第十二話 死神と仔竜

 改めて言うまでもないことだが、オーナーはミスティと二人一組だ。

 一般的にミスティの思考能力、知能指数はそれほど高くない。SA、FAの発動はオーナーの指示無しでは発動出来ない。これらの事情から必然的に、戦闘時においてオーナーが司令塔の役割を果たすことになる。

 しかし、オーナーは所詮人間だ。身体能力、特異性など、戦闘能力においてミスティより遥かに下回っている。

 故に、標的ターゲットにされミスティが防御に釘付けにされるなどという、足手纏いと化してしまうケースは決して珍しいことじゃない。そうさせないよう戦うのが戦闘技術であり、司令塔たるオーナーの腕の見せ所だ、と言ってしまえばそれまでだが。

 しかし、そもそもそんな常識セオリーを無視出来る人間がここにいた。


「フッ」

 浅く息を吐き出すとともに大鎌を振るう。魔獣のミスティは受け止めるという選択をせず射程外まで引く。

 振り切った鎌を返し、踏み込んで斬り上げ、に移る前に飛んできたフォークを柄で弾く。

 その間に踏み込んできたミスティ、その刃を氷の腕でいなし、柄で打って間合いを開く。

 魔獣はそれに逆らわず、大きく跳んで距離を開けた。

「ヘル、ブラックシックル」

 魔獣の右腕ブレードが一瞬で黒く染まり、振り下ろしと同時に黒い刃が飛んでくる。

 鎌で迎撃、破壊。だが終わっていない。両腕からを感じ取る。

 続けて両腕から黒刃が二発、放たれる直前に射線からずれ、お返しに氷の鎌と重なって形成されたもう一枚の刃、それを鎌を振り投射。

 ブレードで破壊。その合間に距離を詰め、大鎌を振るおうとしたところにナイフとフォークが飛来。撃墜。

 踏み込んできたミスティへ大鎌を突き出す。交差した刃で止める。

 鍔迫り合い。

 俺とメイドたちの戦いは屋上へ場を移していた。一応校舎の外だが、ここもまだ霧の中。その証拠に、天上に広がるのは瞬く星ではなく濃い橙の霧。

 本格的な戦闘になり、メイドは完全にミスティの支援へと回っている。こちらの虚を突くタイミングでが飛んで来る。

 ……もっとも、から完全に虚を突く、というのはかなり難易度が高いと思うが。

 ともかく、先程のような接近戦を挑んでくるようなことは一切しない。そしてそれが当たり前だ。

 ミスティ相手に前面に立つ人間なんてそうはいない。

 ――俺みたいな、特殊な事例を除いて。

「流石だヨ、コーリ」

 均衡による停滞。生まれた空隙を見計らったのか、メイドが仮面の下の口を初めて開いた。

 くぐもってはいるが、明らかに少女の声。片言だが顔が見えない以上外国人だと断定は出来ない。

「限定同調……アノ教会騎士筆頭の固有技能を会得してルなんテね」

 ギリギリとせめぎ合いを演じる大鎌と氷の右腕にその視線が注がれている。

 ――古代種エンシェント

 その名が示す通り、霧の世界における古代に存在したミスティ、その生き残りの種族。

 彼らの特徴として現代に誕生したミスティが持たないいくつかの特性を有している事が確認されている。

 オーナーと共生関係を結んだ古代種エンシェントは自らの意思で扉を開く事が出来る事。

 武器への変身能力を有する事。

 そしてシフト能力。

 正確には太古の姿への帰還というのが正しい。通常シフトというのは一方通行の変化だ。しかし古代種エンシェントは向こうの世界から『発掘』された物質の使用やミスティ同士の融合といった手段により一時的なシフトを行う事が出来る。

 だが、今回の場合――ミスティと人間の一体化というシフトは当然「回帰」というケースに当てはまらない。現代において新たに発見、あるいは開発されたシフト形態だ。

 そして、俺とレリはその融合をあえて不完全に留めている。

 理由は単純――強力すぎるからだ。

 不用意にシフトすれば、余波だけで辺り一帯を吹き飛ばしそうなほど。

 こんなチャチな霧など問題にせず、実世界ごと破壊する。


 たとえば七年前、

 この街を氷嵐で蹂躙したときのように。


 ……実はこの限定融合、初めて行った時はマジで頭がぶっ壊れるかと思った。

 完全融合状態と違い、一つの体の中で二つの意識が同時に顔を出している。しかも身体の支配権が両方にある。これはかなりキツイことだ。精神のバランスを崩せばどっちか、或いは両方の精神が消滅しかねないくらいに。


 まあ、二度目でコツは掴んだけど。


 おかげで精神同調の精度がさらに上昇(同調融合出来た時点でそもそも成功率が高かったのだが)。オーナーとミスティの関係において精神の同調が齎す効果は実はかなり大きい。

 そして、掴んでしまえば成程、これは使い勝手が良い。強すぎず、弱すぎず。レギュラークラス相当の力ゆえに、制限の必要が無い。

 そして、人間リトルレリ、両方の攻撃力不足を補える。

 そして、レギュラークラスであるにも関わらず――

「コーリなら、ソノ状態でグレートヲ斬り伏せるのだろうネ」

 それは皮肉や嫌味がまるでない、純粋な称賛、そして畏敬。

「でもアノ女を放置シたのは失敗ダよ」

 一転、メイドの口調が忌々しげに変わる。

 その向きは輝燐へ。含まれる感情は、憎悪と嫉妬。

「あンな真似が出来ルのは、コーリを含めてほンの一握り。アノ女は、クラスのままに潰されて死ヌだけ」

「…………」

 返答はせず。ただ、

 ――ドライヴ。

 勢いよく鎌を押し出す。

「!」

 想像以上の力で押し出されたミスティが慌てて後退。メイドがいつの間にか手にしていた食器を投げるタイミングを失う。……それがから、このタイミングで均衡を崩したんだが。

 洞察力、観察力が鈍い鈍いと言われ、その自覚もある俺だが、今の俺はこいつらの動きがよく分かる。広げたが、こいつらの意思が振り向けられた位置を検知する。次に身体のどの部位を動かすか、どの位置に注目してるか分かれば、次の行動の予測は立つ。

 追撃はかけず、下段に構える。構えて、思う。

 確かにメイドの言う通り。『理解』がなければ、その法則は絶対的な拘束力を持たない。輝燐は殺されるかもしれない。

 しかし、同時に思う。それでも、あのオーナーがド雑魚であることに変わりはない。だから、

「殺されるほうが馬鹿だ」

 漏れた呟きとともに、形成した氷刃を射出した。



 あの二人がこの場から消えてすぐ、堰を切ったように鎗が飛んできた。

 その鎗を避けながら遠めに見てもわかるほど、牧野は恐怖で狂気に染まってる。

 恐らく……いや、確実にこおりちゃんともう一度相対するなんて出来ないだろう。たとえ人質を取ったとしても。

 つまり、ボクは用済みってことで。

「どうしろってんだ、こんなもん!」

 飛んで来る即死確実の鎗をときに避け、ときに、

「プルディノ、フォトンアーム!」

「きあ!」

 光に包まれたプルディノの両腕が弾き逸らす。おかげで直撃は無いが、周りに鎗が溜まっている。

 こんな状態であのSAを喰らえばひとたまりも無いが……その可能性は低いと踏んでる。

 何故なら、ここまでにあいつはSAとFAを最低でも二回ずつ使っている。繰り返し言うが、ミスティのエネルギーは無尽蔵じゃない。大技を使うにはそれなりのエネルギーを必要とする。それだけのエネルギーがブルエーウゴには残っていない……ハズ。

 ……たとえそうでなくともあの技は始動から爆発までタイムラグがある。その間に影響圏内から脱出出来る……多分。

 とはいえ、いつこおりちゃんが戻ってくるかわからないこの状況、どこかのタイミングで無理にでも使ってくるに違いない。

 そのタイミングを見逃さず、確実に回避するのが助かるための最善の方法であるのは間違いない。

 間違いない、んだけれど。



 A few hours ago


「……『最強のミスティ』?」

 遠見会長の口から語られるこおりちゃんの過去。それを語る際に一番最初に伝えられた単語がそれだった。

「あの……レリーフ、でしたっけ? あれが?」

「そうだ」

 大真面目に頷かれても、正直「えー?」って心境だ。

 が?

 不覚を取ったボクが言うのもなんだが、全然そうは見えない。

「疑っているようだが、事実だ。確かに、正確には『レリーフ』が、ではないのだがね」

「?」

 言っている意味が分からず、疑問を挟む前に会長は答えを提示した。

「シフトという言葉を覚えているかね?」

「え? えっと、確かミスティが成長して姿が変わることで……あ」

「そういうことだ。一口にシフトと言ってもいろいろあってね。大きく分けて一般的な恒常的シフトと特殊な手段を用いた一時的シフトがある。ビジョムスからテレムスへのシフトは前者で、レリーフは後者さ」

「そのシフトした姿が『最強のミスティ』かぁ……。それって、具体的にはどのくらいの力なんですか?」

 ――このとき、何も考えず興味本位の質問をしたことを、ボクは後悔する。

「そうだね。実績としては――この街を半壊させた」

 ドクン、と鼓動が早まった。

 思い出せ。こおりちゃんは何と言っていた?

 この街で数十人、殺していると。

「そもそもがレリーフはとても稀少度が高いミスティだ。故に子供の頃からどちらの組織も監視を付けていたらしいんだが……片側の監視がわずかに外れた隙にもう片方に接触されたそうだ。この事件が起きた当日僕は家族共々親戚の家に行っていたのだが、それは果たして幸だったのか不幸だったのか……」

 遠い場所を見るように目を細める会長。ふうっ、と息を吐き出し、話を続けた。

「時期が悪かった。真夏の日中、それも四十度近くにもなろうという真夏日だった。レリーフのコンディションは最悪に近い。でなければ別の結果もあったのかもしれないが、それは言っても詮無いこと。起きた事実はひとつ――レリーフの暴走。数時間に渡る氷塊の竜巻により、鳴海市の半分が粉砕された」

「それって」

 何度か聞かされた覚えがある。前例のない大災害。鳴海市七不思議のひとつ。

「そうだよミス研部員。『白い死神』とは、まさに核心を突いている。『白銀の死神』。それこそが『最強のミスティ』、及び周防こおりに与えられたコードネームのひとつなのだから」

 息を呑む。街を、半分吹き飛ばすほどの力……。

「そして。街を半壊、と言ったが、その結果はあくまで暴走状態だったからに過ぎん。正気で破壊する気だったなら街一つ潰す位では悠々お釣りが来る、との見解が正しい。半壊で済んだのは力の無駄な使い過ぎ。自滅してしまったのさ」

「……え」

 耳を疑う。それだけの力が……本気じゃない? むしろ、程遠い?

「じゃあ……本気を出したら、どうなるの?」

「……そもそも暴走していなければ無闇矢鱈に街を壊すなんてしないだろうが……そうだな、少なくとも断言できることは、」

 一度言葉を止め、

「核爆弾では止まらない」

 あまりにも、現実味がない言葉だったからか。ボクが気を保っていられたのは。

「ちなみに、現在のオーナーの人数は世界人口の1パーセントほどだそうだが、そのうちこおりちゃんたちに比肩しうるコンビはどれだけいると思う?」

「……そんなのいるわけ……」

「二組だ」

「…………」

 少ないと取ればいいのか、多いと取るべきなのかももう分からなくなってきた。スケールが違いすぎる。その内心を会長は正確に捉えた。

「そんな力、理解出来ないだろう? 僕も出来ない。同じ力を持つ『化け物』にしか理解出来まい」

「そっ、そりゃそうだけど! 確かにそれは『化け物』だけど! でも、それで距離を取る必要なんて!」

「違うよ、輝燐クン。また勘違いだ。確かに無関係ではない、だが力のことを直接的に『化け物』と呼んでるわけじゃない」

 ……まだ、なんかあるってのか。

「なあ、輝燐クン。こおりちゃんはこの街を壊したんだ」

 こくりと頷く。さっきから言ってること、もう一度言われなくても分かってる。

「こおりちゃんは、自分の住んでるを壊したんだ」

 もう一度頷きつつ、眉を顰める。なんで同じことを繰り返す?

「……輝燐クン。こおりちゃんは、『何』を壊したと思う?」

 もう一度、こくりと頷きそうになって。停止して。言われていることを反復して。答えも出てないのに。

 何故か、寒気に襲われた。

 そして予想を裏切らず、氷柱が突き刺さる。


「……まさか、子供がひとりで暮らしていた。なんて思わないよな?」


 ――あ。あ。ああああああ!?


 ――捨てられたのならまだマシかな。死んでるかもしれないし、どっちにしてももう会う事はないんだろうな――


 待っ……て、まさか、そんな!?

「……確証はない。現場から遺体は見つかっていないからな。しかしそんなものは何の慰めにもならない。凍結されて砕かれたならあっという間に塵と消えたに違いない」

 待てって言ってるだろ!

 いや、言ってない。声が出ない。口を開いても掠れ声が出るだけ。

「ちなみに両親はレリーフのことを知っていた。関係は……最良、と言うほかない。正直、ただの一般人だったことが今でも信じられない。普通の家庭なら子供共々怪物扱いのミスティを、何の迷いもなく息子と同等に扱っていたよ」

 ボクの立場と比べて、羨むべき環境。しかし、この出来事の前ではより深い悪夢へ誘う材料でしかない。

 そして、信じられない。

 これほどの悪夢を見て、何故こおりちゃんはまだレリーフと一緒にいる!?

「『最高のオーナー』周防こおり。彼ほどのオーナーだと、自分とミスティの存在を同一のものとして捉えている節がある。でなくとも、彼に己の責任から逃げ出すような弱さの持ち合わせは無いだろうさ」

 相変わらず声は出ない。しかしボクの心の叫びを見透かしたかのように、会長は答える。

「とはいえ、こおりちゃんの中でトラウマとなるに十分な出来事であったには違いない。ここで得た印象が心に刻み込まれるのも無理からぬ――」

「い……」

「ん?」

「いい加減はっきり言ってよ! 『化け物』ってなんなんだよっ!」

 ようやく出てきた声――ごほごほと咳き込む。落ち着くのを待って、会長は言葉を続けた。

「……要は心の問題さ。意識の問題と言い換えてもいい」

 言葉を切る。この動作は何度目だろう。

 そして次に来る言葉こそついに……核心だ。


「こおりちゃんにとって『人間』は……下手につつけば壊れるほど脆く見えてるんじゃないか?」


「…………」

 否定なんて出来るはずもなかった。実際……脆かったんだろう。夏の氷嵐を前にして。

「『人間』だけじゃない、『ミスティ』もだ。当時収集に乗り出した者のうち、九割が手も足も出ず粉砕されたそうだ」

 想像してみる。『人間』も、『ミスティ』も、自分の周り何もかもが脆い。

 それは、どれだけ不安なことだろう? 自分の立っている足場さえ不安定ってことじゃないか。

「他人事のようになるのも無理はない。あまりに……隔絶しすぎている。ならば山奥で仙人にでもなればいい、と言うかもしれないが、こおりちゃんが他人にそんな気を利かせるわけがない。それにこう言うだろうね、人間的な生活を送ることは『人間』の当然の権利だ、と」

 『人間』……ああ、そうか。こおりちゃんも人間なんだ。

 』、なんだ。

「……なんで、そこまでして『人間』であろうとするの?」

「簡単だろう。そうありたいから、だろう?」

 ……ああ。

 やっぱり意思の『化け物』じゃん。

 いつの間にか乗り出していた身を、ギッと背もたれにもたれ掛けさせる。固まった背中が痛い。

 詰め込まれた多くの情報。パンクしそうな頭をとりあえず一休み。

「それで」

 させてはもらえないらしい。

「これらを知って、キミはどうするんだね?」

 話の前と同じ問い。

 答えは、返せなかった。


 Return now



 ……なんで今そんな話を思い返すかな。

 余計なことを考える余裕なんてない。気を抜けば次の瞬間串刺しだ。

 耐える。耐えて、こおりちゃんが戻ってくるのを待つのが一番いい。任せればどうにでもしてくれる。あんな規格外、居るだけで勝負が決まるんだから、無意味にリスクを犯す必要なんてない。

 それが、厳然たる事実。

 でも。

 ブルエーウゴの向こうで目を血走らせる牧野。

 プルディノとともに鎗をしのぐボク。


 こおりちゃんに怯える牧野。

 こおりちゃんに縋るボク。


 どちらも、こおりちゃんに屈してるのは同じじゃない?


「……! あああああッ!!」

 咆哮一喝、ガァンッ、っと壁に頭を打ちつけた。

「「!?」」

 一瞬、場が止まる。が、すぐにそんな必要がないと気付いたのか、鎗の攻撃が再開される。ボクはやはり防戦一方だけど、心の中はそれどころじゃない。

 なにを、

 なにを考えてたんだ、ボクはっ!!

 宣言しただろ、こおりちゃんの他人事っぷりを矯正するって! なのに、なんでアッサリ膝を折ろうとしてんのさ!

 『化け物』がなんだ、なんて言えない。勝てるなんて言えない。

 でも、「屈さない」っていうのは意思だろ? 意思で折れて、どうしてそれが出来るんだよっ!!

 そして。目の前の巨体。

 ボクは、全力でアレに対抗したか? はじめっから、こおりちゃんに頼りっきりになってなかったか?

 意思だけで現実は曲がらない。どうにもならないことはたくさんある。けど、こおりちゃんは言ってたよね?

 「お前らなら大丈夫だ」って。

 ボクなら――違う。ボクとプルディノなら大丈夫だって!

 『最高』のお墨付き。だっていうのに、危うくこおりちゃんどころかあんなのにまで屈するところだったよっ!

 呼吸を整える。正面を見据える。

 鎗の乱射。けど同時に放てるのは四発。疲労が出てる。次弾発射までの間隔が広がっている。

「……次で行こう」

 すぐ傍にだけ聞こえる声量で呟く。プルディノがちらりとこっちを見て、小さく頷いた。

 ずっと待ってたのかなぁ。だとしたらボクよりずっと肝っ玉大きいよ、こいつ。

 鎗の射出。

 二人同時に――駆けた。



 怖い。

 コーリに刃を振るう――

 怖い。

 コーリにフォークを投げる――

 怖い。

 コーリが大鎌で薙ぐ――

 怖い。

 コーリに――見られる。

 怖い!

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖すぎて、


 アア、なンて素晴らしい!!


 恐怖が悦楽ヘ転化する。

 かつての、圧倒的な威圧感は感じられない。なのに、対峙した瞬間から逃げ出したくなるほどの恐怖が体中から離れない。その感覚が、まさに身震いするほどの恍惚。

 続けばイイ。この時が、いつまでもいつまでも。デモ。

 さっきから、ヘルのブレードがまるで当たらない。空を斬り、軽い動作で弾かれる。ハモッたね、コーリ。

 ならコッチも、と考えて、止めた。継続時間も精度も向こうが上。下手に戦闘のレベルを上げてもコッチのリスクが高まるだけか。

 潮時か。カスリ傷ひとつ残せなかったのが残念。コーリの『異質性』“耐久”は硬くなるのではなく耐性の強化。身も蓋もない言い方をすれば、身体が超我慢強くなるってコト。

 殴られても我慢する。壊れなければいい。

 燃えても我慢する。火傷しなければいい。

 無茶苦茶だが、そういう無茶を屁理屈で押し通すからこその異質。しかし、抜け道は何にでもある。

 斬撃。硬度は変わらないから刃は通る。斬れたものをどう我慢しても斬れてることに変わりない。

 だから、さっきまでならコーリに切り傷くらい残せたカモだけど……もうムリ。当たらなきゃそれも叶わナイ。

 ずるずる引き延ばす、未練がましい女は嫌われる。

 次を最後の一撃に決めた。

 ケド、最強の一撃。

 コーリに、刻む!

「ヘル、FA発動」

 ――でも、それすら叶わナイ。

 サフィが最後に見たのは、天頂を指すコーリと。

 巻き上がる、氷の竜巻だった。


 吹っ飛ばされたメイドがフェンスの向こうへ落ちていく。

 ……まあ、死にゃしないだろ。霧は二階より上を覆ってたから地上激突とはならんだろうし、何よりミスティも一緒に落ちてったし。

 追いかける気はない。矛盾した話だが、あのメイド、俺への戦意はあっても害意は一切なかったからな。生命への脅威(この場合の脅威とは殺意、あるいは実力行使による誘拐といった生命活動への害意の有無を指し、具体的な危険度を意味しない)でないのに追撃をかける必要はないし、殺害は論外だ。

 俺は、俺の理由で「殺し」はしない。

 俺が殺すのは、俺の命を自分の勝手にしようとする相手。そんなヤツなら、自分自身の命を粗末に扱われても文句は言えないだろう?

 ……さて。輝燐を使って俺の命を好きにしようと考えたド三下はどうなったかね?



 ――突然身体が軽くなった。

 さっきも感じた、何かが繋がる感覚。それを覚えたかと思えば、

 ブルエーウゴが、目の前にいた。

「ブ……」

 驚愕で身体が固まった相手を、

「き……」

「アアッ!」

 二人がかりで殴りつける!

「ブルオオオッ!!」

 ――悲鳴を、上げた。何をやっても微動だにしないとまで思った、巨体が。

 左手も死んだ。けど、痛みは意識に上らない。この流れは途切れさせない!

「いけっ――」

「きああああああああ!」

 連打、連打、連打!

 光る拳を幾度も幾度も顔面に打ち付ける! ず、と巨体が後退する。

 喚き声が耳に入る。けど形にはならない。

 ただ二人、目の前の障害を打ち砕くことに集中する!

「ブルアァッ!!」

 強引に鎗が放たれた。避けられる距離じゃなかった。

 射線から外れてたのは本当に幸運。串刺しにはならなかった。

 高速で飛ぶ鎗の腹がぶつかっただけでもかなりの衝撃だった。

 身体の中が砕ける音。ぐらりとよろめく。

 その最中、後ろに倒れこみながら、ブルエーウゴの口を指差した。

「……フラム!」

 プルディノの口内から飛び出した凝縮された光は、真っ直ぐブルエーウゴの口へと飛び込み、


 業火を撒き散らして爆発した。


「ブォ……」

 口より炎と黒煙を漏らして後ずさるブルエーウゴ。

「お、おい……」

 今になって牧野の狼狽した声が聞こえるようになった。同時に、脇腹への激痛。

「……ガホッ」

 苦悶の声を漏らす間もなく吐血した。プルディノは……左腕を押さえている。

「ブ……」

 そして、

「ブルオオオオオオ!!」

 ブルエーウゴが、怒りの咆哮とともに鎗を見当違いの方向へばら撒く。

「…………」

 絶体絶命。この状況で、ボクは、


 コイツは倒せる、と確信していた。


 さっきのフラム。あれは、クラスの差とやらで倒せなかったんじゃない。

 倒さなかったんだ。殺すことを、躊躇した。

 ……なら、もう一度やればいい。

 身体に鞭打ち上体を起こす。ブルエーウゴが角をこちらに向けている。オーナーからの命令待ち。いつでもボクらにFAを撃てるよう。

 上等だ。

 もう一度さっきの状態に持っていく。そして。

 今度こそ、殺してや


「ストップだ」


 それは、狂熱渦巻く思考を凍らせる一声。

「殺されそうだから殺す。そこに文句はない。いや、俺が文句をつけるべきことでもない」

 足音が近づく度に、この場の温度が低下する錯覚。

「だが、それが衝動からの行動なら止めとけ。判断して、納得した行動じゃなけりゃ、必ず後悔することになる」

 その、重く冷たい言葉の主は、

「さあ、どうする?」

 言うまでもない。『最高のオーナー』周防こおり――

 その姿を見た瞬間、瞳に宿った炎が消えた。

「……お願い」

「よし。……という訳で再度選手交代だ。俺にはお前らを殺す理由があるんでな。というかお前らに殺される理由があるって方が正しいんだが」

 鎌を軽く振って宙を斬り払う。続けてうたう。

「“我が手には白銀の鎌、下すは死神の裁き――そして死する汝に祝福を”」

 まるで殺す前に弔うかのような唄。同時に直感する。

 ああ――これで“死”が決定付いた、と。

 そんなことを考えて――あまりにもこおりちゃんに意識が集中しすぎてたからか、カタカタという耳障りな音にようやく気付いた。

「どこまでも俺を見下しやがってェッ、そのクソアマだけでも道連れにしてやらあっ!」

 気付いてても、起き上がることも出来ないんじゃどうしようもないけど。

「スピアーボムッ!!」

 振動していた槍が一斉爆発した。轟音と衝撃と粉塵が周囲を覆う。

 ――のは一瞬の事。粉塵も爆風も、全て巻き起こった風に吹き飛ばされた。

 こおりちゃんを中心とする氷塊混じりの竜巻。冷気と氷塊が天井を破壊し、霧の頂点まで立ち昇る。

「FA、ゼロストーム」

「う、わあ……」

 口から感嘆の声が漏れた。影響のない中心地から見上げる光景。吹き抜けた天井から、煌いて降り注ぐ氷の粒。

「……ッ、グレェートホォーンッ!」

 最早、破れかぶれの絶叫だった。身体の限界も省みず、命令のままに飛来、突進するブルエーウゴを、

「――チェックメイト」

 こおりちゃんは、欠片の躊躇もなく両断した。

 勢いのままに背後へと吹っ飛ぶ二つに分かたれた身体は、地に着くこともなく分解され霧となって消えていった。

 同時に周囲に張られていた霧が、潮が引くように消えていく。

「……あ、本当に治ってる」

 身体の様子を確認しながら立ち上がる。両手も、脇腹も無傷。周囲にも破壊の痕はどこにも残されていない。おまけにさっきまでと場所が違う。

「……教室?」

 そう、ボクの教室だ、今回の事件の始まりの。でも机が倒れてもいなければ潰れてもいないし、ましてや壁が破れてるなんて事もない。夢や幻を見てたんだよ、と言われれば信じ込んでしまいそう。

 でも、幻じゃない証拠に。

 シフトを解いたこおりちゃんがいた。頭の上にレリーフがいた。

 プニャモでなく、プルディノがいた。

 おまけに、

「てめえら、よくも――」

 口角から泡を撒き散らして、何事か喚こうとする牧野を、鳩尾への一撃で黙らせた。

 どさりと倒れる牧野。こおりちゃんはそれを興味無さそうに見て、

「んじゃ、帰るか。ったく、安売り買い損ねた」

 ……今まで起きてた戦いより、そちらのほうが余程重要らしい。流石にボクはそこまですっぱり切り替えられず、今回のことを思い返す。

 結局最後はこおりちゃんに頼ることになっちゃった。

 けど負けちゃいない。屈したまま終わりにはならなかった。

 ……今は、それだけ心に刻み込もう。ボクは、目の前の『化け物』……『人間』より弱いから。

 だから、

「こおりちゃん」

 改めて、宣言しておく必要がある。

「ん?」

 目の前の背中がくるりと振り返る。

 それは、きっと最難関。自分の手で壊してしまった大事なもの。


「ボクが、こおりちゃんの家族になってあげる!」

 それでも、屈さずにいればいつかは――

「見てなよ。その他人事っぷり、微塵も発揮出来ないくらい傍にいてあげるから!」

 びしりと、指を突きつけた。


 その言葉に、きょとんとして、ぼそりと一言。

「聞き様によっちゃあプロポーズだよな」

 ――どうやら俺は、これまでで最大級の地雷を踏んだらしい。


「は、え?」

 指を突きつけたまま固まって、自分の言葉をもう一度よく思い返す。そして、

 顔が、信じられないくらい赤く染まった。

「~~~ッ、こおりちゃんの、バカぶわっくあ~~~~っ!!」


 視界に入ったのは茹蛸もかくや、というほどに真っ赤な輝燐の顔、顔面に迫る右拳。そして、

 ああ、人間って空を飛べたんだ、そんなことを他人事のように考えた。

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