第15話 ご注文は怪談ですか?まるにぃ

「お先に頂きましたぁ」

当直室に入り、志田3曹に礼を言う。机に置かれた点呼板と睨めっこしていた志田3曹が「おう」と返事をする。

「志田3曹、シャワー行って来ても大丈夫っすよ。私が就いとくんで」

握っていたグリペンを置き、志田3曹は「そうか、悪いな」と当直勤務用にお泊りグッズを詰めた演習バックからお風呂セットを取り出す。

志田3曹は営外者。駐屯地外で暮らしているので、当直期間の分だけ着替えを持ち込まねばならないのだ。

「さっき、ウチの安部が行ってたんすけど」

戦闘服の上衣を脱いでいる志田3曹に話を振る。

「奴の同期が巡察中に、装軌車門手前の松の木で幽霊を見たって言うんすよ」

脱いだ戦闘服を椅子に掛け、

「へえ、本当かよ?」

と、少し関心有り気に答える安部3曹。続けて「どんなの見たって?」と武村士長に聞く。

「なんか、人の形をした白いやつだったらしいっす」

「それで?」

「うーん、詳しく聞いてないっすけど、逃げたんじゃないっすかね?私は『誰何したか?』って聞いたんすけど」

「さすがに誰何はせんだろうw」

軽く笑うと、少しだけ真顔になった志田3曹。間を置いて、「実はな」と切り出だす。

「俺が陸教(陸曹教育隊)に行ってた頃の話なんだけどな。歩哨の交代時間になって、天幕に戻ってから直ぐスリーピングに入ったんだよ。その時は冬が近くて外も寒かったからな。で、なんか窮屈な感じがしたから、天幕の中を見回したんだよ。俺らの分隊は6人で、うち1人が歩哨に行ってるから天幕には俺を含めても5人。だから中は余裕があっても良い筈なんだけど、やっぱ息苦しい。だから、俺はL型ライトを点けて、寝ている分隊員を数えたんだよ。」

安部3曹は、人差し指を立て「1人、2人」と指を指すふりをする。

「3人・・と数えると、6人寝ているんだよ。可笑しいだろ?だって、俺が1人を起こして歩哨に行かせてるんだぜ?でも、さすがに1人づつ顔を照らす訳にもいかないし、眠かったから『ま、いいか』って思って寝たんだよ」

着替えを載せた洗面器を片手に話を続ける。

「目を閉じながら考えたんだよ。『あれ、俺の隣って誰が寝てたっけ?』って。その時に思い出したんだよ。交代で起きた時は、俺の隣は誰も居なかったんだと」

武村士長は少しだけ寒気がした。

「そ、それで?」

「正確には俺の右隣だが、うっすら目を開けて見たらちゃんと居るんだよ、誰かが。俺に背を向けて寝ているんだけど、寝息も立てている。だから、俺は『他の分隊で天幕を間違えた奴がいて、そいつが寝ているのだろう』と思うことにしたんだ」

「なんか強引っすね」

「まあな。あんだけハッキリしたのを幽霊とは思わんさ。でだ。俺は歩哨から帰ってくる分隊員に『他の分隊の奴が寝ちまってる』って教えてやらなきゃと思って、暫く起きてたんだよ。でも、10分もしないうちに寝てしまい、気が付いたら朝だったんだ」

「え、帰って来た分隊の人はどうしたんすか?」

「それでな、俺は聞いたんだよ。『寝る場所なかったろ?』って。そしたらソイツ、不思議そうな顔して『何言ってんだ?お前の右側しか空いてないから、そこで寝てたわ』だと。じゃあ、俺が見ていた背中は誰なんだ?俺の隣で寝息を立てていたのは?」

当直室が静寂に包まれる。


「演習場ってトコは、あまり知られてはいないけどソコソコ人が死んでるんだ。訓練中にな。ほら、何年か前にもあったろ。空挺のパラシュートが開かずにそのまま・・」

「分かりました志田3曹!もういいですからシャワーに行ってください!」

堪りかねた武村士長が捲したてる。当直室がさっきよりも薄暗く感じたからだ。

「なんだぁ武村ぁ?お前ビビったんかぁ?」

「ハイハイそーです!だからとっととシャワー浴びちゃって下さいって!」

ニヤニヤしている志田3曹の背中を押して、当直室から追い出そうとする。

「そっかそっか。じゃあ俺が戻ったらもっと怖い話をしてやるから。待ってろよ〜」

分かりましたって!とドアを閉め、ふう、とため息をする。


「全く、そんな話ばかりしてたら集まって来ちゃうじゃないか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る