第三話 プレゼント

「……で、何故お前らはこの家で飯まで食ってる」

「「ん?」」

 口をもごもごと動かしながら藤田と乾が同時に反応した。

 ここは桜井家、そのリビング。テーブルの上には種種のサンドイッチとサラダ、各人に生姜のスープ。俺の向かいに座っているのは藤田と乾。

 藤田はいいだろう、輝燐の看病に来た訳だし。しかしそれなら自分で作ってもよかったはずだ。あといつの間に来た乾。そして何故しっかり用意してる俺。

「こーりんのメシがうまいからにきまってるだろ!」

「このカツサンド、ソースウマッ! こいつぁ金取れるで。これなら来年の文化祭はがっぽり儲かりそうやな。同じクラスになることを期待しとるで」

「どれだけ先の話をしてるんだお前は」

 まあいい、確かに今さらだ。既に三分の二を消化している状態で言う事でもなかったかもしれない。

「お前ら、野菜もちゃんと食えよ」

「こおりはん、今のおかんっぽかったで? 案外家じゃ世話焼きか?」

「うるさい」

 黙らせながらも否定は出来なかった。先住人が二人とも家事スキルが壊滅的だった所為で日々主夫化が進行している気がしないでもないからだ。

「ところで、どうしていきなり生徒会に呼ばれたんや? またなにかやらかしたんか」

「またってなんだ。寮に下着ドロが出たんだと。二人とも知らなかったのか?」

「うむぅ?」

 こちらの質問に藤田が首を傾げる。

「寮で暮らしてりゃ噂の一つや二つ入ってきてるんじゃないのか?」

「ああ、なーる」

 乾は合点がいったと言うように頷き、しかし否定した。

「わいら寮住まいやあらへん。二人とも隣町のマンションに住んどるねん」

「……ああ、そっか」

 今日寮に行ったからつい勘違いしてたらしい。

「あははー、ようぎしゃふたりはっけーん!」

 そう言って目の前の男二人を指差す藤田。つくづく失礼だよなこいつ。

「生徒会でもそんな扱いだったが、とことんそんなポジションに置かれてるらしいな俺は」

「生徒会動くん?」

「ああ。警察に任しときゃいいのに」

 その言葉にてっきり同意が来るものだと思っていたが、

「そっかー。ならつかまりそーだなー」

「あの生徒会やもんなー」

 ……どんな生徒会だよ、おい。キョウは一体あそこをどんな魔窟に作り上げたっていうんだ。いや、杏李先輩が会長の頃からそうだったのを引き継いだのかもしれない。……いかん、容易に納得がいく。魔窟で全っ然おかしくねえ。

「しってるか、わんこいるんだぞあそこ!」

「犬?」

 そんなのとは遭遇しなかったが、誰か部屋の中で飼っているのだろうか。

「なんか寮監のセンセが飼っとるらしくてな、夜になると寮の前に出て来て番犬みたいな事やっとるんやと。ちょっと変わった見た目らしいけどな」

「わんこはわんこだー!」

 そう言う藤田自身が尻尾を振りそうなほどハッスルしている。にだけ出てくるの正体に当たりを付けつつ(なるほど、他のシステムよりこっちがキモな訳だ)藤田に訊いてみる。

「そんなに好きなら自分でも飼ってるのか?」

「うちマンションだからなー」

 そう言ってはははーと笑うが、一瞬笑顔の質が変わっていた。乾いた作り笑顔。いつも馬鹿みたいに笑ってばかりいるこいつには似つかわしくないそれを、当然俺より付き合いの長い乾も気付いているはずだが何も言わないところを見るとこのまま流した方がいいのだろう。まあ、元より深く追求する気もないのだが。

「こーりんはペットかわないのかー」

「手間がかかるのは輝燐で十分」

 レリはペットじゃない。勘違いする馬鹿がいないとも限らないので念のため。

「ほほう、輝燐はんはこおりはんのペットかー。風邪引いたんも、ゆうべはおたのしみやったからやな?」

「…………」

 皿を回収し立ち上がる。乾の皿にはまだ残ってたが構わずキッチンへ。

 しかし逃走失敗。変態は回り込んできた。

「無視はアカンやろ無視は! せめて一言くらい何か突っ込んで!」

「失せろ変態」

「ひどっ!」

「あははー、こーりんはドSだからなー。ドMのけーとあいしょうバッチリだ!」

「根も葉もないこと言うんやない! そんな言葉どこで覚えてくるのこの子は!」

「んーと、けーのベッドのした?」

「わああああ!」

 慌てて口を塞ごうとする変態、もとい乾の手を藤田はひょいとかわす。

「藤田、輝燐の様子は?」

 帰ってきた時寝てたからすぐ昼飯の用意に取り掛かったんだが。

「おー、まだおきあがるのだるそうだったぞ」

「身動き出来ないのをいいことに手篭めにする気やね!?」

「ひどそうか?」

「んー、ねてればあしたにはなおるだろーなー」

「あれ、放置プレイ?」

「あしたもみまいきていいかー?」

「ご自由に」

「すみません、本当に何か一言でいいんで仰って頂けないでしょうか……」

「ヘコんで外れる程度の似非関西弁なら始めから使うなよ」

「余計なお世話や! そしておおきに!」

 突っ込んで貰えた位で泣くな。

「あははー、こーりんはドSのくせにおひとよしだなー。しかしミス研はそんなゆーをひつようとしている!」

「俺には必要ない」

 そもそも誰がドSなんだ、まったく。

「おー、こーりんまった!」

 自室に戻ろうとした、その背中を呼び止められる。形式的に首だけを向ける。

「おねーさまからとどいたモノ、こーりんのへやにほーりこんどいたからなー!」

 ……誰?



 差出人は桜井遥香と書かれていた。

「……本当に『お姉さま』なんて呼ばせてんのかあの人は……」

 最初にこの家に来たときその呼び方を求められたのを思い出す。ギャグのつもりだと思っていたがまさか本当に呼んでいるヤツがいるなんて思わなかった。いや、もしかしたら藤田にそう呼ばれたのを気に入ったのかもしれない。何にしても溜め息の出る話だった。

 まあいいか。そう呼ばせようとする当人は今ここにいないのだし、とりあえず目の前の箱を開けてしまおう。

 ビリビリと包装紙を破っていくとレリが咎める様な視線を送ってきた。むう、別にいいだろ、取っておく訳でもなし、すぐに捨てるんだから。

 そして箱を開けると、中には緩衝材に包まれて二つの物が入っていた。

 一つはソフトボールほどの大きさの球形の機械。もう一つはPDA。

「なんだこりゃ」

 呟いても返ってくるのは首を傾げるレリの動作のみ。箱の中を探っても説明書の類は同梱されていなかった。なのでとりあえずPDAのボタンを適当に押してみる。……まさかいきなり爆発するってこたないだろ。

 ウンともスンともいわなかった。コンソールに何も表示されないし、そもそも起動音すらしない。壊れてるんじゃないよな?

 ひとまずPDAはレリの方に放り出してボール型の機械を手に取ってみる。……こっちはもっとわからない。半分に開く以外のギミックは見当たらず、ボタン一つ付いてない。こんなものだけポンと渡されても部屋の隅で埃を被る以外使い道は――

 ……待った。これ、この機械、

「……どっかで見た事ある、よな」

 呟きは疑問ではなく確認だ。ちらっと見た程度の記憶だが確かに覚えがある。実際に触っていじってみたならまず忘れてないだろうから、どこかに置いてあるのを見たか誰かが持っているのを見たか。……しかしそれ以上はどうしても思い出せない。遥香さんから送られてきた事から察するにミスティ関連の物だと思うんだが――

「――と、そっか。この家にはもう一人オーナーがいたっけ」

 もしかしたら同じ物を貰ってるかもしれない。さっきやかましい二人組も帰っていったことだし訊いてみるか、と腰を上げ輝燐の部屋へと向かった。

 部屋の前に立ちドアを控えめにノックする。

「輝燐、起きてるか?」

「ん……こおりちゃん? 入っていいよ~」

 許可が下りたのでドアを開けると二つの視線が向けられていた。

 一つはベッドの上で寝たままの輝燐。朝に比べれば幾分かマシだがまだ熱が下がりきっていないらしい。

 もう一つの視線の主はベッドの傍らの床に脚を投げ出し座っている。その大きさは小学校低学年位の子供ほど、その姿は青い恐竜。なかなかにシュールな光景だがレリを見慣れてる俺からすればごく一般的な光景である。

 この恐竜の名前はプルディノ。輝燐のミスティだ。

「寝てたか?」

「んー、さっきまでプゥと話してたんだけどね。ちょっとウトウトきてた」

「プゥ?」

「プルディノ。こおりちゃんだってレリーフのことレリって呼んでるじゃん」

「ああ、なるほど」

「プルディノ」ってのはミスティの種類の名前でもあるからな。個別にニックネームを付けておかしいことは全くない。

 しかし、名前まで付けるというその様子からはつい数日前までこのミスティを嫌悪していたなどとは微塵も感じられなかった。完全に和解したのが昨日の事、それからは家の中ではミスティを呼び出しても良い事になったというのは俺にとってもプラスな決定だった。

「あっ、そーだ。ちょっとこおりちゃんに訊きたい事があったんだけど」

「話次第で聞くが、その前にこれ何か分かるか?」

 そう言って遥香さんから送られてきた物二つを見せる。

「何、それ?」

「いや、知らないならいい。で?」

「ああ、うん。なんかプルディノと話してるとね、どうしても言葉が伝わってこないところとか出てきて」

「ああ、『霧の世界向こう』関連の事だろ?」

 理解しようという気さえあればオーナーは共生するミスティと会話する事が出来る。しかし一部、例えば「向こうの世界はどんな世界なのか」などの内容を含む言葉は鳴き声のままで伝わってこないのだ。この現象は『検閲』と呼ばれているらしい。

「なんだ、こおりちゃんとレリーフもだったんだ」

 あからさまにホッとした表情をする輝燐。

「……まあ、一応な」

「……何、その間は? 何、一応って?」

 耳聡いな。

「気にすんな、寝ろ。まだ熱下がってねえんだろ」

「ええっ!? ちょっ、そんな言い方されたらボクかえって寝れないよ! ねえ、眠るまでお話してくれてもいいじゃん」

「……はあ。こんな仏頂面と何で好き好んで話なんかしたがるんだか」

「じゃあこおりちゃんが仏頂面止めればいいだけじゃん。夕べの笑った顔、けっこう、その……」

「………………は?」

 何故か赤面してぼそぼそと口篭もる輝燐だが、その前にちょっと聞き逃せない、っていうか有り得ない事言ってなかったか?

「誰が、何をしたって?」

「え? だから、こおりちゃんが笑ったって」

「……何話でっちあげてんだお前はよ」

「え、えええっ!?」

 驚いた顔で布団を跳ね除け身を起こす輝燐。心外だって表情かおだがそれはむしろこっちのセリフだ。

「そりゃないよこおりちゃん! 折角こおりちゃんも家族って認めてくれたんだと思ってたのに!」

「勝手に決めるな、ただの同居人」

「ね、笑ってよもう一回」

「鬱陶しい」

 なんかの見間違いに違いないのにもう一回と言われてもどうしようもないっての。他人相手に本当の笑顔になるなんて俺には出来やしないってのに。作り笑顔でこの場を凌げるならやらないこともないがそんなものが求められてる訳じゃないだろうし、ああ、それ以前に作り笑顔なんてやった事もねえや。いや、誤魔化し笑顔ならあったかな? 顔引きつってたと思うけど。

「ねえ~、笑ってよー。笑ってくれたらさ、『お義兄にいちゃん』とか呼んであげるよ?」

 …………。

「……何、そのこいつ何言ってんだキモッ! って顔は」

「こいつ何言ってんだキモッ」

「わざわざ言うなあっ! プゥ、フォトンアームっ!」

「きあっ!」

 プルディノの両手が光に包まれる。って、

「待っ」

 ドゴォン!

「ふんっ、こおりちゃんの馬鹿! おやすみっ!!」

 パンチ一発で廊下の壁に叩き付けられた俺の耳にその声とドアが閉まる音が届いた。



 Another eye


「で、説明してもらえますよね会長」

「ん? 何の事だい優姫クン」

「すっとぼけるな」

 うむ、怖いな。

 本日の生徒会活動は終了したが、活動中優姫クンが残るように視線で訴えて、もとい脅していたので今ここにこうして残っている。もっとも、課せられたペナルティの分活動時間内で出来なかった仕事を終わらせなければならなかったので元々残る予定ではあったが。なお、杏李女史も一緒だ。

 バンッと目の前の机に叩きつけられたのは一組の資料。所々にある書き込みの文字は、昔のそれより随分と読み易くなっていた。

「なんなんです、これは」

「女子寮の警備体制の資料だが?」

「そんなことはわかってるんです。私が聞いているのは周防のことよ。――いったいどうやったら初見の場所であれだけの死角を見つけられるというのだ!?」

 戻ってきた杏李女史が渡した資料を見た途端、優姫クンは生徒会室を飛び出した。おそらく――いや、間違いなく女子寮へ確かめにいったのだろう。その人間の意識からもセキュリティからも死角になっている場所を。そして彼女なら、それが正しいか否かの判別も付いたはずだ。

 もちろん、それが下着泥棒と関係があるとは限らない。しかし今問題にしているのはそんなことではなく、周防こおりがそれをいとも簡単に見つけてしまったということなのだ。

「私はむしろこーりんが犯人のような気がしてきましたよ、ふう」

 それは本音とも冗談とも聞こえるな杏李女史。

「優秀な生徒――そんな一言で片付けていい能力じゃないわ。これは異質よ」

 ……それを君が言うかね優姫クン。

「答えて。何者なの、彼は」

 ……何者、か。難しい質問だな。ただの人間と答えればいいか、彼自身が言うように化け物と言うべきか。

「やれやれ、失敗したかな。彼に女子寮の調査を命じたときに君が止めなかった時点でおかしいと思っていたが、ここまで喰いつかれるとは」

 というより僕は反対だったのだが。上の命令じゃなきゃ彼にこんな「実験」はさせなかったとも。

「それは私の台詞よ。倫理観より貴方の真意と調査の結果に欲求の天秤を傾けてしまった挙句、こっちの斜め上をいかれるなんて」

「それがこおりちゃんさ。昔からこちらの予想以上の成果を出してくる。罠にかかってからぶち破るタイプ。呑み込んだ怪物を内側から解体し放り込まれた迷路を粉々に粉砕する。なんだ、本当に優姫クンとそっくりじゃないか、ははは」

 ヒュンッ

「……やっぱり。知ってて彼を生徒会に入れたのね」

 ハラハラと髪が舞い落ちる。僕の顔の数ミリ脇には優姫クンの拳が。……うむ、怖いな。

「知っているとも。忘れるはずがないとも。高みを許容出来たなら惹かれるしかない。どこまでも。許容出来ないなら拒むしかない。いつまでも」

「さすがに誇張しすぎに聞こえますよ、それは」

 杏李女史が苦笑したか呆れたか。まあ仕方ない。こおりちゃん自身が高みを望んでいないのだから。人間と同じ場所を望んで、でも人間以上を自覚してしまったから人間と同じでいられない。

 ……くそ。僕だけは大丈夫などと思った自分が愚かしい。僕らの関係性は悪い言い方をすれば昔を引きずってるだけなのだ。いつ他と一緒になってもおかしくないだろう、馬鹿が。

「しかし会長がそこまで言うというのは興味あるわね。どんな子供だったのかしら」

 ぴくっ

「それはもうっ! 天才、神童、怪物といった名をほしいままにしていたさっ!!」

「……私、聞いちゃいけないことを聞いたかしら」

「世界が広がれば失われるような紛い物ではない、本ッ、物! 故にして特殊、異質であることはむしろステータス!! その彼に僕は一つの称号を送ろう――」

「長くなることだけは間違いありませんね。あ、お茶淹れましょうか」


「――『暴君』と」


 Another eye end



 ……やっぱり一日経ってると相当修復されてるわね。

 心の中で溜め息を吐いて、壁や一部の天井が損壊した校舎を歩く。

 現在の時刻は夜の十一時。夜独特の澄んだ空気や人のいない鉄筋の建物は小さな音でもよく響かせるもので、普通に歩いてるだけでもコツコツとよく靴音が響く。学園の警備システムというのは基本侵入者対策であり、校舎の中は職員室といった特別な場所以外は手薄とはいえ、物音がすれば警備員が見に来るのが当然の事。

 しかし、あたしは誰憚ることなく優雅と言える足取りで校舎を闊歩する。何故なら、今ここにはあたししかいないのだから。

 あたしが構築したこの『霧』の中には。

 あたしがここに来たのは、昨日周防君が戦った痕跡を調べるため。『霧』が散開すれば人体も物質も修復される、とは言うがそのまますぐにその場で『霧』を展開すれば損壊も負傷も復活するのだから。

 このことから『霧』内部はあくまで元の世界のコピーであり、修復された訳じゃない――という説が現時点でメインの説だけど、それじゃ人体が修復される理屈が説明出来ない。また、過去に霧が強制的に解除された際、損壊も負傷も修復されず元の世界に現れた、という事例があるらしい。ミスティと同様、霧にもまだまだ解明されてない部分が多いってことね。

 閑話休題。

 本当なら昨日周防君が出てきたすぐ後に現場検証をしたかったのだけど、『ブリッジ』の動きが思った以上に早く、この時間になってようやく監視が手薄になったのよね。霧の中の損壊は時間経過とともに修復されていく。当然、一日も経ってれば事件直後とは随分様子が変わってるわ。

 それに相手の情報も入ってきてないし。周防君のミスティにしても、姿形とクラスしかインデックスでも閲覧できないし。これじゃどこまでが周防君でどこまでが相手側からの被害なのかもわかりゃしないわ。どうやら周防君が関わる件に関して、ブリッジはとことん情報開示を渋るらしいわね。同盟を結んでいるはずの『教会』にも彼を招聘した目的が明かされていないし。……その辺りを探るのもあたしの仕事だけど。

 ……周防君を連れてきた上で霧を展開すれば負傷具合くらいわかったかしら。

 意地の悪いことを考えて、そろそろか、と見切りをつけた時、

「――また霧が現レてたから何カと思えバ……」

 届いた呟き声にばっと振り返る。キラリと反射光が目に映り、反射的に腕で顔を庇う。

 ドスリ、左腕に熱く鋭い痛み。

「くうっ」

 呻き声を歯を食いしばって抑え、腕に刺さった刃物を引っこ抜く。本来なら出血量が増すためやっちゃいけないことだけど、現状だとそのままにしていた方が後で面倒なことになる、と考えたからだ。

 視線を戻し、この傷をつけた相手を睨む。

「オネーサマのカタキを探してイる時に、余計ナ時間を取らせテ……」

 メイド服に仮面、ね。どこの仮装大会よ。似たような格好を見慣れてるから驚きはしないけどね。

「しかモ、コーリを探ル気ダッたな? 不遜な輩メ」

 その両手にすっ、とあたしの腕に刺さったのと同じ凶器が現れる。両手合わせて計六本。

「少々痛イ目を見るがイイ!」

 投擲――想定よりずっと速い!

 ぐっと身を屈めて回避。仮面メイドがさらに刃物を取り出して突っ込んでくる。

「おとなシク制裁を受けロ!」

「お断りよ!」

 突き出された刃物を、右手で持ったままだった刃物で受ける。けど速度と体重の分押し負け、腕ごと弾かれた。

 振り上げた刃物が、振り下ろされ、

 次の瞬間、メイドの姿が視界から消えた。

 いや、この空間から消えた――それも違う、あたしの現在地が変わっていた。

「……ふう、ギリギリね」

 とは言いつつも特別焦りなんかはなかった。散開時間リミットが近いことは把握してたもの。

 霧が解除された際、中の人間は基本的には霧に入った地点に戻される。だから不用意にアライエスを呼んで情報を与える真似もしなかった。

 腕から刃物を抜いたのは、元の世界に戻っても刺さったままという可能性があったから。実際、銃弾を受けた先輩が、元の世界に戻って傷が修復されたとき、体の中に銃弾が残っていて結局手術を受けるはめになったというケースがある。

 ……とはいえ、傷が治っても刺されたことには変わりないわけで、痛みが残ってるんだけど。

 ……あのメイド、「また」って言ってたわね。それに周防君を知ってるみたいな口振り……昨日のこと何か知ってるかしら。まさか現場に居たとか?

 追うべきか……いえ、止めときましょう。相手のミスティも分からない状態で、不要なリスクは犯すべきじゃない。それにあんな危ないの、捕まえてもろくに話も聞けないでしょうし。

 けど今度対峙するようなことがあれば、と右手に持ったままの刃物を見る。

 フォークは武器じゃないって、しっかりしてあげないといけないわね。

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