第十一話 それはただ、圧倒的な
ブルエーウゴ
発射した鎗同士を共鳴させ、爆破する能力。その威力は一定ではなく、場に散布した鎗の数と密集度に比例する。
現在の場合、放った鎗の数こそ多いものの、一教室あたりに四本とその密集度はあまり高くない故、大爆発とまでは至らない。しかし教室と廊下を挟む壁を吹き飛ばすには、その壁に鎗自体が突き立っていることもあり、十分な威力を持っていた。
そして、教室の中にいる人間に死なない程度の
「――くうっ、
身動ぎと同時に走った痛みが意識を引き戻す。床に倒れている状態を認識して、しかし何故こうしているのか、その状況がわからない。
何が……起きた?
上半身を起こす。目に飛び込んできたのは跡形もなく破られた壁と、机や椅子の残骸が散乱する教室。
その光景で今の現状を思い出し、把握する。
「爆弾か……」
成程、戦闘向きだ。あの子の技とじゃ比較にならない。
立ち上がる際、再び身体が痛む。吹っ飛ばされてそこら中打ち身だらけみたい。
……この程度なら動き回るのに支障ないか。そう考えて、逆におかしいと気付く。
あの爆風の中で、怪我がこれだけ?
爆風自体からのダメージは、ほとんどない?
まじまじと体を見る。そこでようやく気付く。
体を薄っすらと覆う光の膜。それがぽろぽろと剥がれ落ち、拡散して――消えた。
「……なんだ、今の」
「ようやく見つけたぞ、桜井?」
しかし事態は、考える暇も与えてくれなかった。
破れた壁を挟んだ廊下、真正面に立っている牧野。そして巨大な図体のミスティ。
ああ、成程。この大きさのミスティでも自由に動けるように、わざわざ廊下を広くしてあるんだ、とかなりどうでもいいことに気付いた。
「あまり手間を焼かせるな。ミスティの力だって無尽蔵じゃないんだぞ?」
壁を爆破しまくったことか。あんたが勝手にやったことでだろ、ボクが責められる理由なんてない。
無言で構える。牧野が不快そうに眉を顰めた。
十五分。それだけの時間を稼げばボクの勝ちだ。その為には相手を刺激せず会話するのが常套手段なんだろうけど、生憎ボクにはこの状況で冷静に敵と話を出来る余裕の持ち合わせはない。結果相手の気分を害することになっても、押さえつけには全力で抵抗する
もっとも勝てない相手に無理に勝ちに行く気もない。逃げるための一当て。そのために様子を伺い、隙を探す。
しかし、牧野が気分を害したのはボクが抵抗することに、ではなかった。
「お前、まだ動けるのか?」
ボクに抵抗する余力があること――すなわち、自分の切り札が功を奏さなかった事をだった。そして泳いだ視線が一箇所に止まるとともにチッと舌打ち。
「そうか、リトルクラスのミスティ、ね。自分だけなら生き残れただろうに」
…………。
牧野の視線の先を追う。何故だろう、こんなに息が詰まるのは。口の中が乾くのは。心臓がうるさいくらい鳴り響いているのは。
振り向いた先にある、ぐったりと横たわる、青い毛並みを赤く染めたぬいぐるみの姿は、ボクがかつて望んだ
「生存能力に優れたリトルクラスのミスティ……その能力を自分のために使っていればよかったものを、ああくそ、貴重な手土産が一匹減っちまった」
その言葉を聞いた途端、脳が沸騰した。
戦力の多寡も殺人の葛藤も頭から吹き飛び、一足飛びに牧野へと踏み込む。
しかしその進路上に割り込むブルエーウゴ。壁となったそれの顔面を本気で殴りつける。
「ブルッ」
その威力は象ほどの大きさを持つミスティを怯ませるほど。しかし、
「くあっ……!」
右手がイカレた。ヤツの硬度は想像以上だった。
ボクの能力で上がるのはあくまで威力のみ。決してボクの肉体自身が頑強になるわけじゃないのだ。こうなるのは自明の理だ。
そんなことはわかっていた。いや、わかってなかった。考慮の埒外だった。いや、考慮する余白もなかった。
ただ、痛みで思考が戻った今は、こちらを見るブルエーウゴの眼、開かれる口、次の瞬間発射される鎗を避けることは出来ないだろうな、と他人事のように考えていた。
事実、そうされていただろう。横合いからぶつけられた光球に気を取られなければ。
「……!」
行動の切り替えは迅速だった。
床を蹴り起き上がっていたミスティを確保、さらに方向転換、ブルエーウゴから離れる軌道で廊下へ駆け出す。
「させると思うか!」
牧野がこちらへ手を振る、よりずっと早く光球が発射されていた。
「ひっ!?」
威勢のいい掛け声と裏腹のビビり方でブルエーウゴの陰に隠れる。その隙に廊下の向こうへ駆け逃げる。
「待て、クソガキがっ!」
『来る!』
その声に反応して振り向く。巨体の口から鎗が今まさに発射される瞬間だった。
「――クリスタルヴェールッ、もう一度ボクにっ!」
『――っ、
リトルクラスはミスティ最弱。その攻撃力は他クラスに比べ圧倒的に低く、体格も未熟。そんなリトルだが、その弱さゆえにある能力のみ上位クラスに匹敵するほどのスペックを有している。
すなわち、生存能力。たとえば防御能力、たとえば離脱能力、たとえば再生能力。敵を倒せずとも、その局面を生き残る力が、今日までリトルクラスに連なるミスティの絶滅を防いでいる。
それはこの子も例外じゃない。本来三つあるはずの
と、一気に頭に入ってきたそれらの情報にこめかみを痛めながらも、急制動をかけ体を反転。
クリスタルヴェールがさっき命令無しで発動していたのは命の危険に際して自動発動可能なSAだったため。本来この子の体を覆うはずだった膜がボクの体を覆っていたのは、発動直前でこの子がそう意識したため。ある意味自己に近い関係性であるミスティとオーナーだからこそ成功した離れ業だ。……いや、結果クリスタルヴェールが展開されたのはボクのみだから、半成功というべきか。
それを、もう一度。以前の関係のままなら、それはボクだけを生き残らせるための指示に違いなかった。
しかし、今こうしてこの
果たして、光の膜は再びボクの体を覆うことに成功したのは槍がボクらに届く直前。けどボクの体の動き出しはもっと前。成功する確信があったわけじゃないけど、どのみちやらざるを得なかった。
「――セイッ!」
飛んでくる鎗を、素手で叩き落とすという離れ業を。
ガァンッ
打ち下ろしで真下に落ちた鎗が大きな音を立てる。やはり衝撃までは完全に殺せず、痛みもあるが、左手に負傷はない。
「ッ!? ボーっとしてんな、次!」
その結果に呆気にとられた分、次の行動はボクの方が速かった。
鎗を持ち上げ(重量は然程でもなかった)、円錐の底をおもいっきりブン殴る!
「はあっ!?」
「ブルッ」
打ち出した鎗は途中で失速し、向こうまでは届かなかったが、床に落ちる前に向こうが発射した鎗とぶつかり妨害するという十分な役目を果たしてくれた。
その稼いだ時間で、向こうの射程範囲から逃げ出すことに成功していたのだから。
ボクらが逃げたのは上の階、つまり既に廊下の壁が爆破されて部屋の中に隠れるということができなくなっている場所。確かに下の階ならまた隠れることが出来ただろうが、また同じように爆発に巻き込まれるのは御免被りたかった。それに、牧野のミスティのあの図体。下ならまだしも、上の階に移動することは難しいんじゃないだろうか?
一度陽炎の扉の中へ戻して再召喚――多分無理。こおりちゃんが言ってた「脱出不可能」っていうのはそこまで含まれてると思う。
そんな予想からようやく一息着く事が出来た。緊張がわずかに途切れて、
ぐたりと、ボクのミスティから力が抜けた。
「――プニャモ!」
反射的に口から名前が飛び出した。プニャモが嬉しそうに笑う。体表を占める赤の面積が、さっきよりずっと広がっていた。
ああそうだ。思い出した。ボクはずっと前にこの名前を聞いていた。
あの冬の日。バイク事故。呆然となったボクの耳に、ボクを心配する声と、その名前が――
「こんのっ、バカッ!」
プニャモを両手で抱えて目の前に持ち上げる。
「どうしてお前はいつもそう、勝手なことばっかし! 勝手に攻撃したり、勝手に守ったり! ボクがどれだけ迷惑してるか分かんないの!?」
どろりと、手に血が粘り付く。不味い、この出血量は不味い!
こんな状態で
「それで、今度は勝手に死ぬ気!? どこまでボクに迷惑かけるんだよ、少しは言うこと聞け!」
考えてみれば簡単な事。この子はいつもボクをかばってた。つまり、ボクが危険な目に遭えばこの子が盾になるに決まってる。たとえ、自分が死ぬってわかっていても。
じわりと視界が滲む。ぐっと目を一度強く瞑り、開く。
「死ぬな、プニャモ!!」
ああ、この期に及んで命令するしかできないのか、ボクは。仕方ないだろ、他に言葉の掛け方なんて知らないんだから。
……そうじゃないだろ、ネガティブになってる場合か。どうすれば助かるか、それだけにないアタマを回せ。
そして改めてプニャモの顔を見て、
「……なんで笑ってんだよ」
本気で、怒りが込み上げてきた。
「……?」
逆切れだってことは分かる。けど、こんな状況で力を抜いた笑顔を浮かべて、
「なんで、生きるのを諦めてるんだっ! お前は、たったこれだけの人生でもう満足してるのか!?」
今まで向けられたのと違う類の怒りに戸惑いを隠せないプニャモ。構わずその顔をぐいと近づける。
「ふざけんなっ! これからだ! ボクらはまだこれからだ!! 勝手に満足して終わらせるな!!」
戸惑いと驚きで目を瞠るプニャモ。しかしそれが晴れたとき、
「……きい!」
相変わらず顔に力はない。しかし、
同時に、何かが繋がる感覚。瞬間。
プニャモが光に包まれた。腕の中から飛び出し空中に浮遊する。
「な、何!?」
強い光に目を開けない。手で光を遮り、ようやく少し目を開いて、光の中のプニャモのシルエットが崩れていくのを目撃した。
――まさか、これがミスティの最期!?
「そんな……待て、待ってプニャ――」
手を伸ばす、その途中で気付いた。違う、理解した、でもない。理解が飛び込んできた。
これは――
光がいっそう強くなり、次の瞬間弾ける。その場に青いぬいぐるみの姿はどこにもなかった。
「きああ」
ただ、子供ほどの大きさの青い恐竜がいた。
「…………」
シフト。ミスティの成長・進化。
呆気に取られる。どっと力が抜けた。肩の力が抜け頭を垂らすボクを、人の気も知らずその子は肩なんか叩いてくる。慰めてるつもりかい。
「……まあいいけどね」
結果オーライだ。シフトによる作用なのか傷が塞がってる上、一応パワーアップってことでもある。それでもコモンクラスなので、あいつの相手にはまだ心許ないけど。
「さて、どうしよっかプニャモ」
気を取り直して青い恐竜に話しかけると、その子はぷるぷると首を横に振る。「ん?」と首を傾げると、その子は新たな自分の「名前」を口にした。
「ああそっか。んじゃ改めて――」
「み、見つけた、ぞ」
そんな和やかムードは、息せき切った闖入者の声でぶち壊しになった。
教室の手前に立つ牧野を、ボクら二人揃って睨みつける。ミスティの姿は、ない。
「待て待て、落ち着け。俺は話し合いに来たんだ」
しかしそんなボクらを押し留めるジェスチャーで制し、そんな今更なことを言ってきた。
「……話し合い?」
「ああ、そうだ。撃たれてついカッとなってしまったが、先生としても生徒に実力行使をするのは本意じゃない」
そもそもがアンタがスタンガンを突きつけてきたのが始まりだろ、と思ったが口にはしなかった。
「おお、そのミスティ、シフトしたのか。いや、素晴らしい。優秀な生徒を持って先生は嬉しいぞ。どうだ? その力を自由に揮ってはみたくないか?」
「……要するに、勧誘?」
「ああ、そうだ。俺たちはただの人間じゃない。普通の人間にはない力を持つ、選ばれた人間なんだ。だが、その選ばれた者の力は、愚図な普通の人間どもには未だ異端視される立場だ。どうだ? その力を認めてもらえる場に連れて行って欲しくはないか?」
「…………」
ああ成程、と理解する。ボクは、こんなのと同じだったのか。
「そして、そのコミュニティで、俺はさらに上を目指す! 選ばれた者の、さらに頂点へと! どうだ、素晴らしいだろう! ともに、その栄光の階段への一歩を踏み出さないか!?」
ミスティを、力としてしか見ていない。
「どうでもいいよ、力なんて」
言ってから苦笑する。「どうでもいい」って、誰かさんの口癖がうつったかな?
「ただ、この子と――プルディノと暮らしていければ、それでいい」
そして、苦笑を嘲笑へと移す。
「だいたい、センセイにそんな力あるんですかぁ? こんなところで外回りやってる下っ端のくせに」
精々嫌味な口調で嘲る。すると効果は覿面、余裕ぶった
「て、めえ」
図星って痛いよねぇ。誰かさんに何度も抉られた実体験より。
「……そのたいした事ない力でもっと痛い目に遭いたいようだな」
「ごめんだよ」
構えを取る。すると、二足歩行になったからかプルディノもボクの見様見真似で構えたことに小さく吹き出す。
「……フッ!」
二人揃って牧野へ全力ダッシュ。ミスティがこの場にいないなら、おそらく攻撃方法は下からの爆破。なら、牧野を巻き込むほど近くに行けば使えないはず!
「
しかし、そんな予想を裏切る牧野の宣言。
「グレートホーン!」
「クリスタルウォール!」
急停止、同時に危険信号のままにSA発動!
下の階から、厚い天井を突き破り、角を立て、ブルエーウゴが、飛び出してきた!
「!」
両手を突き出したプルディノが、ボクらの正面に発生させた光の壁。複数人を同時に守れる代わりに、防御力はリトル時代のそれより落ちていた。
ガシャンと壊される壁。その際生じた衝撃で後方へと吹っ飛ばされる。でもそのおかげでFAの直撃を喰らう事も床の崩落に巻き込まれる事もなかった。
しかし、床に開いた穴のせいで牧野と完全に離される。そして、ブルエーウゴは穴のこちら側。
再び窮地。しかも、あのFAの存在がある以上、後ろを向いて逃げることも出来ない。高速で飛んでくる巨体に確実に撥ね飛ばされる。
「…………」
構えを解いた。だらんと腕をぶら下げる。
「ようやく諦めたか、手間掛けさせやがって」
舌打ちが聞こえてきそうなほど、忌々しそうに吐き捨てる牧野。
「……ねえ。これだけ力があって、なんで学校の先生なんてやってるの?」
俯いたまま、ぽつりと漏らした。その声は、ボクらしかいない校舎の中でしっかり牧野の耳に届いていた。
「……決まってるだろ、馬鹿な上が俺の力を分かってねえからだよ。ただ教員免許があるってだけでこの学園のオーナーの動向の報告、なんて下っ端の仕事を押し付けられたんだぜ? しかもだ、特定のオーナーの監視ってわけでもなく、誘致しろってのでもねえ。不特定多数のオーナーの普段の様子を定期的に報告しろ、それだけだ。深入りして探るような真似はするな、とまでぬかしやがった!」
鬱屈した思いを撒き散らすかのように息を乱し叫ぶ牧野。その呼吸が整ったときを見計らって次の質問を漏らす。
「……そんな命令があるのに、どうしてボクを?」
「そりゃあ、俺にもようやくツキが巡ってきたからさ。まさか俺のクラスに『最高のオーナー』がやってくるとは」
今度はうってかわってにやりと笑う。
「『最高のオーナー』を手に入れたとなりゃ俺の評価は鰻登り! こんなちっぽけな仕事からはおさらば、俺を低く見積もった奴らの泡を食った顔は想像するだけで愉快になる!」
暗い愉悦を湛え笑う牧野。と一転、あたかも知的であるかのようなポーズを取る。
「とはいってもだ、流石に『最強のミスティ』なんてモンと正面きって戦り合うのは、無謀が過ぎる。ならどうするか? 決まってる、手が出せない状況にしてやればいい」
「……ああ、ボクを人質にする気だったんだ」
「くく、一緒に住んでる女だ、情が移ってもおかしくないだろ。それとも、もうそういう関係か?」
「…………」
我知らず、溜め息が漏れた。幸い、自分に酔ってる牧野には気付かれなかったが。
「しかし、まさかお前もオーナーだったとは。本番前からこんな手間取らせて……まあいい、結局収穫が二匹に増えただけだからな」
ところで、ボクには戦闘中に敵と会話できるほどの余裕はない。ボクにはそんな図太さも強さもない。
「さぁて、人質だから殺すわけにはいかないが……今までの礼だ、死ぬほど痛めつけてやるよ! ブルエーウゴ!」
だから思う。一人じゃないって、こんなに心に余裕が持てるもんなんだなあって。ねえ、プルディノ。
ズン、巨体が一歩を踏み出す。攻撃姿勢に移る、その瞬間、
「ふーん、そういう状況なんだ」
背後の闇から、声が響く。
時間稼ぎの、終わりを告げる声。
「他人の喧嘩に横入りすんだからさ、絶対命は取らないどこうと思ってたんだけど……そうか、お前俺の敵か」
コツ、コツと足音が。
「なら決まりだ、狩るぞ。死んでも文句言うな」
――『死神』の、足音が。
「お、お前、霧の中へどうやって」
「斬った」
震える牧野の声に、相変わらずなんでもない事のように答える。
コツ、その足音が、ボクの隣で一度止まる。
「悪い、少し遅れた」
「んむ、許してあげよう。ヒーローってのは、遅れて登場するのが相場だからね」
その言葉に、こおりちゃんは心底嫌そうな
静寂。
予想外の闖入者。それに対して牧野は明確な対応が取れない。
いや――動けない。
そんな空気を意にも介さず、コツ、コツという足音だけが響く。この場の支配者は今、完全に彼――周防こおりだった。
その彼が、牧野を一瞥する。その仕草だけで牧野の身体がピクンと跳ねた。
「なあ、」
そして開かれた口。そこから飛び出した言葉は、とても予想外で、
「来ていきなりで悪いんだが――帰っちゃダメか?」
……とても目が点になった。
「……は?」
呆気に取られる。しばしの沈黙。静寂ではなく沈黙。そこからいち早く脱却したのは牧野の方だった。
「……ハ、ハハハッ! 怖気づいたか! 最強だか何だか知らないが、所詮はただのガキだな!」
牧野の嘲笑に対してこおりちゃんは億劫そうに頭をぼりぼりと掻くだけ。……対して?
いや、違う。
「ハハッ、逃がすかよ。いい機会だ、俺をハブにしやがった奴らに俺の実力を――」
「そりゃさあ、助けてくれって言われたらさ、助けるよ?」
こおりちゃんの言葉が牧野の台詞を遮った。多分意図してやったんじゃない。だって、
「たとえ相手が取るに足らない三下だとしてもさ。けど、なあ……」
そこで一度言葉を切ると、心底どうでもよさそうに、のたまった。
「三下以下相手に助けを求めるってのはさ、流石に甘えが過ぎると思うんだが、どうだろう?」
――そう。さっきからこおりちゃんは、牧野を気に留めてすらいない。
「…………」
嘲笑が止む。呆気に取られる。そして言葉の意味を脳が理解し、
「――ッ、舐めるな、クソガキャーーッ!!」
激昂と共に鎗が撃ち出された!
「! こおりちゃん!」
マズイ! こおりちゃんがどれだけ強いか知らないけど、まだレリーフ――ミスティを呼び出してない!
「プル――」
「必要ない」
一言――心底つまらなそうな一言とともに一歩前へ。眼前に迫る鎗、その脅威を、
ぱん、と適当に振った手が払い除けた。
あまりにも適当な一撃。しかしそれは容易に鎗を弾き飛ばし、他の鎗も巻き込み、ガランガランと耳障りな音を立てて床へと落下した。
「「……は?」」
奇しくも、ボクと牧野の声がハモッた。それくらい……ナニ、今の常識外の光景。
「まあでも、一応俺にも責任があるみたいだし。面倒臭いことこの上ないけど」
しかし当の本人は、まるで埃を払った程度の気楽な調子で肩を竦める。
「ぐっ、偶然だっ!」
そう言って驚愕に目を見開いたまま鎗を連射する。
しかし結果は同じ。さっきボクがやったこととは比べ物にならない。単発でも連射でも乱射でも、こおりちゃんはいとも簡単に叩き落し、また時には掴み取って振り回したりぶん投げたりという神業をお見舞いしてみせる。
「……気は済んだか?」
いつの間にか鎗の乱射は止まっていた。こおりちゃんが掴んでいた鎗の穂先を手放す。ガランガラと最後にまた耳障りな音がして、また足音が聞こえるようになる。こおりちゃんはちょうどボクと牧野・ブルエーウゴとの中間あたりまで歩み出ていた。
「――ああ」
牧野がニッと笑った。こおりちゃんの周りには大量の鎗、それがカタカタと揺れて――ッ、しまった!
「逃げて、こおりちゃん! その鎗は――」
「喰らえSA! スピアーボムゥッ!!」
一斉に、大量の鎗が起爆した。咄嗟に屈んで爆風から身を守る、けど真っ只中のこおりちゃんは――!
「ハハハッ、ザマァ見ろ! 俺を馬鹿にしやがって、跡形も残らず吹っ飛べェ!!」
爆風の向こうから聞こえる牧野の高笑い。反射的に睨みつけようと顔を上げて、
「……もう一度言うぞ、気は済んだか?」
煙の中から、五体満足の周防こおりが現れるのを目撃した。
「…………」
言葉が出ない。何で? 何であれを喰らって無事でいられる? 頑丈? いやいや、まるでノーダメージなんだぞ!?
牧野も同じ心境なのだろう、煙が晴れて、その向こうから現れた顔は幽霊でも目撃したみたいに蒼褪めていた。
「けほっけほっ。あー、煙た。服も汚れてるし……実世界だったらクリーニング代請求してるぞ」
一人だけ、別次元の会話をするこおりちゃん。そのこおりちゃんを震える指で指差す牧野。カタカタと鳴る歯の音が聞こえてきそう。……いや、震えているのはボクもか?
「……なんだ、なんなんだ、お前は!」
「化け物。そういう人間だよ」
即答。
「けど、この状況はそれとは割と関係ない。俺が普通より頑丈な事とも全く関係がない。関係があるのはたった一点。お前らには初めから勝ち目がない」
なんだろう、これは。どちらが教師か分からない。そして、今教師役を受け持っている方は泰然自若として、まるで今から世界の真理を説明しますとでも言うような――
「~~~っ、クソッ、この役立たずが! もっと、もっと強いミスティが手に入ってれば――」
「それも一切関係ない。っていうか無理。つーか無意味。結果は同じ。ねえ、あんたにとってさ、ミスティって何?」
「決まっているだろう、力だ! 凡人には持ち得ない選ばれた人間だけが持てる力だ!」
「予想の域を微塵も出ない回答ありがとう。あんたさ、天然のオーナーじゃないだろ」
ぴくりと牧野の眉が動いた。
「そいつ元々は他の人間のか、野良のミスティだろ。詳しくはわからないけど無理矢理共生関係を結んだんだろ、どうにもミスティ自身の意思って物が感じられないし。で、だ。折角羨んでいただろうオーナーになったところ悪いんだけど――」
……本当、こおりちゃんは、
「そんな程度じゃあんたがただの人間って事実は変わらないから。器の大きさが変わるはずもなし」
他人(ひと)の地雷を踏みまくる。
「グレェートホォーーンッ!!」
何かが振り切れたような絶叫とともにブルエーウゴが飛び出した。ロケット噴射でもしているかのように勢いよく、禍々しい角をこおりちゃんへと突き立てる!
「そんな器に納めなきゃいけないわけだから、当然、削らなきゃいけないわけだ――ミスティの存在そのものを」
ドゴォンという衝撃音。まるで何トンもあるトラックがぶつかったかのよう。
しかし。
「振るう力がどれだけ超常のものだろうと、今のこいつは存在そのものが人間以下。それを真に『理解』していれば、負ける理由が見つからない」
片腕一本。それだけの威力を止めるのにこおりちゃんが要した力は、たったそれだけだった。
「結論――敗因はあんただ。あんたにはミスティを受け入れる受け皿がなかった。だからミスティの力だけを欲して本質を削り取るなんて馬鹿な真似をやっちゃうわけだ。同情するよ、こいつに――終わらそう、レリ」
揺らぐ世界、陽炎の扉。その中からすうっと現れたこおりちゃんのミスティ――レリーフ。
球根のようなぬいぐるみの身体は、次の瞬間には白い鎌となってこおりちゃんの手に握られており。
くるり。こおりちゃんがこちらへ振り向くと同時より少し早く、
その鎌が、飛んでくる。
「――え?」
「同情するよ、こいつに」
それでも、俺は牙を剥いてきた奴には容赦しないんでな、諦めてくれ。
とはいえ、さすがにこいつを素手で倒すのは流石に骨か。根本的に俺自身の力は何も変わらないんだし、こいつの肉体を一撃で粉砕するような真似は出来ない。まあ、ここは楽な手を使わせてもらおう。
「終わらそう。レリ」
呼びかけから鎌へ変身したレリが吸い込まれるように手に収まるまで一呼吸。その際眼前まで持ち上がったレリをちらりと見て、
そこに映ったモノへ攻撃の対象を変えるのに逡巡は要らなかった。
振り返る勢いで鎌を投擲。同時に逆の手の力を瞬間緩め、わずかに腕を引き、すぐさま突き飛ばす。
回転して飛ぶ鎌は驚愕で固まる輝燐――の真横を通過し、その背後にいるモノへ。
キィンッ
金属音。弾かれる鎌。音に反応して振り返る輝燐。元の姿へ解けるレリ。視界の外で大きなものが倒れる音。
そして、奇襲に失敗し飛び退る――新たなミスティ。さらにその背後、橙の霧の中浮かび上がる人影。
「…………」
二足歩行の獣。両腕から伸びているのはおそらくブレード。当然、この世界には存在しない形態の生物だ。
しかし、ある意味それ以上に珍妙なのは人影――オーナーと思われる人物の方だった。
メイド服だった。
仮面だった。
控え目に言って珍妙だった。
その格好に気を取られた内に、いつの間にか彼女(?)の両手にさっきまで無かったものが現れた。
左手にはフォークだった。
右手にはナイフだった。
指と指の間に挟んで三本ずつ。
奇天烈だった。だがそれだけのこと。
仮面の下から輝燐を射抜く目に、溢れる程の殺意が宿っていなければ。
投擲は、ノーモーションだった。
速い! NAでの相殺――間に合わない!
深く突き刺さる――壁に。
常人の反射神経なら確実に突き刺さっていただろうが、生憎輝燐は並ではなかった。
しかし体勢は崩れる。そして投げられたのはフォークだけ。
それだけのわずかな間に、メイドが輝燐の目の前に。
右手のナイフを、鉤爪の如く振り下ろす。
「――!」
その前に、今度は発動が間に合う。
FAスノウブレス。
二人の真ん中に飛び込んだレリが発動。雪風が両者を巻き込み、怯ませ、鈍らせる。
さらにメイドの後ろから飛び込む魔獣。その刃が届く前に輝燐の後ろ襟を掴む。
引っ張り、引き倒し、離す。平行してレリの武器化。
打ち合う。……重い。
流して、引いた。
間。
「……ふう」
「……今度は何? メイド?」
俺が知るか。
後ろで輝燐の起き上がる気配を感じつつ、目の前の二人に視界は外さない。
魔獣のミスティと仮面メイドのオーナー。
そのメイドと視線が合う。そこに先程の殺気は感じられず、ただし戦闘続行の意を示すかのように再び食器――凶器を引き出した。
展開のあまりに急な変化。しかし四の五の文句つけても仕方がない。
「輝燐」
「ふえ?」
「お前はあっちだ」
ぷら、となおざりに手を後ろへ振る。
「…………ええっ!?」
間は後ろを振り向いて、俺の意を理解するのに掛かった時間だろう。
「いや待って、なにを」
「戦うだけならアレがいようがいまいが変わりないけど、お前守りながらこのメイドと戦えるほど俺は器用じゃないから」
「だからって、ボクにアレは無理だよ! こおりちゃんだって言ってたじゃない、クラスが――」
「どうにもならない、と言った覚えはない。それでなくてもアレは三下以下だ、むしろどうにでも出来る」
そこで、ようやく後ろをちらりと見た。当然、メイド達への意識は外さない。
機会を窺うようにこちらをただ見ている巨体のミスティ。その奥のオーナーは無視。
視界を至近へスライド。
弱気な視線のサイドポニーと、
青い恐竜のミスティ。
「いい加減泣き言は終わりにしろ。大体、お前そんなおとなしいヤツだったかよ?」
鼻で笑う。出会っていきなり蹴倒されたことは当然忘れてない。
「今のお前らなら大丈夫だ」
視線を戻す。メイドの目に再び殺気が灯っている。
おいおい、何処を見てる。この状況で俺から意識を逸らすとはいい度胸だ。
久々に――戦う気になってるってのに。
「レリ、
ピシリ、と鎌持つ右腕に変化が起こる。右腕が氷に包まれていく――のではない、右腕が氷そのものになる。
それは肩まで広がり、さらに首筋を通って顔の右半分まで侵食する。
鎌もまた、柄が木の枝のように
『化け物』たる我らの一端。
「“
名乗り上げ、大鎌を横薙ぎに振るう。
一瞬、その後ろ姿に、
純白の
「……ミスティと、人間の融合だと……化け物め……」
すっごい後ろの方から何か呟きが聞こえた。だから、化け物だって言ってんだろ。
「さて――いくぞ」
応じるように、魔獣とメイドが武器を構える。
仮面の下、少女が笑った、ような気がした。
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