第六話 今度こそコスプレです

 帰ったら、玄関に大量の靴が並んでいた。

 ……まあ、輝燐が何人友達を家に連れ込もうがあいつの勝手なんだが、晩飯の準備は二人分+αしかしていない。今から追加されてもどうしようもないからな。

 リビングのドアを開いた。

「お帰り、こおりちゃん」

「お邪魔しているよ」

「お帰りなさいませ、こーりん」

「おかえりー」

「邪魔しとるでー」

「遅いわよ、周防」

「…………」

 キョウに杏李先輩、藤田と乾、獅子堂までいる。どいつもこいつも知った顔だった。

「で、何の騒ぎなんだこれは」

「違うぞ周防。騒ぎはこれから始まるのだよ」

「あっそう」

 まあ勝手にやってくれ。

 とりあえず買ってきたものを冷蔵庫に、って、おい。

 藤田に買い物袋を取られ、輝燐と乾にぐいぐいと部屋の中央まで押し出された。

「今日の主役がどこへ行く気よ。いいからそこに座りなさい」

「主役?」

 と、気付いた。テーブルの上には既に料理が並べられていた。手で取って食べれるものがほとんどの所謂パーティー料理。その中央にケーキが1ホール。

「誰かの誕生会でもやるのか?」

「あなたが主役だって言ったでしょう」

「あれや、あれ」

 乾が指差した先。そこに掛けられた垂れ幕。

『よーこそこーりん』

 …………。

「藤田が書いたな」

「おーいえーす!」

「って、まずそこかい!」

「まあ、状況は理解した」

 これは、確かに俺がいなくちゃ話にならないだろう。もう準備は整ってる上、特に立ち去らなきゃいけない理由もない。

 素直に席に着いた。順次皆も席に着き、一人輝燐だけが立ったままごほんと咳払いした。

「えー、それでは。これより周防こおり君の歓迎会を行います。つきましては、乾杯の音頭を不肖、ワタクシ桜井輝燐が」

「かんぱーい!!」

 藤田の音頭で全員が高々とグラスを突き出した。

「うあーーーーん! お約束はしないって言ってたのにー!!」

 輝燐が大泣きしてグラスの中身を一口で空にした。

「……お前、風邪はどうした」

「なに野暮言ってんのさ! 折角のパーティーで微熱くらい気にしてらんないよ!」

 ……まあ、本人がいいって言うならいいか。どうせ明日も休みだし。

「ほら、こーりんも早くグラス空けてくださいな」

 杏李先輩が横からひょっこりと顔を出す。その手には2リットルサイズのペットボトルを抱えて、って、

「なんですか、その格好」

「うふふふふ、今日はこーりん専属のメイドさんなのです」

 そう言ってひらりと一回転。またか、またメイドなのか。俺をメイド好きにでもしたいのか、あるいは俺をメイドにでもしたいのか。……うん、想像したらかなりキモい。

「うおおおーーい! こっち空ですメイドさーーーんっ!」

 乾が鼻息荒くして手を振っていた。関西弁付けるのも忘れるほど興奮してやがる。

「ダメです。今日はこーりん専属だって言ったばかりじゃないですか」

「いりません。勝手に飲んで勝手に食います」

「ホラこおりはんかてそう言ってはるやないですかー! 是非わいの方にっ」

「ですから、これはこーりんのですって言ってるじゃないですか」

 そう言ってペットボトルを守るようにその豊満な胸へと抱え込んだ。ただでさえ胸元が強調される衣装だっていうのに、ペットボトルに潰されてさらにエロい、いやエラいことに……

 ブシャッと乾が鼻血を噴いた。

「…………はっ!?」

 思わず凝視していた事に気付く。しかし目を逸らすことも出来ない俺の目の前で杏李先輩の口元が扇情的に動く。

「ねえ、こーりん? 貴方のメイドさんに何をして欲しいですか?」

 ……………………ごくり

 思わず生唾を飲んだところで、

 ぽん。

 肩に置かれた手から全身へと急速に危険信号が駆け抜けた。

「石崎先輩、流石にそれ以上黙って見ている事は出来んぞ」

「あはは、少しおイタが過ぎましたか」

「伊緒はもーすこしみてたかったぞー」

「藤田っ!」

 目の前で女性陣が何やら騒いでるがそちらに処理を割く程頭の中に余裕は無い。警戒発令アラートがガンガンに鳴り響いているにも関わらず身体は金縛りに遭ったかのように動いてくれない。

 そして、審判の時、来る。

「こおりちゃんの、節操無しーーーっ!!」

 また、俺の身体は宙を舞った。てか、藤田に邪魔された鬱憤まで俺にぶつけるんじゃねえ。



「…………」

「まだ機嫌直らないの、こおりちゃん」

「別に」

 皆お行儀よくテーブルに着いていたのは最初だけ。パーティーはいつの間にか立食形式になっていた。壁にもたれかかっていた俺に静々と話しかけてきたのは輝燐。

「でも、だって口数少ないし無愛想だし」

「普段からだろ」

「でも、パーティーだし、だからいつもよりも楽しそうにしててもよさそうなのに……」

 なるほど、そういう理屈になるワケだ。

 でもな、本当にさっきのはもうどうでもいいんだよ。

「お前はさ、他人のパーティーを見てて楽しいの?」

「…………」

 痛々しそうな表情になる。それに対しても「ああ、悲しいのか」と感想は抱いても感情は出て来ない。

 遠い他人事。

 輝燐がとぼとぼと去っていく。彼女は俺の感覚改善に努めようとしているらしいが甘いのだ。会食くらいでは、むしろ感覚を引き立たせるくらいにしかならない。

 ……にしても、アレは凄まじかった。

 輝燐のパンチではなく杏李先輩のアレ。生徒会室で何度か間近に寄られてももう軽く流せるからとっくに慣れたと思ってたが、今日のは破壊力が段違いだった。恐るべし、巨乳。

「あまりふしだらな事考えてると今度は私が殴るわよ、周防」

「うわっ、獅子堂! ……先輩」

「呼び捨てでいいわよ、同い年なんでしょう。思えば石崎先輩にだけ敬語なのは彼女だけが年上だからだったのね」

 そう言って俺の隣に並ぶ獅子堂。

「……どこから?」

「あなたの幼馴染み。周りに余計な気を遣われると疲れるから隠してるって」

 そういう事になってるのか。「気を遣わせたくないから」じゃなく「疲れるから」って辺り俺の台詞っぽさが滲み出てる。

「キョウに何聞かされた」

「天才とか、神童とか。彼、あなたのこと随分崇拝してるみたいよ」

「その割に扱いが荒いがな。話十分の一に聞いとけよ」

「大丈夫よ。人の心が読めるなんて与太話信じる方がどうかしてるわ」

「俺はときどき皆が俺の心を読んでるんじゃないかと思う」

「周防が顔に出易いだけよ」

 そんなに出てるか。

「今、周防は『そんなに顔に出てるか』と思った」

「やめてくれ、気が滅入る」

 でも。

 顔に出るのは全部どうでもいい他人事だ。

 レリについて追求されたところで手掛かり一つ浮かべない。

「……ありがとう、周防。正直、あなたはこうした会を開いても参加しないかもと思ってたから」

「参加しない理由がなかっただけ。今ここにいるだけと思ったほうがいいよ」

「……別にいい。ただそれを皆には言うな」

 もう輝燐には言ったようなもんだけど。それに「いい」って言う割には口調が乱暴になったし。こいつも俺並に分かり易いよな。

「俺には副会長殿が参加してる事の方が不思議なんだが」

「あら、今日は副会長として来たんじゃないわ。ミス研新入部員を歓迎に来たのよ」

 …………ん?

 イマ、コノヒトハナントオッシャイマシタカ?

「えー、俺は間違ってもミス研に入った覚えはないとまず強調しておきますがその前に、何故貴女がミス研の新入部員を歓迎するのでしょう?」

「何言ってるの。私がミス研部員だからに決まってるでしょう」

「……………………獅子堂が壊れた!」

「失礼な事をぬかすな!」

 くそう、この場は不意打ちが多すぎるぜ。

「人がどの部に入ろうが勝手だろう! 余計な詮索をするな、いいな!!」

 完全に同意。

「それはおいといて、入部届けとか出してないし。藤田が勝手に言ってるだけだ」

「……私のほうから藤田に注意しておこう。もっとも、素直に聞くとは思えないが」

 鬼の副会長を無視か。馬鹿か大物だな。そう呼ばれる奴って大抵馬鹿だが。

「ところで料理の方はどう? 私と藤田でつくったんだけど」

「ん? そうなのか?」

 てっきり買ってきたものだと思ってた。だから何も言わなかったんだけど。

 そうか、それなら言わせてもらおう。

「平均三十点。ついさっき飲んできた美味い茶を台無しにされた気分。人を祝うならこの倍は腕を磨け」

 ――うん。周り中から「空気読め」って視線を感じるな。

「忠告は受け取ろう。しかし言葉は選べ。不必要な恨みで背中から刺されたいなら話は別だが」

 そう言い残して離れていく獅子堂。月のない夜道には気を付けよう。



 カクシゴト。

 二つの隠し事。

 レリーフ。大勢の一つになることで一人だけの隠し事ではなくなった。

 もう一つ。誰にも知られてはならない。

 隠し通せ。化け物であっても、人でありたいなら。

 認めるな。化け物であっても、人でありたいなら。

 誰にもだ。

 そう――『誰』にも。

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