第八話 とある少女の人間観察

 明くる日の授業後。ボクと伊緒と啓吾の三人は輪になって互いの顔を睨んでいる。

「……いくよ」

「どんとこい!」

「今回こそは!」

 ばっ、と一斉に互いの力を解放した!

「「「…………」」」

 はらり

 ボクの手から一枚の紙切れが落ちた。それは、そう……成績表。

「いちばーん!」

「連敗脱出おめでとワイー!」

「うわああああん!」

 ボクたち三人は一学期から小テストから定期テストに至るまでこうして勝負している。いや、成績がいいわけじゃなく、むしろ皆下から数えたほうが早いんだけど、だからこそ伯仲しているというか。いい勝負になるんだよ、うん。そして最下位は罰ゲームでその日の昼食を全員に奢らなくてはならない。ちなみにこの勝負、伊緒は何故か最下位だけは取らず常に罰ゲームから逃れている。

「ごちになります!」

「今回はヤバいと思ってたけど……まさか啓吾に負けるなんて……」

「すっごい失礼やなソレ!」

「なああっ!?」

 突然後ろから響いた叫び声に驚いて振り向いた。手に持った成績表を破り捨てんばかりに握り締めたクラスメイト。

 明野心さん。学年で常にトップの秀才で、銀髪が綺麗な娘。その顔は紅潮し、まなじりが吊り上っている。いつも結構余裕のある態度だから、こんな明らかな怒り顔を見たのは初めてかも。

「なにかしら」

 視線に気付いて振り返る。その動作はいつも通り優雅といっていいんだけど、目は全く笑ってない。てか据わってる。こうなると愛想笑いと一緒に顔を背けるくらいしかボクに出来ることはない。

「どうせまたトップだろうのに何が不満なんかの?」

「さあ?」

 小声で囁き合う。そんな雲の上の考えなんてわかるはずもない。そもそも、勉強が出来たって社会に出たら何の役にも立たないんだし。でも学生のうちは切実だったりするんだよね、たとえば成績の良し悪しがお小遣いに直結したり、とか。

 大体、今回成績が下がったのはボクのせいじゃないはずだ。直前にあんなことがあってテスト前はろくに勉強出来なかったわけだし――

 そうだ。

「ねえ、こおりちゃん」

 ボクの呼びかけに顔を上げるこおりちゃん。基本的に話しかければ応じてくれる。噂は昨日の午後には収束し始めており、今朝には聞かれなくなっていた。ただし、それでも近寄り難い印象までは拭えない様でこおりちゃんに自分から近づこうという人はいなかった。……今は、ボクたち三人だけでもちゃんとこおりちゃんの周りにいないと。

「テスト、どうだった?」

 机の上にはすでに成績表はない。そして問いにははあ、と溜め息を吐いた。

「別にどうでもいいだろ。数学や科学なんて社会じゃ何の役にも立たないんだし」

 おお、同意見! これはお仲間かも、と、ピーンと閃く。

「それじゃあさ、成績悪いほうがお昼奢るってことでどう?」

 流石にテストの存在自体知らなかった人より悪いなんてことないでしょ、ニヒヒ。

「何がそれじゃあなのか全く分からないんだが、やめとく」

 ええい、ノリが悪いなあ!

「おや、そんなに自信ないのかな、こおりちゃん」

 挑発でどうだ!?

「そうだな。ここ最近忙しかったっつってもこれは酷い」

 ぬあ、流された! いやしかし、成績が悪い事をほのめかすセリフ。これは期待通りかも――

「つべこべいわずにみせろー!」

 がっ、と伊緒と啓吾の奇襲が入った! 啓吾がこおりちゃんを押さえ伊緒が成績表を引っ張り出す!

 あっ、こら! まだ言質とってないのに!

 しかし、止めるより早く伊緒がそれを見てしまった。くそう、結局ボクが奢るハメになるのか――

「………」

 あれ? 伊緒が凍ってる?

 両脇からボクと啓吾も覗き込んだ。

 …………。

「あの、こおりちゃん。一つ伺いたいのですが」

「なんだ」

「一つマルして位を上げた、なんてことは」

「今時の小学生でもやらないだろ、それ」

「じゃあ……三桁の点数ってどういうこと!?」

「なああああっ!!」

 それに対して真っ先に反応したのはさっき謎の叫び声を挙げた明野さんだった。

「ちょっとソレ貸しなさい!」

 言うが早いか許可なく引っ手繰る。

「周防こおり……理数系科目が軒並み満点……」

 もちろん学年一位だ。

「違う。よく見ろ、化学は七十六点だ」

「ちょ、どこが悪いのこれが!?」

「だからよく見ろ、国語や英語は平均にも達してない。いくら最近ドタバタしてたからってこれは酷いだろう」

 結果総合順位は大幅に下がっているが、ボクたち三人から見れば雲の上だ。

「別にどうでもいいだろ、社会に出たらこんな点数なんて何の役にも立たないんだし」

「おまえ、いやみにしかきこえないぞ」

 激しく同意だ。

「そう、あんた。あんただったのね……」

 そんな驚きと呆れムードのボクたちの傍ら、明野さんより地の底から絞り出すような声が響く。

「これまでずっと、全教科あたしが一位だったのに……それを邪魔してくれたのは……」

「別に邪魔したわけじゃないと思うんだが、……名前、何だったっけ」

 うわあ、それは火に油だよこおりちゃん!

「明野心よ、覚えときなさい! 近いうち、絶対あんたを跪かせてやるから!」

「高得点取った事を怒られたのは初めてなんだが……適当に間違えときゃいいのか?」

 ぶちっ

 あ、何かが切れた音。

「周防君、あんた、あたしのこと馬鹿にしてんのね。ぽっと出のヤツに負けた女ってそう嘲笑ってるのね」

 うわあ、すごい形相。お人形みたいな整った顔が台無しだ! こおりちゃんもその威圧感に押され気味だ!

「待て、そりゃ被害妄想――」

「うっさい! いつまでも調子に乗ってられると思わない事ね! 何がこおりだ、融けてドブ川に流れていくがいいわ!!」

 意味不明な罵倒をして明野さんは教室から出て行ってしまった。一斉に息を吐く。

「こーりん、けんかうるのとくいだなー」

「自覚してるからやめてくれ」

「じゃ、治そうよ……」

 見てる方の心臓に悪いよ、まったく。

「こら、テストの度に一悶着ありそうやな……」

 ボクの真後ろで毎回こんな騒動が!?

「まあそのうち慣れるだろ」

 慣れない! ボクは慣れない! だから一刻も早く治してこおりちゃ~ん!!



「いやあ、あの明野女史を激怒させるとは、なかなかやるじゃないか周防!」

 今日も今日とて生徒会。連行されて生徒会室に入って開口一番にキョウの口から飛び出した言葉がそれだった。

「君が来てから本当に退屈しないなあ!」

「俺は休まる暇が欲しい」

「はいはい、生徒会が終わったらいくらでも休みなさい」

 席に着くとすっとティーカップが差し出される。

「それにしても周防が本当に優等生だったとは。編入試験はてっきりブラフだと思っていたのだがね」

「そんなわけないでしょう、会長。学校側が不正入学を認めているとでもいうんですか」

 ……あるんだろうな、オーナーの不正入学が。いや、こういうのも特待生と言うべきなのか?

「して、男子生徒の高嶺の花に詰め寄られた感想はいかがだったかな、周防?」

「高嶺の花って、あのちっこいのが?」

「成績優秀スポーツ万能、幼くも可憐な容姿と常に余裕を忘れない貫禄とのギャップに落とされてしまいながらも手が出せない者が多いのさ。いや、実に生徒会に欲しい人材だったのだがね、無下に断られてしまったよ」

 俺には常に睨まれてる印象しかないのだが。

「そこに今回激情家の一面が加わったのだが、それで人気が落ちるどころか「踏まれたい」との意見が続出。まるで女王様のようだよ」

「それ全員病院へ送ったほうがいいわね」

「そしてそんな感情を見せた周防も注目の的だ。嫉妬の視線でな」

「そうなんだ」

「自分の事でしょう」

「しかし、文武両道の優等生というならうちの副会長も負けてはいないな」

「武はともかく文はあなたのほうが上でしょう。 それに、私にはあなたや彼女のような人気は無いわ」

「むしろ恐怖の象徴って感じだもんな」

「周防はもう少し考えてる事を口に出さないよう努力するべきね」

 ハッ、獅子堂の戦闘力がどんどん上昇していく!

「待て、落ち着け。そう考えてるのは何も俺だけじゃないはずだ。あと、心当たりがないか自分の胸に手を当ててよく考えてみるといい」

 周囲の生徒会役員に顔を向けると皆一様に逸らした。ほら見ろ。

「そうだな、ああ、その通りだ。その風評に対し弁解するところはない。主に私を怒らせているのが同じ生徒会役員である、ということを除けば、だが」

「ううむ、これはいかんな。ということだから周防、次からは真面目に出席してくれたまえ」

「いや、お調子者の会長が原因だろ」

「二人共だ」

 ゴゴゴゴと擬音が聞こえてくるほど大気が震えている。う、これは流石に不味いか?

「嗚呼、今日こそは怒りの日。副会長の粛清の鉄槌が今まさに、横暴の限りを尽くしてきた会長とその配下に振り下ろされんとしているのか」

「不吉なナレーションしてるのはどこのどいつだ」

 しかも洒落にならない。

 声のほうに顔を向けるとそこには杏李先輩と何故か輝燐がいた。ナレーションをしたのは間違いなく毒を隠し持っている方だろう。

「ごきげんよう皆さん。今日も愉快なご様子で、もっと早く来ればよかったと悔やんでいます」

「余計に心労が増えずに良かった、と私は安堵していますよ」

「ひどいです姫さん」

「だからそれはやめろっ!」

 口調が乱暴になった事から鑑みるに本当に嫌なんだろうな。ああ、わかる。

「おーい、こおりちゃーん」

 周囲から失笑が漏れた。だから、嫌だ、っつってんだろ。

「何でお前が生徒会室に来てるんだ」

「む、ひどい言い種。せっかくこおりちゃんに会いに来てあげたっていうのに」

 その言葉で周囲がざわめく。あ、なんか壮大な勘違いをされてる予感。

「周防、桜井、校則に恋愛を禁止するような項目はないが、時と場所は弁えるべきだと思うわよ」

「ゆっ、優姫先輩っ!?」

「盛大な誤解をありがとう。ここのこれとは同居人でクラスメイト、それ以上でも以下でもない」

「そうなんですか? てっきり私はこーりんが毎晩のようにケダモノと化しているとばっかり」

「杏李先輩、実はあの噂広める側の人間だったでしょう」

「はぁ、いつ来てもここのお茶は美味しいですね」

 無視か、本当にいい度胸してるな。まあいい、ずれた話を元に戻そう。

「で、何の用なんだよ」

「あ、うん。今晩ね、伊緒と啓吾がウチ来るから」

「それが? 別に誰が来ようが居候の俺が文句付けれる訳でなし」

「えっと、だからね、二人とも家でご飯食べてくの」

「……ああ成程」

 要するに二人分多く作れ、と言いに来た訳か。

「別にいいぞ。二人分増えるくらいどうって事ない」

 材料費は遥香さんが出しているのだし、料理をする際手間なのは量よりむしろメニューを考える事だ。

「すっかり主夫だな周防は」

 キョウの言葉は無視だ。

「さて、そうなると、いささか材料が足りないか」

 呟きと同時に輝燐の肩を叩いた。

「え、こおりちゃん?」

「というわけだから、ここは任せた」

 囁くと同時にくるん、と自分と輝燐の位置を入れ替え、とん、と獅子堂のほうへ軽く押した。

「わっ」「えっ?」「きゃっ」「ふむ」

 それぞれの驚きの声が聞こえる頃には俺は生徒会室の扉を開け、そして一目散に駆け出していた。

「家事都合で早退する! それは代理に使ってくれ!」

「まっ、待て周防ー!!」

 当然無視し、即刻この学校の敷地から出る事だけを考え走り抜けた。


 数時間後、二人と共に帰宅した輝燐によって、鉄拳制裁をお見舞いされる事となる。



 ボールが体育館の床を勢いよく弾む。

 直後鳴らされるホイッスル。

「よおっし、あい・うぃん!」

 最後のスパイクを決めたテンションのままチームメイトとハイタッチ。

 今日の二時間目は体育。女子はバレーボール、男子はバスケットボールだ。

「桜井容赦ないー」

「あんなの取れないって」

「手加減してよねー」

 毎度毎度言われる言葉に、今回も苦笑いを返すことしか出来ない。もう十分手加減してるんだよー。

 コートから出て額を流れ落ちる汗を拭く。入れ替わりで伊緒が入っていった。ホント球技だと楽しそうだよね、あの子。弱いけど。

 床に腰を下ろして、ふと体育館の反対側、男子のほうが目に入る。

 選手にしても外野にしても、一番注目を浴びるのはボールの行方。そしてボールの持ち主だ。

 こおりちゃんにパスが回る瞬間だった。

 そのボールを保持することなくワンタッチで流す。

 空いていたスペース。そこに走っていた啓吾にパスが渡る。

「ぬおおっ」

 そのまま不恰好なレイアップを決めた。

「ひゅう。……ん?」

 と、違和感を覚える。啓吾がぜーはーぜーはー息を切らしてるのは分かる。他、二人のチームメイトも同じだ。

 バスケは走り続けるハードなスポーツ。所詮体育のミニゲームとはいっても、普段から運動してない人には相当な運動量になるはず。

 だっていうのに、こおりちゃんのあの平静具合はどういうことだろう。服の袖で汗を拭いつつもほとんど息を切らしていない。

 疑問に思ってしばらく見ていると気付いた。

 ――サボってるな、こおりちゃん。

 いや、それは言い方が悪い。楽してる、も違う。きちんとチームに貢献している。

 動いていない。これが正しいか。ドリブルで切り込むところなんて一度もなく、パス出しに専念してる。

 ただそのパスが絶妙だった。一瞬で最適なコースを選び、ときにフェイクも入れ、空いているスペースへ味方がギリギリマークを振り切れる程度の速度で放り込む。味方にハードワークを強要するこのスタイル、Sだなぁと思いつつ、敵チームが止めきれないことからも功を奏していることが伺える。そういえば、相手チームにはバスケ部員がいるけど、点差はほとんど離れてない。

 けど、これは結局味方頼みの戦法だ。二点のビハインド、残り時間数秒。味方の足はすっかり止まってパスを出す場所もない。このまま勝負あったかな、と思えば。

 しゅっ、と。

 ゴールネットを揺らした。スリーポイント。予備動作がほとんどなかった。

 と同時にタイムアップ。あー疲れた、とでも言いたげにコートから出て行くこおりちゃんを啓吾がヘロヘロの足取りで捕まえる。

「……上手いもんだね」

 強いというより上手いでいいんだろう。一対一の勝負なんて攻めでも守りでも避けてたみたいだし。……疲れるのを嫌っただけかもしれないけど。

 生徒会役員じゃなかったらスカウトされてたかも、と思ったところで、

「へぶうっ」

 意識の外から聞こえた声。一拍遅れてそちらへ顔を動かすと、


 妖精が飛んでいた。


「はっ!」

 スパンッと小気味のいい音。コートに突き刺さるスパイク。着地と同時にさらりと靡く銀の髪。

 明野心さん。誰よりも小さな身体で、誰よりも高く跳んだ我がクラスの秀才少女。

「すごーい、明野さん!」

「当然よ」

 ともすればただ傲慢なその言葉も、彼女が口にすれば貫禄の一言。そして倒れていたクラスメイトに手を……って伊緒!? もしかしてさっきの鳴き声、もとい悲鳴って……。

 一度頭を抱えて溜め息を吐いた後再び顔を上げる。

 明野さんの目つきが変わってた。具体的に言うと睨んでいた。

 視線の先をなぞる。……こおりちゃんがいた。

 見事なまでに目の敵にされてるなぁ。朝のアレも割とプライドを傷つけたのかも。

 ふと、今朝の出来事を思い返す――


 A few hours ago


「うええ……」

 靴箱に手を着き口許を押さえる。朝からもういい時間が経ってるのにまだ嘔吐感は消えてくれなかった。

「まだ気持ち悪いのか」

 ふう、と一息吐いたこおりちゃんをキッと睨んだ。

「誰のせいだと思ってんの……!」

「いや、マジすんません……」

 怨嗟の篭もった一言で一気に殊勝な態度になったものの、気分は晴れない。

 毎朝習慣になってるランニングの後のことだ。帰ってくると、なんとこおりちゃんが起きていた。

 昨日に引き続き、またバーリ・トゥードなんでもありで起こさなきゃならないのか、と思ってたところに予想外の吉報。しかも朝食の用意までしてくれてるという特典付きだ。ひゃっほう、と飛び跳ねたい気分だったね。

 しかし、何の疑いもなく朝食を口の中に入れた途端――

「何……あの汚染物質……」

「さあ……俺も知りたい」

「てか、同じもの食べてたのになんで無事なの……!」

「寝ぼけてたからだと……」

 こおりちゃんの朝ご飯は危険。教訓ってヤツは常に苦い。苦い、なんて味じゃなかったけど。

「保健室行くか?」

 コクコクと頷く。流石に責任を感じてるようで、こおりちゃんも着いて来る。と、その途中で、

「……悪い輝燐、ひとりで行けるか?」

「あう?」

 疑問符を浮かべながらもこくりと頷く。と、こおりちゃんも頷きを返して身体を反転。そのまま、

「きゃっ……ちょっと、何してるのかしら」

 さっきすれ違った明野さん、その腕に積み上げられていた資料の束を半分ほど奪い取っていた。

「いや、前見えてないだろお前」

「見えてたわよっ! ……少しは」

「危ないことにゃ変わりない訳だ」

 確かに、足取りがフラフラと危なっかしかった。

「っつ、だからって余計なお世話よ! 誰がいつ手伝ってくれるよう頼んだかしら!」

「一人だと無理があるように見えたんだが」

「このくらい一人で十分よ」

「そうか」

 と、頷くと同時に資料を明野さんの腕の中に戻した。

 再び埋まる視界。

「…………」

「じゃ」

「……待ちなさい」

 そのまま立ち去ろうとしたこおりちゃんを呼び止める明野さん。

「ん?」

「やりかけた仕事を途中で放り出すのはどうかと思うわよ? ちゃんと最後までやりなさい」

「いや、必要ないらしいし」

「い・い・か・ら、持ちなさいよ!」

「……えー」

 理不尽、という文句が顔に張り付いていたものの、それ以上特に何を言うでもなく資料を持ち直し、二人は教室に向かっていった。


 Return now


 ――と、保健室に行くはずがついつい最初から最後まで見ちゃってたけど……

 更衣室での着替え中、教室へ戻り途中――まだ思考は続いてた。

 実はこおりちゃんのこんな行動は今朝に限ったことじゃない。人手が足りないところへ手助けに入るって光景を何度も目にしてる。

 意外とお節介焼き? お人好し? かと思えば平気で放置したりもしてるし、断られればあっさり退くし。どうやら自分ルールがあるんだろうなぁ、って見当をつけた。

 まあ、こおりちゃんはそれでいいとして、

 ……明野さん、やっぱりこおりちゃんには妙にキツいよねぇ……?

 先に教室へ戻ったのか、周りに特徴的な銀の髪は見当たらない。

 彼女のキツい態度、っていうなら見たことないわけじゃない。一学期に馬鹿な行動をとっていた男子を見下した態度で散々こき下ろしていたことがあったから。でも、こおりちゃんへ対するキツさはそれとは全くベクトルが違う。懐かない猫みたいだ。

 ……うーん、昨日のことだけであんな野良猫みたいになるもんかなあ。 ……いや、ボクも出会い頭に蹴飛ばしたりしてるし、でもでもそれは悪いのは向こうであって、

「桜井」

「ふひゃうっ!?」

「うおっ!?」

 ビクッと過剰に反応してしまい、相手のほうまでビックリさせてしまった。

「な、なんだ、どうした」

「……なんだ、先生か……」

 ボクに声をかけたのは担任の牧野先生、通称マキセン(伊緒命名)だった。


 三時間目。

 明野さんもこおりちゃんも遅れて戻ってきた。別々に、ではあるけれど。

 明野さんはまたも不機嫌そうに。こおりちゃんはどこか面倒臭そうに。

「…………」

 なんだろう。少し、

 胸の中が、ざわめいた気がした。

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