第24話 そうかえん!本番編①
電車の車窓から見える街並みは、夕焼け色に染まっていた。
それほどでないスピードでマンションやビルが過ぎ去ると、今度は民家や畑といった田舎の風景が横切る。
そして、電車に乗った時は小さく見えたソレは次第に大きくなっていく。
ソレの名前は【富士山】という。
新教隊から富士山の麓で訓練する自衛官にとって、富士山はあまり良い印象はない。何故なら、特外(特別外出)や長期休暇で麓から離れていても、TVや遠くの景色で富士山が見えると『休みが明けたら訓練』という現実に引き戻され、シラケてしまうのだ。
「は、楽しい休暇もこれにて終了、か」
武村はオレンジ色の空にその象徴的なラインを浮かべる富士山に毒づく。
武村のいる駐屯地にはたまに他部隊が宿泊することがあり、珍しさゆえか富士山を写メで撮る隊員を見かけるが、それを武村は不思議に思っていた。
「この人は、果たしてウチの連隊に配属されても写メを撮るんだろうか?」と。
新教隊に着隊した当初はTVで見るより圧倒的で威圧感さえ感じる富士山に
「デッケーな」と驚嘆した武村だったが、それも最初の年だけで、夏は雪が完全に溶けてタダの黒山と化し、山頂に雪が積もるとこれが徐々に降りて来て下界も雪が降りだすと知った頃には、もはや富士山に何の魅力も感じなくなったのだった。
駅に降り立ち、改札を出る頃にはもう夜の景色に変わっていた。
駅のロータリーには私服を着てるものの、髪型や立ち振る舞いで自衛官と分かる若者たちがバスを待っている。
休暇前は恐らく明るかったであろう彼らの表情は、まるで通夜に参列するように暗く、スマホの光に照らされていた。
「さようなら夏期休暇、こんにちは総火演ってか」
自嘲気味に武村は呟き、到着したバスに乗り込むのだった。
「さぁ、ここが新しい我が家だ」
3t半から下車した武村は、当面の生活品を入れた演習バックを天幕に放り込む。
他の隊員も宛がわれた天幕に自分の荷物を搬入する。
演習間は各班ごとに天幕で寝泊まりする。中隊本部・糧食班・実施分隊・弾薬班・補給班といった具合に。
天幕は【宿泊用天幕】というもので、本来は6人用だが今演習が長い事から4人づつの配置になっている。
中隊本部は業務用天幕【通称:
「おう武村。よろしくな」
あまり抑揚のない声で話しかけるのは、武村の所属する糧食班の長、中澤2曹だ。
中澤2曹は若い頃かなりの暴れん坊だったとの噂で、中隊の陸士の間には「あの人に逆らっちゃマズい」との共通認識があった。
以前、武村の同期の川合が「中澤2曹って、乱闘でパトカー転がした事があるって聞いたっすけどマジっすか?」と中澤2曹の同期である栗田2曹に聞いた事があった。
栗田2曹は暴れん坊だったという噂はないものの、かなりの茶目っ気気質の持ち主。
この時もわざわざ中澤2曹を探しに行って本人を連れて来て、「中澤班長、こいつらが昔パトカーひっくり返したの本当か?って」とニヤニヤしながら聞いた時は川合もその場にいた武村も『終わった!』と思ったが、特段怒るでもなく「バカヤロ。
俺がひっくり返したんじゃなくて若い奴らにやらせたんだよ」と若干の笑みを浮かべながら答えてくれた時は、その事実に驚きつつも『意外に良い人かもしれない』と武村は認識を改めたのだった。
「うーわ、天幕暑っつ!あ、中澤2曹、よろしくお願いします」
二人は階級こそ同じだが、笠井2曹が敬語で話すことから序列では中澤2曹より下なのだろう。
他にも武村と同室の安部1士と、安部の同期の佐塚1士が到着した。因みに佐塚1士の天幕は弾薬班の隊員と一緒だ。これは弾薬班の陸士が佐塚と同じ2小隊で固まっている為の配慮だろう。
これで糧食班全員が揃ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます