第095話 昨日の街

ぼくは今、昨日の街に住んでいる。昨日の太陽、昨日の仕事、昨日の食事、どれも見知った、なじみのあるものばかり。この街の住人たちはみんな昨日の人々で、昨日の通りに生きている。


ショッピングモールには売り切れて買えなかった商品があるし、駅には去ってしまった友人が列車を待っている。この街を出て行った恋人も、この街では今もとなりで微笑んでいて、ぼくたちは並んで歩いた。


書店には昨日の新聞が並び、次の昨日に起こったことが記事になっている。この街では、そうして過ぎ去った日々へ思いを馳せる。人々は、明日へ向かって歩き続ける。だけれど、いつだか分からないけれど、歩き疲れて、どうしようもなく前へ進めなくなる時が来て、歩みを止めて、自分がどこにいるのか、どこへ向かっているのか分からずに、振り向いてしまうことがある。そんなとき、この街へ迷い込んで、この街の一部になる。離れがたく、堅固に結びついたまま、得体の知れないものから逃げ続ける心配がなくなったこの場所で、ようやく人心地つくことができるのである。


ここは昨日の街だから、明日へは、どうあがいてもたどり着かない。昨日の街は、昨日に向かって進んでゆく。昨日の次は、昨日の、昨日の、そのまた昨日。ぼくたちは、昨日のままで生き続ける。昨日のままで、いつまでも生きてゆくことができる。だからこそ、ぼくはこの街が好きなんだ。

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