第1話
「おいリョウ、早く起きろ」
目を開けると、相棒――タチバナが殺気を滲ませながらこちらを睨んでいる姿が目に入った。彼の怒り具合から察するに、今は始業時刻にギリギリ間に合うくらいの時間――八時十分くらいだろうか。
「……起きてる。だからそんな睨まないでよ、タチバナちゃん」
「貴様、人を馬鹿にしているな。いいだろう、表に出ろ」
人は見かけによらないと言うが、コイツを見ているとまさにその通りだと実感する。ひとつにまとめた美しい黒髪と制服のスカートからのびるすらりとした脚。身長は百七十センチくらいだろうか。もしクラスにいたら美人すぎて話しかけづらいタイプだろうなあ、とくだらないことを考えながら着替えを済ませる。ふと彼の方をうかがうと、いらつきながらも僕の分まで朝食を用意してくれていた。かわいい。でも、
「なんでタチバナちゃんは女の子じゃないんだろうね?」
しかし彼は男なのだ。いくら次の”公演”で女生徒の役をやるとはいえ、中身が男であることに変わりはない。まあ、舞台の上でならば完璧な女の子を演じるのだろうけど。
「うるさい。そんなに俺に文句があるなら相棒を変えてもらったらどうだ? まあもとより、男女では相棒にはなれんがな」
「そんなこと知ってるよ。僕は別にタチバナちゃんが相棒なのが嫌ってわけじゃなくてさあ――」
「――待て」
相棒が静止の合図を出すのと同時に、僕の携帯電話が鳴り始めた。画面に映し出された名前は――非通知。辺りの気配に気を配りながら僕は電話に出た。
「……番号は」
『12271116』
瞬時に劇団メンバー全員の番号を照らし合わせる。12271116。ということは――、
「はーちゃんさんですね! お久しぶりです!」
『……おいおい、四十過ぎのおっさんに対してちゃん付けはやめてくれよ。ハショクさんと呼んだらどうだい?』
「そんな堅いこと言わないでくださいよ。大丈夫、ちゃんとはーちゃんさんのことは尊敬してますって」
電話越しにハショクさんのため息が聞こえる。あきらめてもらえたようだ。
『まあいいさ。今日はお前らに伝言があるんだ』
「伝言? 誰からですか?」
『団長』
一気に背筋が寒くなり、頭が覚醒する。
『今回の”公演”で人がふたり死ぬ』
……そうか。今回はハッピーエンドじゃないのか。ハショクさんは続ける。
『女子高生が教師を殺すお話。死ぬのは女子高生と教師のふたり。女子高生役は劇団のメンバーから、』
聞きたくない。続く言葉はわかっているけど。
『タチバナが選ばれた。あいつ、人殺しの役は初めてかもしれないなあ。死ぬのはもちろん初めてだろうけど』
彼はまだ話を続けているが、ひとことも頭に入ってこなかった。
タチバナの手を汚すなんて。彼の人生の幕を下ろすなんて。
そんなこと。
そんなこと、
『――まあいつも通り、台本は鞄の中に入れておくから。そして最後に悩める少年におっさんからメッセージだ』
『舞台にはアドリブがあることを忘れるな』
そんなこと、絶対に。
行雲流水 深山なつ @natsumiy1
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