第三話 初登校と生徒会長

「しくじった……!」

 現状を呪いつつ、俺には走るしかなかった。

 何故こうなると分かっていたのに昨日のうちに準備をしておかなかったのか。後悔してもし足りないが今そんな悠長なことをしていられる余裕は無い。

 いろいろな装飾を取り外して明瞭簡潔に現状を述べるなら。

 寝坊して遅刻しそう。

 しかも転校初日に。

 そう、わかっていたことだ。俺の寝起きの悪さは天下一品。だというのに昨日は何の対策もせずに寝てしまったのだ。俺の荷物の大半を占めた目覚まし時計をセットすることも、遥香さんに寝起きの悪さを話すこともすっかり忘れていた。

 遥香さんが俺が起きてこないのに気付き奮闘すること三十分。急ぎ学ランに着替えると朝食を取る間もなく走り出したのだった。

「ぜえぜえ……」

 学校前の坂道は朝っぱらから全力で登るには酷だ。しかも雪が積もってるならなおさら。

 それでも俺は走らなければならない。転校初日から遅刻などしてはいけないのだ。

 いや、普通に遅刻しちゃいけないんだけどね。要するに、そんな目立つことはしたくないってことだ。別に笑い者になるくらいどうってことはないのだが、話題の中心になるのは勘弁だ。まあ、転校生という時点で話題から外れるというのは相当難しい話なのだが、あえて話のタネを増やすこともない。

 しかし、どうやら全力疾走の甲斐はあったようだ。見ろ、校門まであとわずかだ。時計を見ても、これなら歩いたって十分間に合う時間だ。

 そう思って減速した瞬間、

 ずるっ

「うわっ!?」

 雪に足を取られ、滑って尻餅をついてしまった。すぐに起き上がろうにも息が上がってしまっていて立ち上がる気力が出ない。

 ……はあ、ついてない。そう思いつつ息を整えていると、すぐそばに人の気配がした。

「はあ……ん?」

 振り返る。

 女の子が一人、立っていた。

 正確には肩で息をして、膝に手を付き呼吸を整えているところだった。制服を着ていなければ同じ学園の生徒とは思えないような小さい身体をしているが、その顔は幼いながら人形みたいと形容できるほど綺麗なものだ。しかしその表情は何故か苦悶に歪んでいる。

 これは……なんだろう。このも遅刻したクチだろうか。

「はあ、はあ…………キッ」

 !? 何故かいきなり睨まれた。それから……なんだろう、胡散臭いものでも見るような目つきになった。おい、この娘とは初対面のはずだよな、俺?

「本当に、こんなやつが……」

「え? 何だって?」

 聞き取れなかった呟きを反射的に訊いてはみたものの、女の子は無視して歩き去ってしまった。後頭部から流れる二房の長い銀の尻尾かみをなびかせて。

「……俺も行かないと」

 遅刻間際だった。いつまでも座り込んでるわけにはいかない。

 転校初日。学校が始まる前より既に静かな生活から遠ざかり始めていることに俺はまだ気付いていなかった。



 とりあえず始業ベルぎりぎりには職員室へ到着。さすがに注意されたもののそれ以上のことは何もなく、もちろん朝のHRには間に合った。そして俺は担任の若い教師に連れられ、今は教室の前で待たされている。

 最早慣れたもので転校の挨拶なんかで今さら緊張なんてしない。いつも通り名乗りと礼だけで終わらせる気だ。それでこっちの空気を読んでくれれば重畳。お節介焼きとかがいないと大助かり。

「入れ周防」

 あ、呼ばれた。引き戸を開けて中に入り、黒板の前に立つ。教師が黒板に俺の名前を書いている間、ぼうっと教室を眺めていた。

「……?」

 なんだろう。どこもかしこもひそひそ話が目立つ。それも俺をちらちらと見ながら。いや、転校生である俺の容姿がどうだとか話しているのは別に珍しいことじゃない。ただ、どうもその視線が冷たく感じられるのは一体……?

「家庭の事情で転校してきた周防こおり君だ」

「っと、周防こおりです。どうも」

 教師の言葉に反応し挨拶、そして一礼。予定通りそこで終わった。その態度に教師は「あー」と困ったような呻きを上げると、

 次の瞬間、とんでもないことを補足してくれた。

「周防は桜井の家に厄介になっているんだったな。何かと面倒もあるだろうから、隣の席にしても構わないぞ」

「……は?」

 サクライ? って、おい。

 その発言に一瞬教師の方に向けた視線を教室へと戻した。眼球の動きだけで教室を見回す。

 ……発見。桜井輝燐。こちらに顔すら向けず明後日の方を見ている。あいつもこの学校だったのか。いや、遥香さんが理事をやってるくらいだしそれはいいとしても、まさか同じクラスになるとは予想していなかった。

 そのわずかな間にひそひそはざわざわへと変わっていた。

「はーい、しっつもーん!」

 ざわめきの中元気よく手を挙げる女子。肩までの髪に頭頂部にはアホ毛がぴょこんと生えている。その娘は指名されてもいないのに元気よく立ち上がると、

「ゆーが変態覗き魔っていうのはほんとうですかー?」

「…………は?」

「ついでに痴漢というはなしもほんとうですかー?」

「………………はあ!?」

 なんだそりゃあ。いったいどこからそんな話が出てきて――

 一人しかいないな。しかも完全に嘘とはいえない。

「どーなんですかー? ってかなんかいえこらー!」

 教室に入った直後からのひそひそはこれか。なんつー浸透速度。もしかすると学園全てにまで広がってるかもな。というか下手すると自分も話題に上りかねない話だっていうのに、そこまで俺が嫌いかあの女。

「むしすんなー、ひこくにもくひけんはないぞー、っていたいー!」

 さっきから騒いでいた女子が側まで来ていた教師の出席簿で叩かれた。

「牧野せんせー、かどはひどいよー」

「うるさい、お前は今年もこんな調子かまったく。ほらお前たちも静かにしろ」

 出席簿をぱんぱんと叩いて騒ぎを黙らせにかかる。それから、

「あー、周防。お前の席はあそこだ」

 そう言って出席簿で指した先には一つ空席があり、……そこは輝燐の斜め後ろの席だった。

「ほら次は始業式だぞ、体育館に移動だ。いつまでも喋ってないでとっとと廊下に並べ。転校生に群がるのは休み時間になってからにしろよー」

「でもせんせー、まだようぎしゃのとりしらべがおわってませんー」

 被告と容疑者じゃ意味がまったく違うぞ。どうでもいいけど。

「みっちり職員室で取調べを受けさせてやろうか、藤田?」

「カツ丼でないならけっこうですー」

 そう言うと藤田というらしい女子は瞬く間に廊下へと消えていった。他クラスメイトの面々もまたざわめきは残るもののぱらぱらと廊下へ出て行く。

 とりあえず俺は鞄を置きに自分の席へと向かった。既に輝燐はいなかったが予想の範疇だ。だが席に着いた途端、隣の席の女子が立ち上がった。そのまま廊下へと出て行く後姿を見送る。すれ違い様、こちらに一瞥もくれないその表情は少々硬い。

 小さな背。揺れる二本の尻尾。色は銀色。

 今朝の娘だった。

「…………」

 避けられたかな。覗きがうんぬん、痴漢がうんぬんだ。嫌悪感を抱くのも当然。しかも俺自身否定していない。

 これは……どうやら。

「好都合だ」



「しまった」

 時刻は十二時半。今日は半日授業。そして教室内に他の生徒は誰もいない。

 始業式の間、俺は列の一番後ろで立ったまま安眠していた。いやあ、実に快適な時間を過ごさせていただきました。ただし目覚めは階段で転ぶという最悪なもの。多分非常に機嫌の悪い某女子生徒に足を引っ掛けられたと思うんだけどそれはともかく。

 始業式が終わった時点で起こされたため半分起きていたとはいえ本来ならゆっくり覚醒していたところへの唐突な痛み。次の時間は寝直すことに決めた。そう、ほんの一時間だけ寝る予定だったのだ。

 それが既に放課後。転校初日を寝て過ごしてしまったらしい。いやはや、学生にあるまじき行動だね、まったく。反省。

 どうやら誰も起こしてくれなかったらしい。そりゃそうか、例の話題もあるし、転校早々爆睡して全授業ブッチしてるやつと係わり合いになんてなりたくないだろう。

 過ぎてしまったものはしょうがない。昼飯にしよう。家に帰って食べるか、それとも学食へ足を運んでみるか。明日以後も使うのだし学食へ行くことに決めた。

 程なく到着。

「むう、多いな」

 半日授業で、少し時間も外れているため人が減ってるかと期待してみたものの、現実は甘くなかった。券売機に並ぶ列こそ少ないものの席は完全に埋まっている。

 どうしようか。売店はそもそも開いてなかったからパン買って適当な場所で食べるというわけにもいかないし。帰るか、外で何か買うか。どのみち学校からは出るか。

「ぅおーーーい、そこのエロガッパーー!」

 …………。

 聞かなかったことにしよう。

「まーてよーー、てーんこーせーー! すおーこーりぃーー!」

 聞こえない、俺は何も聞こえない! インパクトだけ無駄にある馬鹿っぽい声なんて聞こえない! だから速攻で学食から出るのだ俺は!

「にげるかー! ならばくらえー、伊緒のひっさつアホ毛カッター! おんどりゃあ!!」

「ええっ、外れんのそれ!?」

 思わず聞き返してしまった。

「はずれるわけないじゃん、あっはっはー!」

 しまった! ハメられた!

「ふっふっふ、もうにげられないぞかくごしろー」

 いや、んなことないんだけどね。けど席があるっていうならわざわざ出て行く必要もないし。もう残り物しかないだろうけどここでご飯にしよう。

 それにしてもこのスピーカー女め。周りの注目集めまくりじゃねえか。視線の種類は大半が好奇心、ところどころに侮蔑が混じってるってところか。こりゃ本当に学園中に広めてくれたみたいだな。しかも笑い話とかで済まないような尾ひれ背びれを付けてると見た。

「さー、こっちこいこっちー」

 おそらく噂の拡大に一役買ってそうなヤツが呼ぶ。……早まったかもしれない。やっぱ別の場所で食うか? でも遠くに座っても移動してくるだろうしなあ。早く食って帰るのが一番面倒が無さそうだな。

 たぬきそばを買って席に着く。

「ききたいことがある!」

 割り箸を割って麺と油揚げを一口ずつ食べる。

「ミス研にはいれ!」

 見た目豪華だろうと所詮学食か。美味さを求めるのが間違ってるってことだな、うん。

「……けー、こいつきいてない」

「ツッコミすらなしか。こいつぁ厳しいわあ」

「……ん、ああ悪い。まるで聞く気がない」

「絶対悪いと思っとらへんやろ、自分」

 藤田という女子の隣に座っていた糸目の男子が話してきた。連れだったのか。

「ああ」

 真っ正直に返した。そもそもここに座ったのは話を聞くためじゃあない。

「すっげー、ざいあくかんのかけらもないな、おまえ」

「ああ」

「よし、きにいったー! ミス研にはいれ!」

「やだ」

 ちゅるちゅる

「はいれー!」

「やだ」

 もぐもぐ

「はいれー!」

「やだ」

 ずずずーっ

「はい」

「待ちぃや! これじゃ無限ループや、あかん! 食べ終わったら逃げられてしまうで!」

 ……似非えせ臭い関西弁だなあ。

「じゃーどーする?」

「えっと……そや自己紹介! 何するにしても基本やで!」

「うんそのとーりだ!」

 元気良く同意すると挙手して立ち上がる女子。

「伊緒は藤田伊緒だ! よろしく!」

「んで、わいが乾啓吾っちゅーもんや。よろしゅうたのむで」

「周防こおり。ごちそうさま」

「そこはキミもよろしくやろ!? 待って、まだ行かんといて!」

 立ち上がろうとすると乾が腕にすがり付いてきたので仕方なく座りなおす。

「言っとくけど宇宙人にも未来人にも超能力者にも興味はないからね」

「安心せい、うちのミス研はもっと身近な不思議を調査中や」

「でんじろう先生の不思議な科学とかか?」

「七不思議や」

「トイレの花子さんと知り合いになる気はありません。じゃ」

 立ち上がろうとすると乾が腕に以下同文。

「待て、焦るな。全て聞いてから考えても遅くはないはずだ」

「似非関西弁外れてるぞ」

「やかましわ! ええか、七不思議っちゅうても普通の学校規模のものとは訳が違う。こっちは街規模や。鳴海市七不思議や。いや、もう七つくらいに収まりきらんほどのミステリースポット、それが鳴海市なんや!」

「街中引っ張りまわされる気はないので。じゃ」

 立ち上がろうとすると以下略。

「たくさんあるからって全部調べて回る気はわいらにもあらへん! 面白そうなのをピックアップして、ちょこっと実地検証するだけや。人面犬とか幽霊とか、けっこう目撃例あったりするんやで。どや、ほんまに出くわしそうで面白そうやろ?」

「自分からエンカウント率を引き上げる気はないので。じゃ」

 立った。座らされた。

「じゃあ……極めつけの不思議現象や! これはわいらが小学生くらいの頃実際にあった話でな。真夏に、しかも気温四十度近くの真夏日にな、なんと雪が降ったんや!」

「…………」

「しかもただの雪やない。竜巻みたいなブリザードや。その上氷の塊が飛んで建物をぶっ壊し、死傷者も多数出たという。さらにそれがなんと、この鳴海市だけに発生したっちゅうから驚きやろ」

「驚きの異常気象だな」

「それだけやない、こんな目撃情報もある。氷の竜巻の中心に死神の姿を見た、と。ゆえにこれは『白い死神』と呼ばれ、数ある不思議の中でも『七不思議』の一つとして君臨しとるんや」

「猛吹雪の中心地近くに夏服で居りゃあ、そりゃ死神くらい見るだろ。じゃ」

「きまったーー!」

 立ち上がる前に藤田がガッツポーズで叫んでいた。そういえばずっとあのお騒がせボイスが聞こえなかったな。

「おう、伊緒。なんか名案でも思いついたんか!?」

「いえーす、ちょーめーあんだよー!」

 彼ら的には名案かもしれないが俺は中腰の姿勢で立ち去る機会を逸してしまった。

「はっぴょーします! だらららららららだん!」

 ドラムロールを口で言い終えると、びしっと俺を指差した。

「こーりん!」

 …………。

「伊緒はこれからゆーをこーりんとよぶ!」

「じゃ」

「待ってー!」

 またすがりつかれたけどもう付き合う気はない。天然人種と話してるとこっちの精神力がどんどん磨り減っていくのだ。

 それに、実は相当へこんでるみたいだし。このまま話に付き合い続けさせるのはちょっと酷だろう。

「いや、実はこれからちょっと用事があるんだ」

 なんのひねりもない嘘だ。

「ああ、そうやったな生徒会か。ならはよ行った方がいいで」

「……は?」

 なのにあっさり納得されて、しかも勧められた。

「だから生徒会。呼ばれてるやろ。牧セン言っとったやん」

 俺が寝てる間のことらしい。

「……なんで?」

「んなもん知らへん。とにかく放課後なってもう結構時間経っとるし、はよ行かんと大変なことになるで」

「いや、ブッチする」

 そんな明らかに厄介そうなものに関わってたまるか。

「昨日も言ったと思うけど、口は災いの元。こんな誰が聞いてるかも分からない場所で堂々とサボり宣言するなんて、余程度胸が据わっているのね」

 ――振り向くな、俺。怖くても振り返るな。石にされるぞ!

「あー、獅子堂先輩、本日はお日柄も良く――」

「つべこべ言わずに来い」

「はい」

 藤田は手を振り、乾は十字を切って連行される俺を見送って、もとい見捨ててくれたのだった。



「……」

 優姫先輩の威容に気圧されすごすごと着いていく周防こおり。その二人の背中を少々離れた位置から見ていた。いや、睨んでいた。

 ……優姫先輩がぴたりと足を止めた。まずっ!

 振り返る、その前に視線を切る。目の前のラーメンを食べることだけに集中する!

「……行かねえの?」

「……いや」

 そのまま数分、顔を上げた時には二人の姿は食堂から消えていた。ふう、やっぱ人間離れしてるよね優姫先輩……。

「……生徒会が、何の用だろ?」

 本当にボクのクラスに転校してくるなんて。聞かされてなかったら教室で絶叫してたかも。だからって遥香さんに感謝は出来ないけどさ。何考えてんだろホント。

 その上いきなり生徒会に呼び出しとか……なんかしでかしたのか、あいつ。今日一日中寝こけてたのは、まあ今日一日(マイナスの理由で)注視してたから知ってるけど、わざわざそんなことで呼び出されやしないだろうし。

 気になる。やっぱりマイナスの意味で。敵情視察とか、粗探しとかの感じ。でもどうする? 生徒会室の扉に張りつこうにも、優姫先輩がいたら百パーばれる自信がある。

「うーん」

「お困りですか?」

「!」

 突然背後から掛けられた声にギョッとなる。慌てて振り返ると、

「お悩みですか? 私でよければお力になりますよ」

 笑顔を湛えた、知己の先輩がそこにいた。



「周防を連れて来たわ」

「失礼します」

 獅子堂に連れられて生徒会室に入る。仕事をしていた生徒たちが動きを止めこちらに注目してくる。

「会長は?」

「職員室だそうです」

 そう、と頷くと獅子堂はこちらを向いた。

「周防、あなた先生から話は聞いているかしら」

「いや、今日は一日ばっちり寝こけてたもんで」

 また機嫌が悪くなったみたいだなあ。不意打ちだときついけど正面からならもう慣れた。

「で、帰っていいか?」

「まだ何も用件を言ってないのだけどね。出来るなら私もこのまま帰ってほしいわ」

「だったら構わなくないか?」

「そうもいかないわ。会長の推薦及び多数決で可決したことだから」

「って、何が?」

「はじめにそこをすっとばしたのはおまえだ」

 ときどきこの人の口調乱暴になるなあ。

「つまり――」

「つまり、周防をこの霧学生徒会へ加えることに決まったのだよ」

 獅子堂の言葉を奪って引き継いだのはいつの間にか扉から入ってきていた男だった。腕には生徒会のものらしき腕章。ぴしっと背を伸ばし自信に満ち溢れた風貌の男。

「この部屋の主、ひいては学生たちのトップ、生徒会長を勤めている遠見京之介だ。周防こおりクン」

 …………。

「初めまして遠見先輩。もう帰っていいか?」

「おいおい、そりゃないよ。まあひとまず座ってお茶でも飲みたまえ」

 言われるとおり席に着いた。ただし何故か長机の一番上座、つまり本来なら生徒会長が座る位置に。そして左右の席に生徒会長と副会長。いや、獅子堂は立ったままだ。おそらく逃走防止のためだろう。…………ちっ。

 席に着くとすぐにお茶が運ばれてきた。

「ふう。いいね、すぐに温かくて美味しいお茶が飲めるというのは生徒会室の特権というものだろう。玉露にしても紅茶にしても、いつも葉を厳選し淹れてくれる真砂まさごクンには至上の感謝を――」

「会長、早く本題を」

「ふう。優姫クンはもう少し会話に遊びを覚えたほうが良いと思うのだが――」

 あ、怒りのボルテージが上がってる。

「副会長殿が恐ろしいので本題に入ろうか。周防、僕は君にこの生徒会に入ってもらおうと思う。ああ、君に拒否権は無い。ただ素直にハイかイエスと言ってくれれば――」

「会長、嘘を教えないように。ちゃんとこの生徒会のシステムから説明してください」

「――やれやれ、仕方ないか。生徒会の任期は一年。九月の終わりに前会長より推薦された新生徒会長のみ信任投票を行い、残りのメンバーは当選した会長の推薦によって決められるというものだ。基本的に以後のメンバー変更は無いのだが、会長の推薦があり、更に現行メンバーの過半数が賛成した場合新たなメンバーを入れることが可能になる」

 ふむ。有望な新一年生を早いうちから育てるための制度なんだろうな、本来なら。

「で、何の間違いか通ってしまったのよ、その案が」

「その口ぶりだと、獅子堂先輩は反対だったんだな」

「転校してきたばかりの人間にいきなり生徒会を勤めさせるわけにもいかないでしょう。それに昨日会った限りの私の印象だと、あなたが生徒会に相応しい人間だとは思えなかったわ」

「だが君以外の全員が賛成したんだ、認めないわけにはいくまい?」

 ――こいつ。

「その賛成者の意思も曖昧なものよ。『なんとなく』とか『会長がそう言うなら』とか、適当なものばかりだわ」

「それでも可決したんだ、今さら文句を言っても仕方あるまい。あとは周防が了承するだけだ」

「こと」

「急いては事を仕損じる。今ここで決めてしまうことは無いだろう。とりあえず今日は見学していたまえ。それから明日にでも判断してもらえば決して遅くは無い」

 わる、と言い切る前に被せて来やがったこの野郎。

「いや、放課後はバイトとかしたいんだけど」

「校則で原則的にバイトは禁じられているわ」

 うわ、藪蛇だ。

「というわけでまずは今日一日拘束されていたまえ。ああ、そこの副会長殿は空手の有段者だから逃げようなんて考えないほうがいいよ」

「進学先のこの学校に空手部が無かったのは大きな誤算だったわ」

 うわ、本気で残念そうだ。

「結局部員は集まらなかったし」

 しかも作ろうとしたのか、空手部。

「武道場は使わせてもらえるよう話はつけたからいいのだけれどね」

 いいんかい。

 しかし見学はともかく、俺はいつまで全員の注目を浴びる場所に鎮座していればいいのだろうか。なんか周りの人たちすっごくやりにくそうなんですけど。

 結局、十分ほどして後獅子堂が気付くまでこの状態は続いていたのだった。

 ちなみにお茶は本当に美味かった。



 本日の生徒会活動終了後、会長は面談と称して俺に残るよう言いつけた。よって現在、この部屋には俺と会長の二人だけだ。

「さて周防。そろそろ首を縦に振る気になったかね?」

 ぴらり、と入会届とか書かれた紙を目の前に突き出してくる。ええい鬱陶しい。

「……その前にさ、どういうことか説明してくんない、?」

「どういうもこういうも、僕がを生徒会に勧誘してるだけだが?」

「こおりちゃん禁止!」

「可愛くていいじゃないか、こおりちゃん」

「だからヤなんだよっ!」

 この遣り取りでお察しの通り、俺とこの男、遠見京之介は昔この街に居た頃の知り合いだ。出来れば当時の俺を知っている奴には会いたくないのだが、こいつに関しては問題無い。性格上の問題を除いては。

 溜め息を一つ吐いて仕切り直す。

「かなり強引な手段を使ったな」

「身内を傍に置けるのは生徒会長の特権だよ」

「そっちじゃない。を使ったな」

「……やはりこおりちゃんは気付いてしまうか」

「確かあいつはこんなことは出来なかったよな。昔は隠してたのか?」

「いや、もうあの子は『ビジョムス』じゃない。そう言えば分かるかな?」

「ああ……なるほど。機会があったら会わせてもらうよ。で、そこまでして俺を生徒会に引き入れる理由わけは何?」

 ズバズバ質問を口にする。こいつには遠慮なんて必要なかった。

「何も特別なことは無いさ。それだけのことが可能な力を持ってるのなら、それで少しくらいおいしい思いをしてもバチは当たらないだろう」

「そんなので納得するとでも?」

「してもらう。でなければ学校中にあることないこと言いふらそう」

「それ、あんまり意味無いと思う。今朝されたばっかだし」

「いやいや、今度は君の周りに女子が集まってくると思うよ? 主にそう、男性同士の絡みが大好きな趣味の女子が」

 ……すっごい鳥肌が立ってきた。

「と、冗談は置いといて。一応側に居たほうがいいかと思っただけだ。ここはいろいろあったからな、少しくらい休める場所があってもいいだろう」

「大丈夫だけどね、今までだってずっとこうしてきたんだし。第一、生徒会の仕事しながら休めって矛盾してるぞ」

「まあ、所詮名義上の言い訳だ。気が向いたときに来ればいいさ」

「……はあ。ま、それなら別に構わないけど。ほら、寄越せ」

 返事より早く入会届けをひったくる。さらりと名前を書いて突き返した。

「それで、これで全部? なら帰りたいけど」

「せっかちだなこおりちゃんは。それとも本当に用事でもあるのかい?」

 キョウは紙切れを受け取ると代わりに生徒会腕章を渡してきた。着けることはないだろうけどな。

「ああ、少々重要な案件が」

「ふむ、君がそこまで言うくらいなら引き留めはしまい。ああ、あの子は元気かい?」

「ああ。じゃあな、遠見先輩」

「ううむ、こおりちゃんに先輩と言われるのは違和感があるな」

「俺もだよ。けどまあ、こっちの方が都合がいいんだろ?」

「フッ」

 気障ったらしく笑った旧友を残して生徒会室を後にした。……でもやっぱり『先輩』とは呼びにくいなぁ。次からは『会長』とでも呼ぼう。

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