第18話 ご注文は怪談ですか?まるごぉ

「この中でタバコを吸う者は挙手」

牧原3尉の唐突な質問に、武村と安部はそろりとグーを挙げた。

「ふむ。では、二人とも隊舎横の喫煙所にプレハブ小屋があるのも知ってるな」

何を言い出すんだろう?と思いつつ、「はい」と武村が答えた。


近年、自衛隊での喫煙規律は厳しくなりつつあり、中隊事務室や当直室、居室で吸えたのも今は昔の話。現在は各隊舎の指定された場所(屋外)でしか喫煙を許されないのだ。

当然、屋外なので雨ともなれば隊舎から僅かに出ている日差しの下に群がって吸うしかないのだが、そんな気の毒な喫煙者の為に設置されたのが、このプレハブ小屋だった。

これによって雨でも肩を寄せ合って日差しの下で煙を吹かす事も減り、皆のびのびタバコを吸えるようになったのだ。


「これは、先週あった事なんだが・・」

割と最近な事に少し驚きつつ、冷えた空気が充満した当直室にいる面々はじっと牧原3尉の話を聞き入った。

「先週、ウチの中隊が警衛だったのは覚えてるか?その日、俺は今年度の小隊検閲の書類を幹部室でまとめてたんだが、編成に関して小隊陸曹の藤井曹長に意見を聞きたくて警衛所に行ったんだ。時間はもう消灯時間をとっくに過ぎていた、かな。

警衛所に向かうのに、俺は喫煙所がある方から出て行こうとしたんだけど、プレハブ小屋の前を通り過ぎる時に、チラッと小屋の中に誰かが居たように見えたんだ」

ゴクッと缶コーヒーを一口飲み、渇いた喉を休ませて話を続ける。

「消灯時間を過ぎての喫煙は当然禁止されている。のだけど、偶に他中隊の当直が吸っている事もある。だから俺は、一応見なかった事にしてまっすぐ警衛所に向かったんだ。藤井曹長と、そうだなぁ。20分くらい話してから中隊に戻ったか。で、また喫煙所の小屋を通り過ぎる時にチラッと中を見たんだ。なんと、そこにいたのは・・・」

話を止め、スゥッと深く息を吸う。


「そこにいたのは、小学生くらいの女の子だったんだ。一瞬だったけど、むさい自衛官と見間違える訳ないわな。俺は考えた。これは幽霊か?それとも、誰かが自分の子供を連れて来たのか?それほどまでにハッキリ見えたから。そこで俺は、ちゃんと確認しようと小屋の入り口まで近付いてゆっくり覗き込んだんだ。その子は小屋の奥にある椅子に腰掛けて、足をブラブラさせながら座っていた。

なんか楽しそうに。表情も和かだったな。まるで誰かを待っている様にも見えた。そこで漸く俺は『この子は幽霊だ』って気付いた。光が当たっている訳でもないのに、表情が分かるくらい視えるのだから」

コーヒーを飲んでいないのに、ゴクッという音が聞こえた。誰かが息を呑んだのだ。

いつしか外は月明かりがなくなり、風が強く吹き始めていた。風でカーテンがブワッと膨らみ、バタバタと音を立てて揺らいでいる。

気付いた安部が急いで窓を閉める。

「すみません」と話を中断してしまった非礼を詫び、坐り直す安部に手で制する牧原3尉。

「見た感じ、俺はその子が怖いと思わなかった。だから俺は、『逆にこの子を脅かしたらどうなるんだ?』と興味が湧いて来たんだ」


その場にいた全員が『は?』と軽くズッコケた。

「ちょ、おま、何考えてんだよ」

同期のS風味の含んだ茶目っ気に呆れる志田3曹。


「彼女は俺が覗いてるとも知らず、ずっと足をバタバタさせていた。俺は『せーの!』のタイミングで中にバッと踏み込んだんだ。思っくそ勢いよく。

そして、彼女を見たら・・」


暫し沈黙。この沈黙に恐怖感は含まれない。含まれているのは好奇心だ。


「彼女、目をメッチャ見開いて『えぇ!?』って顔をしていた。声こそ出ていなかったけど、すごく驚いているのは伝わった」

その女の子にしたら、まさか自分が脅かされるとは思ってなかっただろう。そりゃ例え幽霊でも驚く。

「その子、『えぇ!?』って顔をしたままスウッと消えていった。幽霊でも驚くことがあるんだなぁと、その時初めて知ったよ」

うんうん、と頷く牧原3尉。確かに不思議(幽霊でも驚く)ではあるが・・。

「えっと、それで何か奇怪な事がつづいてるとか・・」堪りかねた安部がおずおずと聞く。

「うんにゃ」とあっけらかんなリアクションで「ホント何っにも起きなかった。呪われるかと思ってたけど、なんにもナシ。」と肩を竦めて話はこれで終わりだと告げた。


顎に手をあて「うーん」と何かを考えてる様な志田3曹がやがて顔を上げ、「よし!面白そうだから俺も今度脅かしてみよう」と目をキラキラさせていた。

「いや、それは可哀相なのでやめてあげて下さい」

武村は本気で意見具申したのだった。


続く。

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