第16話 ご注文は怪談ですか?まるさん
武村士長は特段怖い話が苦手という訳ではなかった。実を言うと、過去に数回ほど不思議な体験をしているのだ。ただ、よくある怪談話のように怖い目に遭った訳ではないので、話しても盛り上がりに欠けると思い話題にしないだけだったりする。
しかし、怪談話を長時間続けるとあまり良くないというのは経験から分かっているので、空気の変化を察知すると話の途中でも無理矢理ぶった斬ってしまうのだ。
あまり良くない事というのは・・・。
志田3曹と交代してシャワーを浴び、当直室に戻ったのは1930。武村士長は窓を開けて夜風で涼んでいた。
志田3曹は当直司令室へ、当直幹部の牧原3尉は幹部室で書類と格闘中だ。
残留組と一部の営内者以外は皆シャバへと繰り出し、中隊の営内は静かだった。
夜風と共にラッパの音が流れてくる。明日の警衛上番の隊員だろうか?(国家)と(消灯)を練習しているようだ。
命令会報を受領した志田3曹が当直司令室から戻って来た。戦闘帽を団扇みたいにパタパタさせながら
「武村、暫く営内に居ていいぞ。掃除の時間(21時)までに戻って来てくれればいいから」とのありがいお言葉。
「その後に怖い話してやっから」
とも付け加え、ニヤっとする志田3曹。やれやれ。
営内に戻り、武村は残留組の安部士長にさっき志田3曹から聞いた怪談話をしてやった。
「マジっすか。やっべー、もう天幕で寝られないじゃないっすか」
おぉ怖っ、と両腕をさすって怖がっている。
「お前ねぇ、そんなに怖がってどうすんの?一番怖いのは人間なんだよ?」
「武村士長、ほんとノリ悪いっすね。武村士長は幽霊とか怖くないんすか?」
「じぇんじぇん。人間の方がよっぽど怖いね」
「そうっすか?幽霊って神出鬼没なんすよ」
「よし、じゃあ例えを出そう。さっきの志田3曹の話と同じシチュエーションでだな、Aが幽霊。Bが◯×班長。お前の隣で寝てたら怖いのはどっち?」
◯×班長とは、連隊では(ホモ疑惑)で有名な陸曹の事だ。陸曹のクセに陸士浴場に入ったり、ケータイの待ち受けがモロそっち方向(R18)だったりと伝説を残しているお方なのだ。
想定外の状況付与に、う〜ん、と脳内で想像を膨らましている安部士長。
きっと過酷なシミュレーションだろう。
スリーピングに◯×班長が入ろうとしてきたら?
もう、むしろ迫って来たら?
もしかして、これを機にアッチの世界へ・・。
「「うわあぁぁ!無理無理無理無理むーりー!」」
まるで歌舞伎のように頭をブンブンと振りながら、壮絶な拒絶反応を示す安部士長。
「な?人間の方が怖いだろ?」
ぜぇ、ぜぇ、と息を切らせながら「そうっすね。ヒトの方が怖ぇっす」と同意した。そんなに怖がらんでも。
「分かっただろ?幽霊なんかただ脅かしてくるだけ。なーんも怖くない。ヒトはどうだ?おっそろしい事件は全部人間が起こしてるんだ。だから、実害のない幽霊に、ビビる必要なんかないんだよ」
腕組みをし、右手で顎をスリスリしながら安部士長は「そう考えるとそうっすね。ちょっとビビり過ぎてました」と考えを改めた様だった。
時計を見ると時刻は2055。
「やっべ、もう掃除の時間だ」
武村は慌てて戦闘帽と弾帯を手に取り、当直室へ戻ろうとした時。
「武村士長。志田3曹が怖い話してくれるって、いつ頃です?」
安部士長が聞いて来た。こいつ、来る気か?
「掃除の後に恐らくそのまま点呼になるから、2120過ぎじゃないか?」
「了解っす!安部士長、2120以降に当直室へ出頭します!」
楽しみ〜!っていう表情でバッっと敬礼の安部士長。
「お前、さっきの私の話聞いてた?」
やれやれ。
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