた。

「総火演って、決まった日にやるんじゃないんですか?」

「そっか、安部は総火演初めてか。総火演は8月最終の土日か、9月最初の土日にやるんだよ」

「時期によってまちまちだけどな。それと、休暇明けから総火演が終わるまで、俺らはずっと演習場に泊まりっぱだから」

「えぇ!?2週間もっすか!?」

「そだよ♡」

「それ、昔っからなんです?」

「いや、前は演習間でも交代で家に帰れたりはしたんだがな・・」


2003年あたりまでは総火演中であっても宿営地に泊まる隊員は交代で回し、その他は営内で、営外者は自宅に寝に帰る、という方式を採っていた。

しかし、ある時を境に一変、『演習間は演習場にて宿泊するように!』というお達しが降りて来たのだ。

これには諸説あるのだが、『演習中に演習場から離れるとは何事だ!』という上層部の誰かが疑義を呈し、【建前】には滅法弱い部隊はこれに抗えずズルズルと決まってしまった、という説が有力だろう。

いくら総火演とは言え、毎日の射撃訓練に中隊全員がフル出動という事は殆どなく、大体3勤1休のシフトを組むのだ。よって、以前なら休みの隊員は営内でゆっくり出来たものだが、変更後は宿営地で暇を持て余すのだ。


「うわ、宿営地で休みってあり得なくないですか?」

ウンザリ気味に素直な感想を述べる安部1士。

「あり得ないよ。先任から『休みだからゆっくりしろよ』って声掛けられるんだけどさぁ、みんな準備でバタバタしてる中さすがに横になるのは・・」

「そりゃ気が引けるっすよね」

先輩たちの手に持ったゴミを回収し、袋を縛りながら安部は同意した。

武村はチラリと腕時計を見る。休憩終了まであと5分ちょっと。よし、吸えるな、とポケットから煙草を取り出し火を点ける。

「安部、アイスは誰からの差し入れか聞いた?」

「あぁ、本管の運幹(運用訓練幹部)だそうです」

「あの人か。相変わらずマメだねぇ」

「佐藤3曹、知ってるんですか?」

「知ってるも何も、元はウチの中隊にいた人だよ。何年か前に転属したんだけどな」

「へぇ、すごい気配りが出来る人なんですね」

「そうなんだよ。中隊が変わっても、警衛の時に差し入れしてくれる事もあるしな。気配りというより、面倒見が良い、だな。お前たちも、本管の運幹・・土屋2尉に会ったら礼をちゃんと言っとけよ」

「「了解!」」と声を揃えた所で休憩の時間は終わった。




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