第四話 通り雨の教会にて

 いい天気だ。

 こっちに来て初めての休みだ。……昨日がそのはずだったんだが、忘れる。

 宣言しよう。

「掃除だっ!」

 この家の先住人の奴らは! ろくに掃除機もかけてない! 水周りの手入れもしてない! 埃も落としてない! 年の瀬の大掃除もやっていない!

 料理ほど掃除にこだわりがあるわけじゃない。しかし、この家の状態は俺の許容範囲をオーバーしている!

「つーわけで、ほら起きろ輝燐! いつまで寝てるんだお前は!」

 と、輝燐の部屋のドアを開けたら枕が顔面にぶち当たった。

「るっさい! こおりちゃんこそ寝過ぎだっ!」

 ……はい。目を覚ましたらお日様はてっぺんに昇ってました。だってさ、休みの日は午前中いっぱい寝てるってのは人間として基本だろ? ……ごめんレリ、冗談。だからそんな冷えた視線浴びせないで。キミ身体は冷たくても心は温かい子。ね?

「なんだ、まだ熱下がってないのか」

 枕を放り返す。次いでレリを額に押し付けてやった。

「んー、微熱ってとこ。だるいー。……これ結構気持ちいいね。ちょーだい」

「だめ。寝過ぎじゃね?」

「けち。だからこおりちゃんには言われたくないって」

「飯は?」

 返事の代わりに腹の音が返ってきた。

「わかった。お前は?」

「……………………きう」

「はいはい」

 まったく、返事一つにそんな渋るなよ。まあ、第一接触がアレだったからな、わからんでもないが。

「きあ」

「急かすな」

 俺はてめえらの召し使いじゃねえっつの。


 ばたん

「………………あれ?」

 閉ざされた扉からベッドの脇へと目を移す。

「きあ?」

 その大きな瞳と視線が合う。

 ボクのミスティ、プゥ。

 ……ニュアンスかな?

 ボク、通訳してないよね?



 と、変にハイテンションになっていたみたいだが、実際言った程念入りにやった訳じゃない。生活空間をある程度、見れるくらいに片付けただけだ。具体的には家中の床を雑巾掛けしたり風呂場のカビ取りをしたり、汚れたまま放置されていた箇所を目に付く端から片していったくらい。家具の裏とかカーペットをひっぺがすとか棚の中のものを全部引っ張り出すようなことはしていない。

 掃除用具なんかは揃ってた。ほとんど使用された形跡はなかったが。調理器具なんかもそうだったが、恐らくこの部屋を用意したのは遥香さんの組織の人でちゃんと家事なんかをやる人だったのだろう、生活用品をきちんと揃えておいたのだ。今の今までその気遣いは完全に無碍にされてたわけだが。

 で、一通り終えて時刻は三時。買い物ついでに散歩に出ることにした。ここに越してきて一週間、学園以外へは一人で出かけたことがなかった。遥香さんと一緒に出かけたのも駅前のデパートと近くのスーパーだけ。そろそろこの辺の地理にも慣れておこうと思ったのだ。

 そして、今の状況。

 簡潔に述べよう。

 迷った。

 病み上がりのクセにカレーが食べたいとかぬかしやがった輝燐。当然要求は却下だが、ふと新しいスパイスの調合パターンを考え耽ってしまった。気付けば住宅街の真ん中に一人ぽつんと立っていたのである。考え事に嵌ると周りが見えなくなる癖、直したほうがいいんじゃないかなあ。まあ、今に始まったことじゃないしその度に同じ事考えてる気がするけど。

 もう慣れた。自身をすら他人事として見下ろす事により生じる慣れ。それは恐ろしく便利で、危うい。例えどんな危機的状況に直面したとしても他人事として冷静な対応が出来ると同時に危機感の足りなさゆえ更に危険を積み重ねる事もしばしばある。と、またいつの間にか没思考に陥ってるし。

 ひゅう、と冷たい風が通り過ぎる。動くものは枯れ葉が一枚風に舞うのみ。人の気配どころか猫一匹すらいない。

 はあ、どうしたものか。

「お前、道分かる?」

 手に提げたエコバックに話しかける。こんもりと膨らんだそれがもぞもぞと動き、ぴょこりとレリが顔を出す。

『僕はカーナビじゃないよ。こおりこそ、ケータイってじーぴーえす? とかっての付いてるんじゃないの?』

「そんなの、俺が使い方知ってるわけないだろ」

 つーかそれ以前に携帯忘れたし。

 ダメか。しゃーない、大体の方角は見当つくし適当に歩いてみるか。

 溜め息が白く染まる。見上げた空はいつの間にか雲で覆われていた。

 と、一滴。鼻の頭が濡れた。

 それを皮切りにぽつ、ぽつと降り注ぐ水滴。

 雨。

 瞬く間に本降りに。

「洗濯物がッ!!」

 ……真っ先にこのセリフが出てくる辺りが主夫呼ばわりされる理由だろうな。ひとまずそれはおいといて。

 雨脚があっという間に強くなった。雪の中傘を差さずに歩くのは好きだが、雨はただ濡れて鬱陶しいだけだ。レリもそれは同じ……って、いつの間にかバックは空。自分だけさっさと避難しやがったアイツ。後でお仕置き決定なのはいいとして、俺もさっさと避難しないと。

 と、視線を巡らせた先に引っかかったソレ。築年数からくるものか、あまりに周りの住宅街に溶け込んでしまっていて気付かなかったが、ソレと気付けばどこか浮いているというか、特別性を感じさせるというか。

「……こういうときに進んで迎え入れてくれるもんだよな、神サマってのは」

 そう勝手に結論付けて、駆け足でその教会へと入っていった。



 ……ん? げ、雨!?

 こおりちゃん、確か洗濯物干してくって言ってたよね!? 読んでた漫画をぽいと放り出してベッドから――

 飛び出ようとしたところで玄関ががちゃりと開く音がした。

 あ、こおりちゃん帰ってきたんだ。任せよっと。

 依存し始めているのには気付かない振りをして布団を被り直そうとして、

 気付いた。話し声に。男の声と女の声。

「…………」

 こおりちゃんなら、洗濯物があることわかってるはずだからもっとドタバタと、それこそうるさいくらいに駆け入ってきたはず。つまり、すぐそこにいるのはどこの誰とも知れない、

 ……泥棒?

 さっと扉に耳をそばだてた。プゥには手で待機の合図を出す。この子は本当に最後の手段だ。

 何か話してるようだけどよく聞こえない。でも、どこかで聞いたような声……? ぱっと伊緒と啓吾の顔が浮かんだけどそれとは違う声だ。

 と、潜めた足音がこちらへ向かっているのに気付いた。――どうする!?

 人の気配が扉の前までやってきた瞬間、おもいっきり扉を開いた!

 バンッ!

「ぴゃあっ!?」

 扉にぶつかって女性の悲鳴が響く。ボクはそのまま廊下へと躍り出て、

「せいやあっ!」

 男のほうにハイキックを叩き込んだ!

「ぐはあっ!!」

 男の顔はボクの蹴りと壁の板挟みになり、そのままずるりと倒れて……って、アレ?

「……遠見会長?」

 気絶した男性の顔はよく知る先輩のもので、

 閉まる扉の陰から現れたのは顔を押さえて蹲る杏李先輩で、

 ボクは蹴りの体勢のまま固まって、

 その間に洗濯物は全滅していたことなどボクは知る由もなかった。



 ぎいっと錆び付いた蝶番が音を立てて両開きの扉が開かれる。一歩踏み出すたびに木製の床が軋みを上げる。左右に並ぶ長椅子のクッションの色もすっかりくすんで……

「ボロいな」

 素直な感想が呟きとなる。あと何年つのかと心配になる程の古さだ。

 しかし決して廃墟ではない。礼拝堂のどこにも蜘蛛の巣はかかっていないし、床も壁も埃が溜まっていることはない。奥の小さなステンドグラスは特にしっかり磨かれている。桜井家の住人にこの十分の一でも見習って欲しいくらいだ。


 それは、ひとえに、

 目の前で膝を着き、祈りを捧げる修道女シスターの信仰心の賜物か。


 俺が入ってきたことに彼女は気付いているのだろうか。まるで彫像のようにぴくりとも動かないその姿は熱心を通り越して必死ともいえる程。この空間に神聖さと厳かさを保つための最重要パーツ。この場の主役は奉られる神様ではなくかしずき祈る彼女だった。

 それにしても何をそんなに祈ることがあるのか。神様がいるかいないかなんて論議する以前にどうでもいいが、考えて、行動して、実現するのは今ここに居る自分たちでしかないというのに。故に願いを捧げることも生の感謝をする必要もない。仮にこの世のこと全てが神様の意のままに起こってるとしても、だとするならその祈りという行為ですら神様の自作自演だということに気付いてないのだろうか。それとも、彼女にとっては祈るという行為そのものに意味があるのか。どれにしても俺とは縁の無い事だ。

 ……あえて、神様に届ける言葉があるならば。それは間違いなく願いなんかではなくて。

 誰にもぶつけることの出来ない、懺悔か恨み言――

「ボロくて悪かったわね」

 棘の篭もった声で思考は中断された。いつの間にやら祈りを終えた修道女がこっちを見て――否、睨んでいた。

「末端の教会まで潤沢な予算を割けるほどウチは裕福じゃないのよ、『ブリッジ』そちらと違ってね」

 その声と同年代に比べ発育の遅れた背格好。そこまでで大体ついていた目星が取り払われたフードから現れた銀髪で確定となる。

「いくら古びた教会だからって勝手に入り込んだ挙句シスターの真似コスプレなんかするのはいただけないんじゃないか、明野」

「真似じゃなくて本職でここはあたしの家よっ!」

 なるほど。『教会』って本当にそのまま教会のことだったんだな。

「周防君こそ何しに来たのよ。……ああ、そっか。そっちから一昨日の続きをしに来るなんて、なかなか殊勝な心がけじゃない」

 そう言った明野の目が凶悪に吊り上がったかと思うと、ゆらりと陽炎の扉が開きアライエスがこちらの世界に飛び出しざま帯電を始める。

「待った待った! 散歩してたら雨に降られて雨宿りに飛び込んだだけだ! そんなお前にとってだけ都合のいい俺に何の得もない解釈をするな!」

 本気で慌てるで制止する。全身濡れ鼠で電撃なんか喰らうのは流石にゴメンだ。

 それでも獅子堂に相対する時のような本気の必死さが表れないところが俺の俺たる所以ゆえんなのだが。

「……冗談よ。下手打って『ブリッジ』と溝を広げるわけにもいかないし、あんたに構ってるほど暇でもないから」

 ひらひらとおざなりに手を振ると羊モドキも矛を収めた。冗談で呼び出すか普通。

「お前も応じるな」

「ンメェ」

「忠実な事で」

 息を吐き、長椅子に腰掛けようとして、

「座らないでよ。クッションにカビが生えたら取るの面倒なんだから」

 と止めるや否や奥の扉へ引っ込む明野。すぐに戻ってきてタオルを投げ渡された。

「助かる。正直すぐに追い出されるかと思ってた」

「ここは神の家よ。頼ってきた子らを無碍に追い返したりするはずないじゃない」

 おざなりに頷いてわしわしと濡れた髪を無造作に拭き取る。

「ただ、雨宿りとそのタオルの分くらいあたしの訊きたい事を正直に答えてくれればいいのよ」

 そう言って清廉潔白であるはずのシスターさんはまるで悪魔のような底意地の悪い笑みを浮かべて下さいました。

「……シスターってのには無償の奉仕ボランティアの精神が必要だと思う」

「まだ修行中の身だから。おお神よ、この未熟な私めを許したまえ、アーメン」

 本当は似非シスターなんじゃねえのか、こいつ。

「まあいいけど、どうせ俺の事だし。ただこっちも訊きたい事いくつかあるんだけどさ」

「図々しいわね」

「お前には言われたくない。とりあえずここと俺の住んでる家との位置関係と、近場の商店街教えてくれ」

「……なに。あんた、もしかしてここに迷い込んできたワケ?」

「…………」

「正直に答えなさい。あんたにはその義務があるのよ」

「その通りですがそれが何か」

「……フッ」

 鼻で笑われた。小馬鹿にされた。かと思ったら睨み付けられた。忙しい奴だな。

「本当、なんでこんな奴が『最高のオーナー』なんて呼ばれてるのかしら」

「知らん、キョウにでも聞け。そういや転校初日の朝会ったのってやっぱ偶然じゃないのか」

 なんか今と似たようなことを呟いてたような気がする。

「…………」

「別にどうでもいいけど」

「訊きなさいよっ! このあたしが『どうでもいい』扱いされてるのが一番ムカつくわ!」

 事実どうでもいい。だって他人事だし。

「マンションからずっと尾けてたわよっ! 『最高のオーナー』に会うのが待ちきれなかったわよっ! 期待を裏切られた挙句遅刻しかけるとは夢にも思わなかったわよっ!!」

 顔を赤くしてぜーはー息を切らしながら一気に捲し立てられた。

「まあ落ち着け」

「うっさい、慰めなんかいらないわよっ!」

 少しも慰めてないが。

 俺の言葉が功を奏したわけではないだろうが、すぐに呼吸が平常通りになり、表情も整う。鋭い視線が向けられる。無駄に睨みつけられる状態が俺に対する彼女のデフォルトと既に化しているのだろう。

「少しは『最高のオーナー』としてのプライドとかないの? 突然手に入ったものにしてもそう呼ばれて光栄でしょう。それに見合った行動や言動を心がけるものなんじゃないかしら」

「まったく。全然。ちっとも」

 明野の瞳が大きく見開かれる。何をそんなに驚くか。

「むしろ迷惑だ。その勝手な呼ばれ方のおかげで変な事に巻き込まれそうだし。俺はレリと二人でゆっくり暮らしていけりゃいいってのに」

「……信じられない。オーナーとなるべく育てられたあたしたち『修道騎士』にとってその称号は目標といえるもの。それなのに……」

「んな、大袈裟な」

「大袈裟なことなんてないわよ。ミスティというのはね、あたしたち『教会』の教えでは主から賜って『契約』するものなのよ。その契約者として『最高』であると認められるということがどれほどの名誉か、あんたにはわかんないようね」

「わからん。わかるのは、お前らがミスティとかオーナーってヤツを過大評価してるってことぐらいだ」

「別に突飛ってことはないわよ、普通に物理法則を超えた力を持つ生き物だもの」

 能力で言えば、確かに人の理解を超えてるけどな。……そこを問題にしてる時点で俺と大きくズレてるんだが。

「でも周防君のは……そう、『家族』かしら」

「それは光栄だな。しかしどう考えてもそちらより俺たちよりの方が大多数マジョリティだと思うが」

「そうね。でも周防君のそれが異常であることも事実よ。普通は人間生活を第一に考える。ミスティを生活の基礎に置くなんてありえないわ」

「まあ、他人がどう思うかとか比べてどうかとかどうでもいいけどね」

 眩しくて目を細める。窓から光が差し込んでいた。どうやら晴れたようだ。

「さて、そろそろ最初の質問に答えてくれないか?」

 しかし明野は答えることなく俺に背を向けた。

「ちょっと待ってなさい、着替えてくるから」

「ついて来る気かよ」

「あら、感謝して欲しいくらいよ? また迷ったりしないように道案内してあげようっていうんだから。親切でしょう」

 恩着せがましく言ってくれるが、要するにまだ質疑応答を続けるってことね。

「元々あたしだって買い物に行くところだったしね。ちょっと集中してお祈りしてたらいつの間にかあんたと話し込むことになっちゃった訳だけど」

 そう言って奥の扉から出て行った。アライエスも続いて。

「……ちょっと、ね」

 誰もいなくなった礼拝堂で一人呟く。とてもその程度って感じではなかったけど、本人がそう言うならそれでいいんだろ。



「いやあ、元気そうじゃないか。見事な蹴りだったよ、はっはっは」

「鼻の頭がひりひりします、うう……」

「…………」

 リビングでボクの向かいに座る二人。二人の会話は軽快なのにボクの空気だけ重いよう。

 悪くない、ボクは悪くない。遥香さんから鍵預かってるからって勝手に入ってきて、驚かせようとひそひそしてたこの二人が悪いんだ。うん、ボクは悪くない。

「うむ、三強の一角に蹴り飛ばされるというのもそうそうないことだ。いい経験になったよ輝燐クン。はっはっは」

「今年に入ってからはまだいっぺんも転んでいませんでしたので久しく忘れていた痛みです。やはり私は生涯この痛みと付き合っていかなければならないのでしょうか、うう……」

「…………」

 悪くない、と思うんだけどなあ……。

「……ごめんなさい」

「うむ」

「はい」

 ううっ、なんか理不尽だ……。

「……ええっと、遠見会長、大丈夫です? 顔とか、首とか」

 ちらりと見た会長の頬に貼られた湿布が痛々しい。

「うむ。まあ『異質人』の攻撃でこの程度だと思えば軽いものだ」

「…………異質、人?」

「ミスティを呼び出せるような人間は、やはり普通でない者揃いだという事だよ」

 会長はあっけらかんに言うが、ボクとしては突然出てきた新単語に関してもう少し説明が欲しい。と、それを汲み取ってくれたのか杏李先輩が補足してくれた。

「たまにいるのですよ、オーナーの中にそういう特別な能力や才能の持ち主が。そういう人間がオーナーとなるのか、或いはオーナーだからこそそういった能力を所有されるのかは分かりませんが」

「生まれた当時から発達した思考能力、人体構造上有り得ないほどの運動能力、数は少ないがいわゆる超能力。キミ自身だって十分に覚えがあるだろう?」

「それは……」

 言われるまでもない。プゥが現れた頃から突然に生じた攻撃力のみが高くなるという現象。それは年上の男の子がパンチ一発で伸びたり、殴った壁に亀裂が入ったりっていう程で。全力を出したら、プニャモの光球より破壊力があった。プゥのことと併せて悩みの種だったっけ。優姫先輩に空手部に入れられなかったらボク本格的にグレてたかもしれない。

「優姫先輩の方が全然強いから、最近じゃ気にしなくなってたんだけどなあ」

「まったくだな。『異質人』に勝てる普通の人間など、ある意味彼女が一番異質だよ」

「人によって能力の強さはバラつきがありますけど、キリンさんは強い方なんじゃないでしょうか。多分コモンくらいまでなら勝てると思いますよ、アーツ無しという条件付きですけど」

 でもそういう能力なら頭が良くなる方がよかったかも。きっと学校の試験とか余裕なんだろうなあ。……目の前の二人はそれっぽい。すごく。勉強だけじゃなく会長としての手腕も優秀だし。

「こおりちゃんのアレも『異質』ですよね?」

 そのボクの全力の正拳突きを喰らってピンピンしてたのは記憶に新しい。

「……アレというのがどれを指してるのかは判らないが、間違いなく『異質人』だとも。それと、『異質』ではなく『異質性』と言うのが正確だよ」

「それをご指摘になるのは、少々細かすぎるのではないですか?」

「そんなことはない。『異質な能力を持つ人間』と『異質性のある人間』というのではまるで違うからね。自分の存在そのものに異質なものがあると認めたがらない人間が、能力のみが異質なのだと主張する意味を込めて、自らを『異質持ち』と呼んでるようにね。そのくせ己が普通の人間より上等だという思考を持つものが多いから困ったものだよ」

 と説明されても……え、何が違うの? ってカンジ。ただ、最後の言葉だけは思うところがあった。

 ……牧野と対峙した夕暮れを思い出す。あの男はミスティを手に入れた自分を特別な人間と言い、しかしこおりちゃんはそれをバッサリと切り捨てた。その程度でただの人間ってことが変わることはない、って。

 ……こおりちゃんから見れば、『異質人』もただの人間に過ぎないんだろうか。

「……こおりちゃんって、こういう知識どのくらいあるんでしょうか?」

「さあねえ。ある面では僕らより遥かに豊富かもしれないし、ある面ではまったく知らないのかもしれないし。こればかりは当人の頭の中を覗きでもしない限り判りはしないな」

 そうなんだけどさあ。どうにも釈然としないところへ、

「キリンさん。先程からこーりんのことばかりお訊きになっておられませんか?」

「ふえっ?」

 杏李先輩から思いがけない横槍が飛んできちゃった。

「キリンさんも『異質人』なのですから、ご自分の力についてご質問なされるものと思っていましたが……。あらあら、キリンさんとこーりんの関係はどこまで進んだのしょうか?」

「ぶっ!? どこまでって、何もないですよっ!!」

「いえいえ、隠さなくてもいいのですよ。夕暮れの学校で殴り殴られて友情を深め合い、共通の敵と助け合い戦って、そして一つ屋根の下の男女となれば、もう後は爛れた生活に雪崩れ込むだけじゃないですか」

「「じゃないですか」じゃないですっ! ボクとこおりちゃんの間に杏李先輩が妄想するような関係は微塵たりとも存在しませんっ! 家族、義理の兄妹! わかります!?」

「ああ――背徳の関係というものですね、わかります」

「全っ然わかってないじゃないですかあっ!!」

 テーブルをバンバンと叩いて抗議するボクをくすくす微笑う杏李先輩。この人は、これさえなきゃいい先輩なのに。ああ、熱ぶり返しそう。

「ていうか……そもそも二人とも何しに来たんですか」

 順当に考えればボクのお見舞いなんだろうケド、とてもそうとは思えない。ていうかボクを悪化させに来たんじゃないのかこの人たち。

「ふむ、そうだな。今日の本題を思えば今こおりちゃんがいないのはむしろ幸運だったな」

「?」

 続きを促そうとしたところで、

 ぴんぽーん

 とドアチャイムが鳴った。

「……今度は誰だろ」

 二人に断りを入れて玄関に出る。ドアを開けると、

「……え?」

 意外な人がそこにいた。

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