第094話 砂糖壺

砂糖壺と、林檎と、ピストル……今夜は、月の奇麗な夜だった。


ぼくたちは乱痴気騒ぎに興じていて、誰もかれもが前後不覚だった。一人が頭の上に林檎を乗せながら笑っている。挑発的な笑みで、服をはだけさせたまま、だらしなく壁にもたれながら林檎に手を添えていた。


彼女はモデルとしては申し分ない女性だった。カメラを構えれば、パズルのようにぴたりとその構図の中へ調和し、身じろぎ一つしない。何枚撮っても、空間が彼女のものになってしまう。駆け出しのモデルで、自分の時間の合間にこの仕事をしているらしい。落ち着いた、育ちのよさそうな柔和な物腰が印象的だった。


騒ぎはまだ続いていて、嬌声と煙があたりを満たし、各々は欲望をやり取りしている。相変わらず、彼女は笑ったままで動かない。誰が持ってきたのか、机の上にはピストルが置かれていて、金属製のそのフォルムが、ドロドロに溶けたこのやわらかい部屋には不釣り合いで、だけれど誰もそのことに気付かないのかそれを指摘する者はいなかった。ぼくがこのピストルを持ち彼女を見ると、彼女は僕を見て微笑んだ。妖艶、というにはほど遠く、無邪気な、といよりはむしろ無警戒な笑顔だった。ぼくは彼女の額にゆっくりと狙いをつけ、静かに引き金を引いた。その瞬間からこの部屋からはぼくたち二人以外はいなくなり、煙も音も消え、床に落ちた林檎と、額から血を流して、甘く、とろけるような夢の中を永遠に彷徨う少女と、割れて元に戻らなくなってしまった花瓶だけが残された。

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