第九話 対談三幕
昼休み。最近は輝燐なり誰なりがずっと近くにいたが今日は久しぶりに一人きり。というか、この季節には誰も来ないだろうという場所に一人出てきていた。
壁に寄りかかり左手に抱えた袋から取り出した肉まんを頬張る。
「はむ……」
咀嚼しながら見上げた空は雲の隙間からわずかに光が差し込んでくる。足元にはくすんだ雪。口から立ち昇る吐息は白く、気温の低さを視覚的に表していた。
他の場所が喧騒に包まれる中ここだけは静謐。その空間にギイッと音が響いた。
「ううっ、さむっ。やっぱ屋上なんかにいるわけ――」
鉄扉を開いた女子生徒と目が合った。寒風に肩を震わせるサイドポニーの女の子。俺の姿を認めてすぐさま呆れたような表情になる。
「信じらんない。なんでこんな寒いところに好き好んで出てくるわけ?」
「別に寒くない」
「はいはい、そんな強がりはいいからねこおりちゃん。早く中入ろう。あ、その肉まんちょうだい」
「自分で買って来いよ。ていうかこんな所に何しに来たんだお前は」
正直今一番出くわしたくないヤツだった。一人で居ようとする所を独りにさせまいとするヤツだからだ。
「優姫先輩、食堂までやってきてね。こおりちゃんのこと探してたよ」
「お前、あいつと親しいワケ?」
「
その際培った牙が今は両方とも俺に向けられているというのはとてもありがたくない話だ。
「そしてお前も俺を探していたと。副会長の狗め。晩のおかずはないものと思え」
「ちょっと待った! 何その横暴っぷり!?」
「それが嫌なら黙って戻れ」
「だったらせめてこおりちゃんも中入りなよ、風邪引くよ」
「引かない」
「……じゃあボクも戻らない」
どうぞご自由に。
肉まんを一齧り。一人から二人になるだけで静寂は沈黙になる。そしてそういうのが気になる人間と気にならない人間が存在する。
前者が輝燐で、後者が俺だった。
戻らない、って言ったものの……
優姫先輩の指令以外に何があったわけでもない。話題が見つからずそわそわし始めたボクを、こおりちゃんが気にする様子もなく肉まんを頬張る。
と、こおりちゃんが肉まんを一つまみちぎり取る。そのまま手を開く。
落ちていく欠片をただ目で追って――ぽとりと、
透き通った葉の上に落ちた。
さらにぽんっと跳ね上げて、落ちてきたところをぱくり。
「…………」
もう一度一つまみ落として、跳ね上げ、ぱくり。二人してもぐもぐと食べる。
「……ミスティってもの食べるの?」
「栄養摂取ってだけなら他に手段があるけどな。食べない訳じゃない」
ぽとり、ぽんっ、ぱくり。もぐもぐ。
「……仲良いね」
「ん、家族だし」
……家族。それは他人じゃないってこと。
「……こおりちゃん、その『周防』って苗字って、どこの家の?」
「唐突におかしなことを訊くな。どこの家も何も、生まれた家のに決まってるだろ」
普通はそう。でもねこおりちゃん。ボクの姓は『桜井』なんだよ。
「こおりちゃんは、自分を捨てた家の苗字のままで平気なの?」
「捨てられたのならまだマシかな。死んでるかもしれないし、どっちにしてももう会う事はないんだろうな」
「こおりちゃんのお人好し」
「そうか?」
「そうだよ。今朝だって、明野さんが一人でプリント運んでるの見て手伝いに行ってたじゃない。他人事じゃなかったの? それとも明野さんも特別?」
「他人事だよ。けど他人事だから放って置いていいってことじゃないだろう」
「やっぱりお人好し」
そんなもんじゃないと思う。
他人事だからこそ手を差し伸べるのは簡単だし逆に手を引くのも簡単。他人事だからこそ勝手な言を並べ立てられるし逆に無視されようが文句を言う権利も無い。要するに相手への責任なんて持たずに相手に介入するのだから非常に
「ねえこおりちゃん、なんでそんなに人と距離を置くの?」
「問題ある? 必要な事まで話さないなんてことはなかったと思うけど」
「それは質問の答えになってないよ」
ふう。自分こそお節介だろ、と思いつつもこれもやはり質問への答えじゃないので口にはしない。
「『化け物』だからな、俺は」
「それは勝手に壁作ってるだけじゃないかなぁ。ホラ、ボクは普通に人付き合いしてるし」
「一緒にするな、って言ったろメスゴリラ」
ぴき、と輝燐の額に青筋が浮かぶ。怒りを露わにしたいところを、しかし懸命に意志力を発揮し、どうにか落ち着いたようだ。
「別にボクに限った話じゃないよ。会長や杏李先輩だって」
「『化け物』じゃあないな。あいつらが自分自身を化け物と思ってるかは全くの別問題で、俺と同じ『化け物』じゃあない」
ふと、何かの疑問に答えが出そうになる。しかし、それが形になる前に輝燐からの問いが続いた。
「それじゃあ――『化け物』って何?」
思いがけず重い話になってしまった。でもだからってここで終わりにする気はない。
ここは――ここで踏み込むことを止めたら、多分ボクはずっと他人のままだ。
「…………」
無言。いつの間にかレリーフの姿が消えていた。
沈黙。一分、二分。
話す気がない、と取るべきだ。どうする?
追及――ダメだ、その為の材料がない。
質問を変える。いや、何を訊く気さ。今の質問と同レベルの、しかも答えてくれそうな質問なんて、
ある。
でも、それを訊いていいの? 多分答えてくれる。答えも予想出来る。ただ、答えてくれるという事実そのものがボクの口を鈍らせる。
肉まんの入ってた袋は既に空。今が昼休みだってことも忘れてた。いつこの場から立ち去ってもおかしくない。けど口は開かない。
と、こおりちゃんの視線が上を向いた。同時に、手の甲に冷たい感触。ボクも顔を上げる。
はらりはらりと、ゆらりゆらりと、その白は降りてくる。
空も、大地も、世界を白で覆う雪。光に照らされ銀に輝く。
少年は穏やかな顔をして、でもその瞳がどこを見ているか、やはり判らなくて。
自然と、その問いを発していた。
「こおりちゃんは……人を殺した事、あるの?」
「……忘れるような言葉や状況じゃなかったと思うんだが、あるって言ったよな」
「じゃなくて! ……えっと、暴走とか、そんな事故みたいなのじゃなくて、その……『殺した』ことって……」
「ああ、なるほど」
と、一つ頷いて、
「あるよ」
――驚きは、なかった。ああやっぱり、と。
けど、
「……そんなあっさり言う事じゃないと思うよ」
「ただの事実だし」
「事実だから言えばいいってもんじゃないでしょ!?」
怖い。
こおりちゃんが怖い。勢いづけなければ震えてしまいそう。こんなの初めてだ。
でも、これはこおりちゃんが人殺しだから怖いんじゃない。その類の恐怖や忌避はあまり感じない。むしろ平然と言えてしまう事が哀しいと思える。そして、
「まあ面倒事になるのは目に見えてるし、あえて言う必要はないよな。でも、絶対的に隠さなきゃいけないレベルの事じゃない」
ああ、あの瞳が、
得体が、知れない。
「……そんな、軽い事なの?」
声が震える。これは怒りだ、憤りだ――それは本心? 誤魔化し?
「こおりちゃんにとって、人を殺すってことはそんな軽い事なの? 命ってのは、そんなに軽いっていうの!?」
「なわけないだろう。馬鹿かお前は」
「んなっ」
混乱。当たり前の事を言われただけなのに思わず絶句してしまった。
「重いよ。命ってのはとても弱くて、とても脆くて、簡単に壊れてしまって、簡単に壊せてしまって。なのに有り得ないくらい重い。他人事でもそれは変わらない。でもな――だからやらない、なんて理由はないんだよ」
「……なんなの、その理屈……」
「別に理解してもらう必要ないよ。これはただの、俺が決めた事だ。それを、話せる状況で話す事を躊躇するようじゃ、自分の決断を信じていないってことだろ? その程度の決断で人を殺してたまるか」
ああ、これは――『化け物』だ。力以前に、意思が既に『化け物』だ。
反射的だった。拳が『化け物』の眼前で止まる。
反応、鈍。
突然目の前に突き出された拳をきょとんと見ている。その反応に密かにほっと息を吐く。人間だ、間違いなく。
「……で、なんだこれ」
「今のも避けられないなんて、化け物が聞いて呆れるんじゃない?」
そして、人間同士の戦いでボクがこおりちゃんに負けるなんて思えない。
スパンッと足を払う。雪の上に倒れたこおりちゃんの腹に拳の打ち下ろし。さらに顔面への蹴りは転がって回避された。
「けほっ……容赦ないな、本気で殴っただろ」
そんなことして無事な人間滅多にいないしね。
「人のこと散々見下してくれちゃって。見下すより見下されるほうがお似合いなんじゃない?」
「……はあ。喧嘩は嫌いなんだよ、痛いし」
溜め息と共にむっくりと起き上がって首を回す。
「……またどうでも良さ気だね。もう二、三発蹴っ飛ばしたほうがいいかな」
「そこまでだよ二人とも」
不意に割り込んできた第三者の声。その主はパンパンと手を叩く音と共に鉄扉を開いて現れた。
「キョウか」
「会長」
「そう、会長だ。故に校内での喧嘩沙汰を黙認するわけにはいかないな」
「校則で禁止する条項はない、どころか推奨されてませんでしたか?」
え、なにそれ、と言いたげにこおりちゃんが顎を落とす。
「一方的な蹂躙や無秩序な乱闘を推進してるわけではないのだよ。どちらにせよ生徒会役員が目の前で行われている暴力行為を放置することはありえんがね」
「……遠見会長って、大抵そういう現場で
こおりちゃんが納得って顔してる。
「ふむ。そこまで言うならば、物理的な抑止力を召喚しようか? 彼女なら現場へ常に割って入るぞ」
「いや、それはマジで遠慮する」
「…………」
悔しいけどボクもこおりちゃんに同意。優姫先輩に勝てるなんて勘違いを抱く人間はこの学園に一人としていない。
だからって、この場に留まり続けるのは、行き場を失くした感情が許さなかった。
鉄扉が閉まる。脱兎のごとく駆け出した輝燐の後姿に溜め息ひとつ。
「……で、お前は何しに来たんだ?」
「ご挨拶だな。危ないところを助けたというのに」
両手を大きく広げ、大仰にポーズを取る。
「……それは、どっちを?」
「さあ? どちらが強いか、僕ではわからんよ。もちろんミスティ込みなら、例外なく君だがね」
身体の基本性能は間違いなく輝燐が上だ。しかも武道の心得がある。
とはいえ、俺もただ殴られてやる趣味はない。明確に危害を加えられようとしている状況なら、比較的緩い「制限」に設定してる“アレ”を使うことに躊躇はない。少なくとも初戦は勝てるだろう。
「質問を変える。どうしてここがわかった?」
「キミの行動パターンは読めなくとも行動基準は把握してる」
「暇人め。もっとマシな頭の使い方をしろ」
「フフフ。ではまた生徒会室で。キミも教室へ戻りたまえ、もうすぐ昼休みが終わるぞ?」
そう言ってさっさとこの場から消えてしまった。
「……本当に何しに来たんだ、あいつ……」
そして唐突に頭が重くなる。
「……重い話になった途端逃げたな」
『~~♪』
口笛で誤魔化せると思っとんのか。
半眼で見上げる。が、溜め息一つ、目蓋を閉じて、開くと同時に雰囲気を切り替える。
「お前、普通に話すよな。『化け物』じゃない、ってことなのかな」
『その疑問には何年も前に答えが出てるでしょ。それなら僕らは『思考同調』なんて出来やしない』
まあ、わかっちゃいるんだけど。
『もともと僕は化け物だしね。その分こおりより表に出る感覚が鈍いだけだよ』
「人間もミスティも本質は同じなんだがな……」
『それを『理解』してるのなんて人間にもミスティにもほんの一握りだって』
「……難しいな」
『わお、こおりにしちゃ珍しいセリフ』
「俺だって高校一年の『人間』だ」
『うんむ』
鷹揚に頷いてぴょんと跳び下りる。陽炎の扉が揺らめき、レリの姿が掻き消えた。
続いて俺も屋上を後にする。
雪がほんの少し、積もっていた。
割と自己嫌悪だった。
「落ち着いたかね?」
「……はい」
屋上から立ち去った後、後を追ってきた遠見会長に促されてボクは生徒会室に来ていた。
「すまないね、真砂クンがいればもっと美味い紅茶が飲めるのだが」
既に五時間目の授業は始まってしまっているのにも関わらず会長はボクを引き留め、落ち着くまで待っていた。結果、さっきの行動を冷静に振り返る余裕ができると、
精神的に追い詰められて実力行使とか情けなさすぎ……
穴を掘って隠れたい。
思わず出てしまった溜め息に、遠見会長が苦笑する。
「無謀なことをするね、キミは。もうこおりちゃんに喧嘩を吹っかけるなんてしないほうがいい」
流石にこの物言いにはカチンと来た。
「頑丈な以外はただの人間じゃないですか。普通のタイマンで負けるはずありません」
「勝ち負けの問題ではないよ。一度徹底的に負かされた身から言わせて貰うと、彼と戦うのは精神衛生上よろしくない」
そう言って薄ら笑いを浮かべる会長の顔をまじまじと見てしまう。
「……こおりちゃんと会長が?」
「うむ。詳細な経緯は省くが、ある時こおりちゃんが僕と同じオーナーだと気付いてね。しかし、オーナーとしてのあり方は全く異なっていた」
「というと?」
「便利なオモチャ」
どちらが、なんて聞くまでもない。
「で、同じオモチャを扱う人間同士、どちらが優れているのか試してみよう、などと馬鹿なことを考えてしまってね」
「で、返り討ちですか」
戦いの内容までは聞かない。というよりなんとなくわかる。この人と同類かー、ボク。
「いや実に恥ずかしい。若気の至りとはかくも恐ろしいものか」
「……でもそれはやっぱりミスティありの戦いでしょう?」
「ふむ。感じてないはずはないと思うのだが? こおりちゃんの何が一番恐ろしかったか」
ぎゅ、と膝の上で拳を握った。
「こおりちゃんって……子供の頃からあんな、超然としてるっていうか……意思の『化け物』って、そんな感じだったんですか……?」
恐る恐る、聞いてみる。すると、
「いや。というか……キミはそんな段階で躓いたのか?」
呆れられたー!?
「いや、だってですよ!? あれ、絶対まともじゃないですよ!?」
考え方が、じゃない。その意思を貫くためなら茨の道でも炎の中でも突っ込むだろうという、その『強さ』が、だ。
決めたことを実行する。周りの理解は必要ない。言ってしまえばこれだけだが、実行できる人間がどれだけいる?
しかし、
「所詮意思は意思だよ。実行力がなければただの妄言でしかない」
それはその通りなんだけど、事実としてこおりちゃんは実行してるわけだから、と続けようとして、
その前に、遠見先輩が額に手を当てて何やら考え込む仕草を取っていた。
「……まさか、本当に感じていない?」
「? 何を?」
この返事で、遠見先輩が瞠目した。
「―-! 制御しているのか、まさか!?」
「え? え? え?」
「それならあれも説明が……いや、しかしだ、いくらこおりちゃんとはいえ……」
「? ? ? あの、会長? 遠見会長?」
名前を呼ばれてようやくハッと没思考から顔を上げた。その顔は、死人のように蒼白かった。
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですか」
「あ、ああ。問題ない」
と言いつつも顔色が戻る様子はなく、手も細かく震えている。
「……輝燐クン。キミは一昨日、こおりちゃんと戦ったね?」
「え? まあ、はい」
「そのとき、その……『恐怖』は感じなかったかね?」
「え? んーと……そりゃ、人を殺したことがあるなんて言われたら、」
「違う!!」
ビクッと身が竦む。
「意思への恐怖でも力への恐怖でもない! もっと――そう、自分の存在そのものが握り潰されるような『恐怖』を、だ!!」
「……………………なに、それ」
それしか言えなかった。事実ボクはそんなものを知らない。この会長が取り乱す姿に困惑していた、というのもある。そして、そんな恐怖は想像する事も出来なかった。
ただ、ぽつりと、訊いた。
「『化け物』って、なに?」
「……『分からない』。ただ……こおりちゃんはその自覚がないようだった。少なくとも子供の頃は」
会長がガタリと椅子に座り込む。ふうーーっと大きく息を吐くと、少し落ち着いたようだった。
「……こおりちゃんが転校してくる前日、僕は杏李女史に言ったのだよ……「僕らなら問題無い」とね」
その言葉には自嘲の響きばかりが浮かんでいる。
「あの頃とは違う。僕も一人のオーナーだ。こおりちゃんの隣に並び立てる存在なんだ……とね。いや、甘いったらない」
この独白を、ボクはただじっと聞く。途中で口を挟むのが憚られる雰囲気だった。
「あの黄昏時……名乗り上げまではよかった。普通に対応できた。しかし、真っ直ぐ刃を向けられた途端、」
ふうっ、と一息切る。
「僕もテレムスも恐怖で動けなくなった。視界が暗転しかけた。イセクザイスが攻撃を止めた音で視界が戻り、こおりちゃんに威圧感がまるでなく――というかやる気すら皆無ということにようやく気付いて、僕らも攻撃を開始した。杏李女史が普通に動いているように恐れる部分はまるでなく、なのに、僕らはこおりちゃんの身体が闇の中へ吹っ飛ばされて見えなくなるまで心も身体も恐怖し続けた」
会長の手がカップを持ち上げ、紅茶を呷ろうとして、中身が空なのに気付き苦笑する。
「……もう一度は無理だな。今度こそ潰される。……僕は、『彼女』のようにはなれない」
「でもボクはそんな恐怖なんて感じなかった」
「六年の間に制御できるようになったのかもしれんな。現実味は無いが」
「その『化け物』が消えたってことは」
「楽観的で素晴らしい。縋りたくなるような言葉だ」
こうして話しててボクと会長で温度差が感じられる。会長が真剣なのはわかるけど、そんな恐怖なんていまいち信じられない。子供の頃のそういう体験って簡単にトラウマになるもんだしなぁ……。
「ともかく、それがこおりちゃんの言う『化け物』」
「ああ、それは別物だろう」
「は?」
結論を纏めようとしたところで、今までの話の流れをさらりと、あっさり、完全にぶった切られた。
「こおりちゃんには悪いが、『あれ』と『人間』は間違っても同格に出来んよ。『あれ』を自覚してると仮定してだが、そのことに気付かないこおりちゃんじゃない」
正直言って、何を言ってるのかよく理解出来てない。けどまあ、今までの話がボクの元々の疑問に無関係だってのはとりあえず分かった。
「あー、えっと、会長?」
「なんだね?」
ん、会長もすっかり元の調子に戻ったみたい。さっきの取り乱し様が嘘のように、優雅な仕草で紅茶を淹れ直している。
「こおりちゃんの、「他人事」の理由ってなんですか?」
「……そこに行き着くまで随分脇道に逸れたなあ」
誰のせいだ、誰の。
「で、それを知ってどうするんだね?」
「その前に、会長は本当に知ってるんですか? 理由」
「厳密には知らない。が、予想は出来る。これでも幼馴染みで生徒会長だ。キミの知らないことをたくさん知っているのさ。……あまり睨むな、ちゃんと教えるから」
おどけて肩を竦める会長。ティーポットから紅茶を注ぎ、椅子に座り直して足を組む。そして――雰囲気が変わる。
それは全校集会の時にも、先日ミスティのことについて話したときにも見られなかった。さっきの怯え、切迫した様子とも違う。
その表情には、こちらが息を呑むほどの真剣さが在った。
「ならばまずキミが知るべきは七年前だ。彼がこの街にいた頃、そして彼がこの街を去ることとなった出来事を」
「…………」
日が暮れる。太陽が沈むその姿をボクは教室の窓から眺めていた。
「どうしたもんかなぁ……」
結局はこおりちゃんの意識の問題だ。ただ、それを否定できるだけの持ち合わせがボクに無い。
根拠になってる力は本物だし、何よりこおりちゃん頑固だしなぁ……
頭を抱えたところで教室のドアがガラリと開いた。
「スマン、遅くなった」
入ってきたのはウチのクラス担任、牧野先生だった。
ボクの前の机を逆向きにして席に着く。
「これがデートなら振られてますよー」
「言うな」
八つ当たり気味のセリフに苦々しそうに返す。うわ、実体験アリか?
「桜井こそ午後の授業はいなかったそうじゃないか。何をしていたんだ?」
「あ、あはは」
その欠席については会長の口添えでお咎め無しということになってる。一部の、というか一般の教職員より生徒会長のほうが権限が強いそうだ(理由は例によって例の如く)。しかしだからといって教師が心から納得しているわけもないだろう。
「えっと、こおりちゃ――周防くんの事ですよね」
「ああ、本当は本人と話すべきなんだがな」
お互いに気まずくなりそうな話題を早々に切り捨て本題に入る。
二時間目の後呼び止められたのはこれが用件だった。クラスに馴染めていない様子の転校生について話を聞きたい、と。
「なんというか、立場として言っては不味いんだが、どうも苦手でな。桜井なら一緒に住んでるんだし、それなりに打ち解けているんじゃないかと思ってな」
「そう、かなぁ? 結構距離あると思うんですけど……」
答えつつ、本人に直接訊けばいいのに、と思う。気難しい当人より話しやすい周りの人間に当たるというのは理解できるけど、好感は持てない。まあ、こうして気にしてくれる分良い先生なんだろうけど。
「それは、異性だからなぁ。うーん、桜井より仲のいいヤツって分かるか」
「えっと、会……いえ、多分皆似たり寄ったりだと」
アブね、二人が知り合いなのは一応秘密だっけ。……それが無くても、何故だか口にしたくない気はしたけど。
「うーん、そうか……」
「やっぱり、こういうことって本人と直接話したほうがいいと思いますよ?」
まあ、結果なんて見えてるけど。
「……じゃあ、やっぱり桜井にしておくか……」
ところが、先生は一人で何かブツブツ考え込んでる。その様子を怪訝に思う。
と、突然こちらに身を乗り出した。同時に懐から何かを取り出し、こちらへ向けた。
ねっとりとした視線。危機感。
慌てて下がろうとするも後ろの席が邪魔で大して動けない。左腕を盾にする。
押し付けられた
バチンと、意識が揺れた。
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