第17話 ご注文は怪談ですか?まるよん

 「よし、安部士長も加わった事だし、そろそろ始めるか」

そう言って志田3曹は被っていた戦闘帽を事務机の上に置き、備え付けのパイプ椅子に座った。

当直室には志田3曹のほか武村、安部士長、そして幹部室で書類の山との格闘から戻って来た当直幹部の牧原3尉がいる。

牧原3尉は部内幹候の試験をパスし、こないだ富士学校の教育から戻って来たばかりの新人幹部だ。志田3曹とは同期だが、得てして自衛隊という所は階級上偉くなったからといって同期にも上から目線で接したりはしない。

訓練等の課業中はお互いに『志田3曹』『牧原3尉』と階級を付けて呼び合うが、同じ小隊内や他の幹部がいない時は『志田ちゃん』『まっきー』と呼び方が変わる。

自衛隊で言う所の【公私の別】という奴だ。

「志田ちゃーん。当直室で若い陸士を集めて怪談話って、幹部として職務上見過ごせないんだけど俺」

職務上、『とりあえず』小言を言う牧原3尉に「まぁまぁ、中隊の陸士たちと交流を深めるのも幹部様の仕事の内だって」と、差し入れでもらった缶コーヒーを差し出す志田3曹。

備え付けの冷蔵庫で冷やされた缶コーヒーを受け取り、牧原3尉は「そうだね。安部士長は俺が久留米

(幹部候補生学校)に入校してる時に中隊配属だから、まともに話はしてないんだよね」と缶コーヒーをそのまま安部士長に手渡す。

安部士長が武村に『貰っちゃって良いんすか?』という眼で訴える。

『良いと思うぞ』と武村が頷くと、「あざっす。頂きます」と安部士長はプルタブを開けて飲み始めた。

気が付けば、志田3曹は冷蔵庫から人数分の缶コーヒーを出していた。

武村は内心「しまった。これは俺の仕事だった」と舌打ちをした。この中で気を利かせる役は中堅陸士の武村であり、安部がいるからと油断してしまったのだ。

「じゃ、俺から始めるぞ」

志田3曹は一口飲んだ缶コーヒーを事務机に置き、話し始めた。


「俺は部隊に入る前は兄貴のトラックの運送屋の手伝いをしてたんだ。免許は無かったから隣に乗って、荷物の積み降ろしとかしてたんだけど。でだ。あれは愛知県と静岡県の境だったかなぁ。峠道を走ってると、兄貴が『あれ?』って言うんだよ。俺が『どうした?』って聞くと、『今、バーさんが歩いてた』って。それは嘘だろ?て俺は思った。だって時間は真夜中。2時くらいだったから。だから、『じゃ、確かめよう』って事になって、幅が広くなってる道路脇にトラックを停めてバーさんが来るのを待ったんだ」


喉が渇いてのか、志田3曹はグビっとコーヒーを一口飲む。みんなそれに吊られてコーヒーを飲み始める。


「峠道っつっても、結構明るい街灯が点いてるから怖くはないんだ。トラックを停めた場所も街灯の下だから、誰かが来れば分かるし。兄貴はトラックのエンジンを切って、バックミラーで後ろを見ていた。俺もそれに倣って助手席側のバックミラーで後ろを見始めたんだけど、身体をずらさないと後ろって見えないからちょっとして諦めた。で、5分くらい経って兄貴が『来た』ってバックミラーに顔を近づけたんだ。俺が『来てる?』って聞くと『あぁ。手押し車引きながらコッチに来てる』って小さな声で。『今な、この車から10メートル後ろ辺りだ』って言うから俺も少し怖くなって助手席側のバックミラーで見えないかもう一回試したんだけど、俺の方からじゃよく見えないんだ」


皆、黙って志田3曹の話を聞いていた。週末とは言え各居室には誰かしらいる筈だが、何故か静まり返っている。


「『お?消えた?』って兄貴がいう訳。『見えなくなった?』って聞くと『いや、ちょうどトラックの真後ろに入っちまった』って言って、窓を開けて顔を出して後ろを見始めたんだ。そしたら・・。


『うわあぁぁぁぁぁぁ!!』って兄貴がいきなり叫んで、エンジンを掛けて急発進したもんだから、俺はそっちの方がビックリしちゃって。10分ほど走って道の駅みたいなトコに停めたから聞いたんだよ。『何があった?』って。兄貴の奴、震えながらタバコに火を点けてこう言ったんだ。『トラックの後ろを見てたら、後部の端から指がそっと出て来たかと思うと、ジワジワってバーさんの顔がコッチを見ながらゆっくり現れたから、ヤベェと思って逃げた』と」


それを聞いて、武村は猛烈な寒気に襲われ、両腕をガシガシ摩った。他も同じようで、各々腕を摩っている。

「その峠道って、ひょっとして◯×トンネルがある所じゃないです?」

上ずった声で安部が聞くと「よく知ってるな。俺はその時まで知らなかったけど、あの辺りじゃ有名なスポットらしいな」と、これまたアッケラカンとした声で返答する志田3曹。

「志田3曹のお兄さんて、霊感とかある人なんですか?」

「そうだな。よく変なモノに追い掛けられるらしい。ウチに白い蛇が入り込んだ時も、真っ先に影響受けたのは兄貴が最初だったし・・」

「何すか白い蛇って!?」

「うーん、その話は長くなるから次の機会にな」

人の悪そうな笑みを浮かべ、楽しそうにコーヒーを飲み干す志田3曹。この人の引き出し、結構すごいな。

牧原3尉は組んでいた脚を戻し、膝をパンっと叩いて「次は、俺が話そうか」。

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