第107話 空腹_石

空腹だったから、私は先ほどから持ったままだった、手のひらを少しはみ出すほどの石を口へ近づけ、ひと口かじる。硬質な粒子が口の中へ飛び散り、小さな破片が舌へ広がった。


私は歩く。商店の棚には様々な食品が並び、包装はその商品を買うよう促してくる。私には、何が書いてあるか分からないけれど、おそらく何かが良いのだろう。良い商品。良い商品。これも良い商品……。悪い商品など、どこにもない。私は石をもうひとかじりする。唇を伝う果汁のように、砂が口の端からこぼれた。私は咀嚼する。歯と砂利がこすれる音が耳で響いた。


そうして長いこと歩いた後に、いつの間にか齧っていた石は無くなり、空腹はどこかへ消えていた。私は石が食べ物でないことを思い出す。少なくとも、世の中の間では。


口をぬぐって、それから、今度は空腹のときには他の人たちが食べるものを買おうと私は思った。良い商品を買おう。それも、とびきり良い商品を。


ずいぶん経った後でも、ときおり、ふと口の中で砂利の味がする。口内にはなにも無いはずだけれど、そんなとき、私は舌の上であるはずのない砂利を転がしながら、どこかに石でも落ちていないかと、誰かに見咎められないよう伺いながら、辺りを見回すのだ。

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