第五話 これはデートですか? いいえ、メイドじゃありません

 駅前の開発、発展につれて昔ながらの商店街というものはどんどん寂れていくものかといえば案外そういうわけではなく。

「いらっしゃい心ちゃん。お? なんだい、男連れかい? こりゃウチの息子が泣くねえ」

「馬鹿な事言わないで下さいよおじさん。それより今日のおすすめなにかしら?」

「おう、今日は脂ののったいい――」

「秋刀魚を二――いや、三尾。刺身でもいけそうだ」

「……兄ちゃん、いい目してるね」

 代金と交換に魚の入ったビニール袋を受け取り魚屋を後にする。

「……主夫ね」

 明野がなんともいえない視線を向けてくる。修道服から着替えて出てきた明野はいつもの髪型に使い古しと見えるコート、ロシア人が着けるような帽子を被っていた。そして首から提げた十字架のネックレス。

「今さら注目しなくても。普段から学校で着けてるわよ」

「そうだったか。意識すると目に付くが、あまり前面に押し出してる感じはしないな。ていうか学園で宗教関係の話題出たこともないよな?」

「あら、あたしが普段どんな言動してるかなんて覚えてるワケ?」

「いや、まったく全然意識の端に留めたこともないな」

「予想通りだけどそれはそれでムカつくわね。これでも誰もが注目する美少女優等生で通ってるっていうのに」

「体型はお子様だけどな」

 ピキリ

 あ、地雷踏んだな。思った瞬間右爪先に明野の全体重がかけられた。

「もういっぺん言ったら死ぬわよ、あんた」

「御意」

 フンと鼻を鳴らして足がどかされる。さすがに痛かった。つーかこういう陰険なやり口は優等生としてどうなんだ。

「話が逸れたわね。日本人って宗教意識が薄いじゃない。普段から神の教えがうんたらかんたら言ってたら敬遠されかねないでしょ」

 まあ、そうかも。少なくとも俺なら「宗教の勧誘なら間に合ってますんで」とか言ってソッコーで距離を取るだろう。

 しかし明野からそんなイメージはない。それはここの商店街の人たちが明野へ寄せる親しみからも明らかだ。

 駅前が若者たちの遊び場ならこの商店街は主婦たちの憩いの場と棲み分けが出来ているらしい。ちょうど時刻は主婦たちが夕飯の買い物に出る頃、通りかかる年配の女性たちが口々に明野へ話しかけている。話の内容は隣に男を連れていることへの勘繰りみたいだが、まあ知ったこっちゃない。要するに明野は学校だけでなく近所でも人気者って事だ。単に美人はお得って事かもしれないが。

 雑貨店で買い物籠に牛乳を放り込む。

「……それより、周防君は一体どこでウチの教えを受けたのかしら?」

「あん?」

 何を言ってるのかこのチビッ子は。そんなわけの分からない宗教なんかに関わったことなんていっぺんたりともないっての。

「唱えてたでしょうが、あんた。『教会』の“送り唄”を」

 あ、卵が安い。

「ああ、あれか。昔会ったオーナーに教えて貰ったんだよ」

 〝我が傍らの姿を瞳に刻め、下す裁きを教えよう、そして死する汝に祝福を与えよう〟

 これは魔法の呪文だ。ある一つの誓約の元にオーナーとミスティ間の『ある力』を引き上げる。まあ自己暗示以上の効果があるとは思ってないけど。して、その誓約だが、

「この唄って要するに「お前を殺す」って宣言なのよね。あんた、あの時あたしかアライエスを殺す気だったでしょう」

「自業自得」

 殺られる前に殺れはこの世の基本原則です。自分の命を守るために無関係な人間の命を差し出す屑になりたくはないが、逆に言えばそうならない限りは敵性に対し容赦や情けが介在する余地無しである。一度決めたら迷わない。ん、でもここで砂糖や塩、小麦粉まで片っ端から買い込むのは迷い処かも。

「まったく、誰よこの危険人物に洗礼施した馬鹿は」

「名前なんて教えてくれなかったし、訊かれる事もなかった。結局、最初から最後まで『先生』と『少年』て呼び合ってたし。てか洗礼って何さ。そんなの受けた記憶はさっぱりないんだけど」

 彼女は自分の名前だけじゃなく『ミスティ』や『オーナー』といった固有名詞、組織図なんかを一切口にしなかった。今思えば『先生』は俺をこちら側の世界に踏み込ませる気はなかったんだろう。ミスティに関して教えて貰った事は多いが、それは自分の力の制御や責任を学ばせる意味合いが大きかったと思う。

 そういう人だから洗礼なんてある意味縛り付ける行為をするはずがないのである。ところが明野はこれに反発を示した。

「そんな訳ないでしょう。ちゃんとした洗礼も受けずにこの唄の効果が現れるわけないんだから」

「と言われても。俺は『先生』が使ってるのを真似してるだけっぽいし」

「ちょ、それでその人何も言わなかったワケ!?」

「『好きにすればいいんじゃね?』みたいなカンジだった」

 もちろん生命いのちを奪うということの重さがしっかり刻み込まれてる事を確認して出た言葉だったとは思うけど。生命なんてこの手に持った豆腐みたいに脆いんだから。

「ちょっと……いったいどこのお天気騎士よ、そいつ。教えなさい。一度文句つけてやらなきゃ気が済まないわ」

「だから名前聞いてないんだって」

「それでも特徴とか風貌とか分かるでしょ」

「女。年上。ガイジン」

「……これ以上あたしを怒らせないほうが身の為よ、周防君」

「痛いの嫌い」

 そうは言われてももう五年近く前、それも一週間程度の事だ。細かい印象なんてすっかりぼやけている。それでも会えば彼女と分かる確信はあるが。

「えーと、じゃあミスティは? もっとも、同じミスティのオーナーもざらにいるから決定打にはならないでしょうけど」

「んー、犬っぽいの。レリと同じ同調融合シンクロシフト古代種エンシェント

 だからこそ俺にいろいろ教える事が出来たという訳だが。

 どさりと重たい籠をレジに出す。結局結構買い込んじゃったな。

 ん? なんか明野が固まってるが、まあいいや。

 支払いを終える。商品を詰め込む。店を出ようとする。

「ど、どういうことよおっ!」

「どわっ」

 急に硬直フリーズから開放リリースされた明野が般若めいた形相で掴み掛かってきた。たたらを踏み、外に押し出される。買い物客とぶつかりそうになったが、向こうが避けてくれて助かった。

「なんで、なんであんたがアウレリア様を知ってるのよ!」

「知らんがな、誰だよそれ」

「あんたが言ったんでしょうが、金髪金眼、白磁のような透き通る肌の見目麗しくも勇猛果敢な凛々しい御方って!」

 言ってねえ。つーかさっきまでボロクソに貶してただろ、こいつ。

 しかし不味い。どう考えても注目を浴びまくってる。とりあえずこいつを鎮めないと。

「まあ落ち着け。折角築き上げてきた優雅な優等生のイメージが台無しだぞ」

「うるさぁい! あんたはあたしの訊いた事に黙って答えりゃいいのよ!!」

「それは言葉として矛盾してると思う。自分の発言を省みれるくらいには頭を冷やすべきだと思わないか?」

「少なくともあんたの腐った脳みそよりまともにものを考えられる自信はあるわよ!!」

 うん、彼女曰く腐っているらしい脳みそでも理解した。俺が何言っても火に油にしかならんようです。

 選択肢A:自然鎮火を待つ。

 選択肢B:強制終了させる。

 さて、どちらがこの場をより面倒無く治められるんだろうなあとシェイクされる頭で秤に掛け始めた所、

「心。それに周防。邪魔」

 第三者の声でぴたりと止まった。その仲裁者の方に首を向けると、

 割烹着メイドがいた。

「…………」

 目を逸らす。

 擦る。

 もう一度同じ方を向く。

 割烹着メイド。

 どうやら幻ではなかったらしい。

 割烹着なのに家政婦でなくメイドとはこれ如何に。しかしイメージが無粋な理屈を飛び越えて「これはメイドだ」と訴えかけるのだ。この服のデザイナーは余程メイドにこだわりがあるのか、それとも割烹着の新たな境地を目指したのか。

 ……かなりどうでもいい考察だった。どうやらまだ脳が処理しきれていないらしい。つい最近も奇怪なメイドを見た気がするが、あの時は状況も普通じゃなかったしなあ。

「真砂」

 しかも明野の知り合いらしい。ある意味納得。

 つまり、係わり合いにならない方がいいって事だ。

「じゃあ俺はこれで」

 襟元を掴んだ手を解く。しかしその手が返しざま俺の手首を掴む。どうやら逃がしてくれる気はさらさら無いらしい。

 とにかく、人の目からはさっさと逃れたかった。



「それでは少々お待ち下さいませ」

 定番の文句とともに割烹着メイドが去っていく。

「コスプレ仲間じゃなかったんだな」

「だから本職だっつってんでしょ」

 甘味処「おゝとり」。商店街の中でも比較的新しい店舗の中に俺たちはそそくさと逃げ込んだ。店には買い物帰りの主婦たちの姿だけでなく俺たちと同年代の姿も多い。この商店街の活気が保たれている一因は間違いなくこの店にありそうだった。

「で? 一体どんな因果が働いてあんたとアウレリア様が出会ってるのよ」

 さっそく明野が話題を蒸し返す。

「因果って、んな大袈裟な」

 明野の目がぎろりと吊り上がる。はあ、なんで沸点がこんな低いんだこいつは。

「あんたはわかんないの!? あんたとあのアウレリア様が会ってるってことの重大さが!?」

「あの、と言われても――」

「アウレリア=ペトラルカ」

 不毛な会話が続きそうだった所へ再び第三者の――割烹着メイドの声が割り込んだ。

「『教会』所属の修道騎士。古代種ミスティ・ウォンを従える『教会』最高最強のオーナー。しかし現在世界各地を一人飛び回っており、偶に各地の教会へ報告が入る以外の足跡は知れない。そして――」

 ばつが悪そうにしている明野をちらりと見る。

「心の目標で憧れ。でしょう」

「……悪かったわね、お店で騒いで」

「いい。でも次は追い出す」

「……なんでそんな世界の裏事情知ってるんだ、このメイドさん」

「ウェイトレス」

 そう訂正した以外は何も喋らない。まあ別にいいけど。

「鳳真砂。そりゃこの娘もオーナーだもの、『ブリッジ』所属のね。って、あんたたち二人とも生徒会所属でしょうが」

「な!? ちょっと待った、うちの学園ってバイト禁止だろ!? これは何だ、贔屓か!? それともキョウのヤツ、こういうメイド趣味なのか!?」

「家業の手伝い」

「食いつくとこおかしいわよあんた……」

 揃って白い目で見られた。

「話戻すわよ。あんたの身柄はね、この鳴海市を離れてからずっとどこの組織も手を出さないよう牽制しあってきたの。そんなあんたとあたしたち『教会』の誇る修道騎士筆頭が邂逅していた。しかも『教会』はそんな報告受けていない。ここに何らかの意図や因果を考えずにいられると思う?」

「さあ。他人の思惑なんて興味無い。俺と『先生』が出会って、色々な事を教わって、そして別れた。それ以上でもそれ以下でもないよ」

 しいて言うなら。

 おそらく今でも俺の最も信頼する人間は彼女なんだろう。

「お待たせしました」

 コトリ

 目の前に湯飲みとアイスが置かれる。いつの間にか割烹着メイド――鳳が注文の品を取りにいなくなっていたらしい。

「ん」

 ずず、と緑茶を一口――美味い。そしてこの味は、ああなるほど。

「本業が淹れてたのか。そりゃ美味いはずだ」

 生徒会室で飲んでるのと同じ味――でもない。

「いや、いつものより雑味が無くなってる……か?」

「わかるのか」

 鳳が目を見開いてこちらを見る。

「ん……まあ、微妙な違いだけど」

「これは父が淹れたものだ。私はまだ甘い」

 ぐ、と握り拳に力を入れる鳳。まあ、俺としても美味い茶が飲める分には大歓迎だ。

 にしても明野の中では『先生』のイメージがかなり美化されてるみたいだな。確かに容姿は彼女の言ったとおりだが、高笑いしながら銃を撃ちまくるような人だぞ、あの人は。勇猛果敢? 凛々しい? 豪快っていうんだあれは。

「……ん? あ、そうか」

 で、思い出した。なんだ、そういう事だったのか。

 じゃあもう一つの方は目の前の奴に訊いてみるか。

「なあ明野、これ何か分かるか?」

 アイスを食いつつテーブルの上に取り出したのは昨日遥香さんから送られてきたPDA。……これも美味いね、うん。

「……ただのユグドラシル・インデックスじゃない」

 明野の反応からするに特に珍しいものではないみたいだ。

「ただの、と言われても俺は知らないんだが」

「オーナーの組織は『ブリッジ』側と『レオンハルト』側で二分されるのが今の世の仕組みなんだけど、どうしてその二組織が中心になってるか知ってる?」

 首を振る。『レオンハルト』というのは初耳だが文脈から考えて『ブリッジ』の対立組織だろう。

「というか、そもそもなんでその二つの組織は対立してるんだ?」

「そこからなのね、まあいいわ。ミスティの商業利用に関しての方針の違いよ。『ブリッジ』が保護派で『レオンハルト』が推進派ね」

「……だったら俺は『レオンハルト』派だな。金銭を伴わない技術が発達するわけがない。つーか、その組織って資金面どうなってるんだ? 民営の企業なら、どっちだって利益出さなきゃやってけないだろ」

「周防君の考えてる保護っていうのは、「商業として利用しない」ってことでしょ? それは私たち『教会』の考え方ね」

「だから貧乏なのか?」

「……『ブリッジ』にしても『レオンハルト』にしてもミスティの能力そのものを商業利用することに異存はないわ。さっき周防君が言ったとおり、技術発展のためには必要という考えね」

 あ、流した。

「違いはね、「ミスティそのもの」を商品として扱うか否か、よ。顧客として多いのはやっぱり軍事関係なんだけど、オーナーごと派遣するなら人件費を捻出する必要があるわね? けどミスティだけなら食事代すら必要ない」

 そしてこの前の教師みたく、兵卒をオーナーにする、と。

「……そんな人工オーナーなんて作る意味あるのか?」

「? 意味なら今言ったじゃないの」

「そうじゃなくて、そんなあっさりやられる雑魚未満を量産する意味……メリットがどこにあるんだって言ってんの」

「あんたこそ何言ってるの? 軍事に出すレベルなら少なくともレギュラー以上に決まってるじゃない。十分生物兵器として機能するレベルよ」

「だからそうじゃなく……あー、もういい」

 まあ、大多数にとって不都合なければそれでいいんだろ。もしそんな人工モノで構成された部隊と対面したら、五分以内で壊滅させる確信あるけど。武器化だけで。

 そんな馬鹿よりは『ブリッジ』派だな。とはいえ、どちらかに付く気はさらさらないけど。今は『ブリッジ』に保護されているという立場なワケだが、だからといって素直に従う義理なんてない。それ以前に「保護」する気なんてないんだろーし。

「なんかこっちが釈然としないんだけど……。まあ、しばらくは軍にオーナーが続々配備される、なんて状況にはならないでしょうね。『ブリッジ』が抑えてるから」

「? それは人工モノに限らず?」

「ええ。ミスティの軍事利用は禁止する、というのが『ブリッジ』の方針よ」

「どうしてだ?」

「ミスティという存在が未だ公にされていないというのがその答えね。早過ぎる、そう考えてるのよ『ブリッジ』は」

「……しばらくは水面下での様子見、ってことか」

 とはいえ『ブリッジ』にだって実働部隊がある以上、完全に抑制できる立場ではないよな。ある程度の実験部隊は組織されてる、くらいに考えておくべきか。

「……で、ようやく本題に戻れるわね。ミスティに関する情報量が圧倒的に違うのよ、その二組織は。こちらの世界に現れたミスティ全てを記録する装置。それをその二組織だけが所有している。しかも世界のどこの誰がどんなミスティと契約しているかもわかってるっていうんだから」

 なるほど。下手に対立しても自分の手駒は相手に筒抜けということか。

「その装置の名前がユグドラシル・インデックス。これはその末端の端末ってワケ。もっとも、情報開示レベルは各人によって異なってるわけだけど」

「で、ウンともスンともいわないんだけど、これ」

「ちょっと貸してみなさい」

 と、許可を出す前に取り上げられ、いろいろいじった結果、

「充電しなさい、馬鹿」

 という言葉とともに投げ返されました。基本中の基本ですね、はい。

 にしても意外と親切だな、こいつ。訊いた事にはこちらが理解しやすいよう答えてくれてる。そういえばキョウも面倒見がいいとか言ってたっけ。

 ……ん?

 その明野が一点を見つめている。いや、睨んでるのか?

 視線の先を追う。鳳がいた。テーブル席の前で何やら話しているようだが。

「困ってる」

 そうなのか。表情の変化は無いが俺より明らかに付き合いの長い明野が言うならそうなんだろう。しつこいナンパにでも遭っているのか。

 がたりと立ち上がる音がした。すらりと優雅な足取り、しかし何故かずんずんという効果音が似合って仕方が無い。

 そして鳳の隣に立つ事数秒後。

 今度は明野が目に分かるほど狼狽えた。

 ちらりと店内を見回す。誰かが助け舟を出しそうな素振りはない。

 仕方ないか。

「どうした?」

 とテーブル席の相手がよく見える位置まで近づけば状況は明らかだった。

 外人。多分英語圏内ではない。

「何しに来たのよ」

 無駄に睨まれた。

「~~~~」

「多分ロシア語。話せるか」

「話せるわけない」

「だと思っていた。期待はしていない」

 結構辛辣だな、この割烹着メイド。

「~~~~」

「どうする心」

「どうするも、あたしたちじゃどうしようもないし――」

「地図」

「……はい?」

 二人の顔がこちらを向く。

「地図持ってきて霧学の場所教えてやれ」

 それだけ告げて席に戻る。一拍遅れて半信半疑で地図を取りに行く鳳と俺に詰め寄ってくる明野。

「……言葉、解るの?」

「そう訊かれたら解らないとしか答えられない」

「……出鱈目言ったワケ?」

「いや、そんな事実はまったく」

 あ、戻ってきた。

「ちょっと、あんまりいい加減なこと言ってると本当に――」

 明野の言葉が止まる。件のテーブル席の方を見ると鳳と(多分)ロシア人がぶんぶんと握手していた。そのままメモ用紙片手に店を出て行くロシア人。

「…………」

「そろそろ出るか」

「あ、うん」

 言われるがままついてくる明野。レジには鳳が出た。

「お代はいらない。私が奢る」

「……なんで?」

「さっきのお礼」

「……勝手にすれば」

 ただし他人事として。仮にこれで問題が生じたとしても絶対に責任を取る気は無い。それが俺の他者への最低限度介入ラインだ。

 身勝手だな。それでも放っておけなかった。他の誰かが解決してくれるのならそれで良かったが生憎あの場の誰も動かなかったから。俺しか解決できなかったから。何も出来なければ、あるいは断られれば何の未練も無く見捨てていた。……捨て犬を拾って、親に「飼ってもいいか」と訊いて、OKならそれでよし、駄目なら元の場所に戻してくる。捨て犬があいつらで子供が俺。勝手だな。輝燐が「お人好し」とか言ってたがまったくの的外れだ。

 店を出るともういい時刻。そろそろマンションまで案内してもらおうと明野へ振り向くと、

「周防君」

 明野は真剣だった。

「あたしと戦って。全力で」

 けど。

「お前はさ、蟻が潰れないよう大岩を乗せることが出来ると思う?」

 それは、俺の唯一の他者への責任。

 自らの力の管理。

「よしんば、万が一何らかの偶然でお前は生き残れたとしよう。岩ってのは球状でも平らでもないからな。潰されずに済む隙間に偶然いたんだ。けど周りはそうはいかない」

「……『白い死神』」

 かつて鳴海市で起きた『異常気象』の俗称。その正体は俺たちの暴走。

「珍しいことじゃないわよ。最初に扉を開く際強い感情が引き金になるのはよくあるケース。結果傷害事件、更には人を殺してしまう事だってある。周防君のそれも似たようなものよ」

 明らかに規模は桁違いだけどな。

「初期暴走時とは違う。今は霧についての知識がある。霧を喚べばそんな心配をする必要は無い。……なんて思ってるわけじゃないだろ? 『先生』について詳しいんなら知ってるんじゃないのか? 古代種の特性くらい」

 古代種。己が姿を武器に変え、人工的シフトで太古の姿を取り戻す。その力はいずれも強力。

 しかしここで一つの疑問。そのような強大な種族が現在何故卑小な姿でわずかに残るのみなのか?

 古代種が種となった理由。それは――

「――霧を分解する」

「そうだ。向こうの世界において霧の持つ役割はこちらでいう食料、薬、大気――ミスティたちが生きていくのに必須のものだ。しかし古代種はそれを分解してしまう。力が強いものほどより顕著に。だから強いものほど早く周囲の霧を失い死んでいく。最後に残ったのは霧に影響を及ぼさないほど弱体化したものだけだ」

 そして当然、この作用はオーナーが召喚した霧にも適用される。

「レギュラー一体分くらい『成る』だけで消し飛ぶ。当然の帰結ながら古代種のオーナーである俺は霧を喚ぶ事が出来ない。つまり」

「もういいわよ」

 明野が気の抜けた溜め息を吐いた。

「もういいわ。戦ってあんたを調べるっていうのは諦める。もともと『最強のミスティ』に勝てないのはわかりきってたし、あたし個人として確かめたいのはあんたに『最高のオーナー』と呼ばれる資質が本当にあるのかって事だから」

 んっ、と伸びをする。

「それにしてもさすがアウレリア様。ただ振るえる力を説明するだけでなくちゃんと成り立ちから教えていらっしゃる。力の意味を知るというのはとても大事な事だものね」

「…………」

 こっそりと息を吐く。

 もし、今仮に。これは『先生』から学んだことじゃなくて。


 レリーフに教えてもらったって言ったら。

 『検閲』を破れると言ったら。

 彼女はどういう反応を示すだろう?


 そんな他人事が珍しくも頭を過ぎった。

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