第2話
あのころは、水の流れや匂いに身を任せ、危険も振り返らず、泥の中で戯れたこともあった。仲間も大勢いて、私は話す相手にも事欠かず、行く先にも不自由しなかった。
それがあるとき、知らない匂いのする、熱い水が流れてきたと思ったら、仲間の数が一匹、また一匹と消えていった。次第に水も濁り、これは、ただごとではないと私が気付いた時には、水の中で息をすることが出来なくなっていた。私は死ぬのを覚悟して、泳ぐことを止めた。
気が付くと私は川辺に打ち上げられており、霞んだ視界の中に、笠をかぶった男が私をじっと覗き込んでいるのを、私は睨み返した。するとその白い顔の男は喜んで私に言った。
「よかった。いい旅の連れができた」
私は食われるのだと思っていた。しかしその男は私の身を起こし、水を飲ませてくれ、山の湧水で体をふくようにと、道具を貸してくれた。そのとき私は、自分に人の足が生えていることに気が付いた。どうやったのかは知らない。しかし、その笠の男は「ほい、ほい」と言って、私をせかした。
湧水の光に自分の姿を映した時、私は、自分がもう川魚などでは無いことを知った。人の子の姿をした私は、いったい自分が死んだのかどうか、生きているのかどうかと思案し、果ては夢を見ているのだろうと決めつけて、とりなおした。
笠の男は、私に自分と似たような黒い着物を着せ、まるで、子弟のような形をさせると「行き先」を告げ、意気揚々と楽しそうに、私の前を歩き始めた。私は、新しい足が意のままに歩いてくれることに戸惑いつつ、男の後をとにかく付いていった。
はじめは、他にどうすればよいのかわからなかったせいだった。しかし、そうしてついて歩いているうちに、その男の話の面白いことと、三日三晩、歩きとおしても容易に疲れないことや、厄介な役人に呼び止められそうになったときの足の速いことに、いちいち驚いては、くったくのない喜びを感じるようになった。
私には、男がどういうつもりで、私を旅の連れに選んだのか分からなかった。だがあるとき、男が帰ってくると言ったきり、戻ってこなかったとき、私はようやく、その男とおんなじような気持ちを知ったのだと気が付いた。
その男は、ただ自分の後を付いてきてくれる友が、欲しかったのだ。それがいったい何であれ、男には十分だった。
結局私は、いなくなったその男を見つけることが出来なかった。男は、私の恩人でもあり、今思えば、私に終わりの見えない、長すぎる旅を命じて去った、張本人である。
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