第2章 Tree × Aries

第一話 周防こおり逃がすべからず

 カタカタ、タンッ

 キーボードを打つ手を止め、書き上げた報告書を一通り見直す。

「……ふう」

 目に疲労を感じて目蓋の上から押さえ、椅子の背もたれに体重を預けた。ギッと軋む音に慌てて姿勢を正す。

 このボロっちい木製の椅子が壊れたとして、代わりの椅子を買う予算は無いんだから。

 椅子だけじゃない。慎重に歩かないと抜けそうな床も、そこかしこから雨漏りする天井も、それを理由に予算の上乗せを申請したところで色よい返事が返ってこないことは、『教会』の財政事情を大まかにしか知らない新米のあたしでも予想が着く。我が家ウチで最も高価なものは、あたしの目の前のノーパソだ。

 ま、そんなの今に始まったことじゃないものね。正式に修道騎士になって――つまりここでの一人暮らしの期間こそわずか一年弱だけれど、貧乏暮らしは今に始まったことじゃないもの。

 だから、そんな新米にこんな大役が任されるとは正直驚いた。

 『最強のミスティ』。『凍王』。『白銀の死神』。

 数々の呼び名を持つミスティと『最高のオーナー』、周防こおり。

 その少年が編入する学園、学年、クラスまで同じだったことが、あたしが彼の監視を任命される理由となった。

 本当に監視、観測、あるいは連絡役以上は期待されてないのだろうけど。

 けどそんなこととは関係なく、あたしはその任務に歓喜した。

 浮かれ気分は前日のうちに消し去った。

 緊張を持って迎えた当日の朝――期待は失望へ転落した。

 ピークに達したのは。二対一とはいえ、劣勢を跳ね返す気構えすら感じられなかった。

 こんな堕落した人間に、あたしが劣っているなんて思えなかった。

 そんな人間に、負けた。そんなの、認められるはずがないじゃない。

 だから、行動に移した。結果は失敗に終わったけど。

 ……放課後に学園へと戻る周防君を見つけたのは本当に偶然だった。

 学園からは『霧』の気配。そこへ通常とは異なる手段で侵入する彼。

 数十分後、彼は桜井さんとともに出てきた。

 そこで何があったか、予想はつく。となると、やはりあたしも侵入したほうがよかったか。

 手助けをするためじゃない。彼の力を見極めるために。

 でも、あたしがあの場にいたの気付かれてたらしいし、下手に隠れて警戒されるのも厄介よね。そう考えたから結局踏み込まなかったんだけど。

 ……やっぱり安全圏から監視し続けるより、当事者になるべきかしら。といっても、彼に直接ぶつかるのは無理だし……

 そこまで考えて気が滅入った。はあ、やっぱり報告行ってるわよね。だとするとあたしが報告を隠したところで、叱責が余計に増えるだけだし……

 全部周防君の所為ね。今度会ったらただじゃおかないわ。

 そう結論付けて、送信ボタンを押した。



「三十八度五分」

 体温計の表示から正面の女の子へ目を移す。パジャマ姿の体は布団の中、彼女のトレードマークであるサイドポニーは下ろされている。顔は紅潮し、額には濡れタオル。

「立派な風邪だな」

「わかってるよ……」

 億劫そうに返事をするこの女の名は桜井りん。俺の同居人だ。

 子供の頃起こした事件以来、度々引越しと転校を繰り返す生活を送っている由緒正しい高校一年生であるところの俺、周防こおりが輝燐の義姉である遥香さんに引き取られてまだ一週間にも満たないところ。

 どうやら彼女らは俺を家族とみなしているようだが、俺の視点では居候という意識である。昨日その点で輝燐がいろいろ熱弁を揮ってたが、未だその関係は変わっていない。

 さて、その彼女だが、俺が朝起きるとベッドの中で赤い顔でうんうん唸っていた。起きられないくらいだるいとの事で額に手を遣ってみるとこれがまた熱い事。

「気が抜けたら疲れがどっと出たカンジ……」

 こいついざ何かやるとなったら豪快なクセに繊細なとこあるからなあ。

「こおりちゃんなんて寒空の下屋上でぼーっと突っ立ってたのに……」

「俺は寒さに強いんだ」

 ちらと時計を見る。時刻は九時になったばかり。

「それにしても気を付けろよ。俺がこんなに朝早く自力で起きてきたなんて奇跡に近いんだから、本当なら昼頃まで誰にも気付かれる事なくベッドの中で動けなかったんだぞ」

「それは、偉そうに言う事じゃ、ないと思う……」

 突っ込める余裕があるなら問題ないだろ。

「きああ」

 台所から呼ぶ声が聞こえた。三分経ったか、レトルトパッチのお粥が出来上がった時間だ。本来ならこういうものに頼るのは俺の主義に反するのだが、寝起きの俺の味覚は馬鹿になっていると自覚している。幸いにもこの家は俺が来るまで手料理というものに縁がなかったおかげでその手の買い置きには事欠かなかった。

「食ったら薬飲んで寝ろよ」

「レトルトあ」

「我慢しろ」

 部屋を出ると入れ違いにが部屋に入っていった。……今爪の先に抓んでいた物は俺が今まさに取りに行こうとしてたものじゃなかろうか。

「それそのまま飲むモンじゃない、ちっ!」

「きあっ!?」

 ……なにやってんだか。とりあえず皿とスプーンと、雑巾も取ってくるかな。



 朝食を食べて間もなく、俺の携帯が着信音を響かせた。表示されている名前は、石崎杏李。

「…………」

 この電話を取るべきか取らざるべきか、数秒思案する。この外面だけ清楚な、中身真っ黒の先輩との会話が、俺にとって愉快な方向へ転ぶ場面がどうしても想像出来ないからだ。

 結局、通話のスイッチを押した。ここで無視して、家まで押しかけて来られるような可能性を考えれば電話のほうがまだマシだ。

「もしもし」

『おはようございます、こーりん』

「……おはようございます」

 折り目正しい朝の挨拶。実際に電話の向こうで頭を下げているんじゃないかと思わせる涼やかで落ち着いた声を聞いてもなお警戒感が抜けないのは、俺の猜疑心が強いだけ、じゃないだろう。

『ご機嫌がよろしくないようですが、もしかして寝起きでいらしたのでしょうか?』

「いや、今日は起きてましたよ」

 暗に普段は寝てる時間だから電話なんかかけてくるな、と言ったのだが伝わらなかったのか無視してるのか、「そうでしたか」と一言で流された。

『では、今日一日何かご予定はお有りでしょうか?』

 話が一段飛んで一気に怪しくなった。

 ここで再び思案。適当な用事をでっちあげるか、正直に話すか。……虚実織り交ぜるのがベストか。

「……実は輝燐が風邪を引きまして。今日は一日看病に追われることになりそうです」

 風邪を引いたのは事実だが付きっ切りでいるほど重病じゃない。

『あら、それは大変です。わかりました、そういうことでしたら』

「はい」

 意外なほど素直に引いたな。

『すぐ、ご用意いたしますので』

「はい……はい?」

 と思ったのも束の間、用意? 何の用意?

「準備って」

 聞き返すも、受話器の向こうからはツーツーとお馴染みの音。……無闇に不安を煽り立てやがるあのアマ。

 そして判決を待つ被告の気分で、特に何をする気にもなれずリビングで過ごすこと二十分、小槌が打ち鳴らされるが如く玄関のチャイムが鳴った。……誰が来たかなんて、クイズにもならない。

 ……すっげー無視してえ……。

 けどなぁ、さっき俺はずっと家にいますって自白してたようなもんだし。買い物って言い訳が通用する時間帯でもないしなあ。

 諦めるしかない。玄関までのったり歩くことでせめてもの抵抗を示してやる。そんなもん意に介する女じゃないだろうけど。

 鍵をガチャリと開ける。すると、

「キリン、いきて――」

 間髪入れず開いた戸からアホ毛が吶喊してきた。

 ガインッ

「ぶへっ」

 しかし、チェーンはかかったまま。勢いづいて止まらなかったのか、突っ込んできたアホ毛がドアと壁に顔面を挟まれていた。

「ふごおっ!」

 無駄に勢いづけて変形した顔を引っこ抜く。両頬をさすりながら蹲ったアホ毛はクラスメイトの藤田伊緒だった。

「……何やってんだお前」

 いや、それ以前に何故こいつがここに?

「とりあえず、チェーンを外してくれませんか、こーりん?」

 と思ったら、藤田の後ろに杏李先輩が。

「…………」

 訝しみながらも一度ドアを閉めてチェーンを外す。同時に玄関脇へ退避。

「キリン、いきてるかー!」

 予想通り、すぐさまドアが開き藤田が飛び込んできた。一直線に輝燐の部屋へ。靴ぐらい揃えてけよ、ったく。

「伊緒さんは元気ですね」

「あいつは風邪と無縁でしょうね」

 プルディノ見られてないか、と少々心配になったが、まあその辺はあいつも今まで気を付けてた事だろうし、大丈夫だろ。

「では、これでもう何の心配もございませんね。参りましょう、学園へ」

「…………はい? 学園?」

 何を言ってるんだ、この先輩は。今日は土曜日、週休二日制の例に漏れずこの学園も休みのはずだ。

「はい、学園です。正確には、生徒会です」

「げ。うちの生徒会って休日にまで活動してるのかよ」

「いえ、特別な行事がなければ普通にお休みですよ。ただ、今回は緊急の召集なのです」

「それでわざわざ家まで。ご苦労なことです」

 受験生じゃないのか、この人。……あ、推薦受かってるんだっけ。要は暇人か。

「そんな用件ならさっき電話で伝えればよかったじゃないですか」

「そうしたらこーりん、お逃げになるのでしょう?」

「当たり前じゃないですか」

 平日ですら面倒臭いのに何故休日まで出頭せねばならんのか。

「実に堂々としていらっしゃいます。それでこそこーりんです」

「――だがもう少し周りに気を配ったほうがいい」

 ……なんかこんな展開、覚えあるぞ。

「私の前で堂々とサボり宣言をして、逃げられると思っていないだろうな、周防」

 キイッと大きく開かれるドア、さっきまで陰になっていた場所にそいつは立っていた。

 ショートヘアにヘアバンド、眼鏡に堅物な性格と見事なまでの委員長の見本。霧学の女帝、生徒会副会長獅子堂優姫。

「……えーと、おはようございます獅子堂先輩」

「ああ、おはよう」

「改めておはようございます、こーりん」

 朝一番の挨拶がとても空々しかった。

「あー、獅子堂先輩? 杏李先輩には伝えたんですが」

「聞いている。私たちも、用事のある人間にまで突然来いとは言えないわね」

 よし。獅子堂は決して理不尽な奴ではない。こちらに相応の理由があれば譲歩してくれる。

「石崎先輩の言う通り先に電話しておいて良かったわね。桜井の看病は藤田が快諾してくれたわ」

 ……先に理由のほうを潰されてた。

「……なんで獅子堂先輩に協力したんですか、杏李先輩」

 小声で訊く。この人はもう引退した身で、度々生徒会室に出てきてはいるものの仕事には関わっていないという話だ。俺の捕獲に協力する理由はないはず。

「つい、面白そうでしたもので」

「…………」

「というのは冗談で、わたくしの身の回りにも関わる案件でしたので」

 絶対に本音だった、さっきのは。

「時間が惜しいわ、さっさと用意してきなさい。念のためもう一度言っておくわ――逃げられると思うな」

 この副会長は怒ると言葉が乱暴になるという癖がある。

 否やは、言いようがなかった。



「……あのさ、俺を捕まえるのに必要な体力と時間を生徒会の仕事に充てた方が遥かに効率的だと思うんだけど」

「周防が逃げなければいいだけの話なのだけれどね。あ、協力ありがとうございました石崎先輩」

「いいえ、お構いなく。萎縮されたこーりんを拝見出来る機会はそうそうありませんので」

 性格悪ぃな、この人。流石に獅子堂も同意のようで呆れた視線を向けている。

 生徒会室に着いて俺の両隣にこの二人が座っている。ここまで来たらいくらなんでも逃げやしないっての。

「逃げたばかりだろう、この間」

 ぎろりと睨まれた。また顔に出てたか。

 ……にしても女二人、それも片方は学園の人気美少女(外見だけは)に挟まれてる俺って、周りからはどう見えてるんだろうね。さっきから視線が突き刺さってるんだが。まあ、どうでもいいけど。

 どうでもいいついでにざっと見たところ、出席率は八割ってとこか。……俺を半ば無理矢理連れてくる意味あったのか?

「で、周防。早速だけど下着ドロに心当たりはある?」

「は?」

 いきなりの話に面食らう。そこへ杏李先輩が説明を入れた。

「昨日の昼間寮に泥棒が入ったみたいなのですよ。女子寮のベランダに干されていた下着が片っ端から盗まれていたそうなのです。酷い人は室内を物色された形跡まであるそうです」

 伝聞口調から鑑みるにこの人は被害に遭わなかったクチか。

「して、本日は予定を変更し生徒会は臨時に捜査本部を設置する事となったのだよ」

 がらりと扉が開かれ、入ってきた男子生徒。名前を遠見京之介、俺の幼馴染みでこの学園の生徒会長、なのだが……。

「何その荷物」

 キョウのその手には何故かコピーしたプリントの束が。そういうのって下っ端の仕事だろ。

「ペナルティさ」

「偉そうに言うな。昨日午後の授業をすっぽかしたんだ、この男は」

 はあ、それで獅子堂の怒りを買った、と。くわばらくわばら。

「……で、下着ドロ? そんなもん警察に任せとけ」

「ふざけるな! こんな辱めを受けて黙ってみているだけなんて霧学生徒会の名折れだっ!」

 獅子堂のこめかみに青筋が浮かぶ。ああ、なるほど。

「獅子堂先輩は盗まれたクチか」

「……で、前科のある周防をまず締め上げてみようという意見が出てた訳だが、尋問は私が行って構わないな」

「待て待て待て待て尋問ってあんたってか前科って何そもそもその意見はどこからそれは八つ当たりに過ぎないぞ!」

 拳を鳴らす元空手部の副会長に危険を感じ思わず早口に捲し立てる。

 落ち着け、俺。意見の出所なんて、こんな事を言いそうな奴は二人しかいないだろう。

 プリントをクラス毎に纏めてる現会長ヤツと隣に座ってる元会長ヤツ

「仕方ないですよ、こーりんは覗きが趣味の変態さんですから」

「他人の趣味を捏造するな」

 まだそのネタを引っ張るか。

「大体俺は寮なんて近づいたこともこれから近づくことも無い。全くの無関係だ」

「……念の為に聞いておくけど、昨日の昼休みはどこにいたかしら? どこにも見つからなかったけど」

 一昨日生徒会をサボった件で探されてたんだっけ。

「今後の為にも秘密。ただ学内にはいたぞ。輝燐に聞きゃ裏は取れる」

「……もう、見つけたら連絡してって言ったのに」

 獅子堂は眉間を揉みながら溜め息を一つ。大分落ち着いて冷静になってきたみたいだ。

 すっと女子生徒が俺の前に紅茶を出した。そういえばいつもは席に着くと同時に出されてたっけ。容疑が晴れるまでお預けしてたってところか。

「む? 来ていたのか真砂クン。てっきりキミは休むと思っていたのだがね」

「私も寮生だから。放置出来ない」

「しかし真っ先に確認されるとは俺って信用ないみたいだな」

 紅茶を啜りながら軽く言った。皮肉る様な口調は一切無くまるで他人の評価をするような感じで。

「……周防、そういうのはあまりよくないわ。濡れ衣を着せられた事への受け止め方は自由だと思う。無関心だって構わないと思う。けど、あなたのは……何か違うわ」

「ふぅん」

「……暖簾に腕押しだな」

 静かなまま口調が変わる、ってのは初めて見るパターンだな。それはともかく、言わんとすることは分かる。

 俺は『化け物』だが、同時に『人間』でもある。故に自分自身の事すら遠く他人めいて感じられる。危機意識の低さといったものはおそらくそういった点が起因していると思う。

 正直、これは最早本能レベルで染み付いてる。これがなくならない限り輝燐の言う家族というのには到底なることなんて出来ないだろうな。

「さて、一通り周防をいじったところで本格的に話し合いと行こう。犯人は内部の人間と思うがどうだ?」

「ええ、残念な事ですが。この学校って寮も校舎も無駄に高いセキュリティを備えてますからね。必然的に寮の中の人間が犯人という事になるでしょう」

「……そうなんですか?」

 隣の杏李先輩にだけ聞こえるくらいの声で囁く。二度も校舎内で襲われている身としては素直に信用できない。まあ、確かにどちらも内部犯ではあったけど。

「ええ。まず普通の人間は入って来られないと思いますよ」

 つまり、侵入者があったならそれは普通の人間ではないということか。

 そうやってぼそぼそと話していた間にも会議は進んでいた。それはいいが、この会議すぐには終わりそうに思えない。いつになったら帰れる事やら。

 と、そんな事を考えていた俺の目の前にぽんと書類が置かれた。

「?」

 条件反射的に手に取って見るとそれは学生寮の見取り図のようだった。他にも現場の写真、警備システムの詳細なんてものまである。生徒会つっても所詮学生だろ、こんなもん見せていいのか。

「そんなに暇なら現場検証でもして外から入れる余地がないか確認してきたまえ。終わり次第帰っていいだろう」

「俺が女子寮になんて入っていいのか」

「杏李女史が同行するなら構わないだろう」

「私は構いませんが、キョウさんは外部犯とお考えなのですか?」

「念の為だよ。いい機会だから洗い直しておくのもいいだろう」

 俺の肩にぽんと手を置きはははと笑うキョウ。一日雑用の癖に。

 まあいい。会議に参加するよりは楽だろう。

「では参りましょう。現場検証ということは姫さんのお部屋にお邪魔したりもするのでしょうか」

「……外回りや廊下だけで勘弁してください」



 学生寮は学園がある高台から坂を下ってすぐにある。周囲に雑木林が広がるほど馬鹿でかい敷地を持つにも関わらず学園の傍に建てられていないのは、万一どちらかが大規模な襲撃を受けた際に一網打尽を防ぐためだろう。

 私立霧群学園は全国からオーナーを集めた保護施設であると同時に、彼らを狙い来る人間を迎え撃つための戦場だ。その為中心街から離れた場所に広大な敷地を陣取っている。『霧』を喚べば隠蔽工作の必要すらないとはいえ、出来るだけ戦いやすい環境を整えたいというところだろう、廊下の幅も普通の学校よりいくらか広い。それに制限時間が来ても戦いが終わらないという可能性もあるし、そもそも『霧』を張らずに戦い出すこともある。やはり戦いに適した場は必要なのだろう。

 そんな訳で学生寮は全寮制ではないのだが、ある種の生徒オーナーは絶対に入らなければならないらしい。十分電車通学できる距離に実家があるキョウだって寮住まいだ。例外は学園が属する組織の人間である遥香さんが保護者になっている俺と輝燐くらいのものだろう。

 言い換えれば、寮へ行くというのはと鉢合わせる可能性があるということで。

 杏李先輩に案内されてまずは外観を一回り。下着ドロの影響か冬場だからか、ベランダに洗濯物は干されていなかった。

「残念でしたね、こーりん」

 無視。

 次に重い足取りで屋内へ入る――と。

「……ここ女子寮よ。なんであんたがいるのかしら周防君」

 玄関先でその少女と鉢合わせた。てかすっごい蔑みの目で見られた。

 俺の隣の席のクラスメイト。小柄な女子。幼い顔立ち。後頭部から二つ揺れる尻尾しっぽのような髪の色は銀。名前は確か……

「もしかしたら昨日起こったっていう下着ドロの犯人があんたなの? 犯人は現場に戻るって言うものね。それともその手に持ったデジカメからすると今度は盗撮かしら」

 仕事用にとキョウに渡されたものだったが、成程、おれが持ってるとそう思われなくもないか。

「生徒会室での事といいなんとなく俺のイメージってそんなのみたいだな。とにかく外れ。この人と一緒に生徒会の仕事だよ」

 そう言って後ろにいた先輩を指差す。

「ああ、石崎先輩。お仕事ご苦労様です」

「いえいえ、どういたしましてこころん」

 ああ、そうだ。こころん……じゃなくて、明野だ。明野心。

 態度をコロリと変えた明野がねぎらいの言葉をかけると先輩はぺこりと会釈で返す。知り合いなのか? あだ名で呼んでるくらいだし。と、表情に出たのか杏李先輩が答えてくれる。

「伊緒さんがそう呼んでいますから。実際にお話した事はあまりありませんね」

「あたしは少し話してみたいと思ってましたよ。生徒会長を務めたほどの優秀さと人望の厚さ、何より古代種エンシェントを従える『ブリッジ』の若手有望株ですから」

 明野は言葉に敬意を含ませながらも、その瞳を挑戦的に輝かせている。その言葉の中に、いくつか彼女がある種の人間であると示すワードが入っていた。

 そう、明野もまた『ある組織』に所属するオーナーであり、

 昨日、真っ昼間から俺に挑みかかるという暴挙をかましてくれたのだった。

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